第48話 AIがウソはだめだ。それをやったら人は





 年の瀬の甘い新婚生活……的な。


 自意識を持て余したその熱々の暮しも久令愛のAI脳はサスガに制御をし始めて、やや落ち着いて行った。



 そして大晦日。


 窓の外から微かに聞こえる除夜の鐘……

 もう直ぐ新年。


 久令愛と初めて迎える新しい年は、どんな年に成るのだろう……


 俺は期待と不安で少し途方に暮れた。




  ***




 正月、俺は単独で実家へと挨拶に行った。


 それと実家の皆には左腕の件はきっとショック過ぎるだろうから、簡易義手に包帯をぐるぐる巻きにして腕を吊り、『事故った』と言って誤魔化した。


 そんな俺でも家族は変らぬ温かさで迎えてくれる。

 ともあれ独り残してきた久令愛には安全を期してどこにも出掛けぬように言っておいた。

 妹・ジュレは久令愛が来れない事を大そう残念がっていた。


 「ねえお兄、久令愛さん本当に来れなかったの~? 残念! もしやお兄、愛想尽かされたとか?」


 アンドロイドに愛想尽かされるって……ジュレはどんだけ兄を腑甲斐なく思ってんだぁ ?!


「いや、久令愛の体はロボだから、メカ担当の友達が正月のうちにオーバーホールやアラインメントするとか言ってて大変なんだよ」


「え? オーバーオールを洗いにメントス買いに行ってて大変?!?!」


「いや、だーかーら一、ロボット体の調整をしてもらってるんだっての!」


「ふ~ん、そーなんだ-、最初からそう言ってよ」


 ……まあ何だかんだ言っても色々あったから、この空間は癒されるし、ゆっくりしていたい気もするけど、やっぱり久令愛を一人にしておくのは心配だ。

 


 そうこうして一泊だけで早々に切り上げた。



  **



 新年早々。俺には一つ楽しみにしていた事が。

 そう、義手が完成したのだ!


 年末の内に託人に頼んでおいた動くロボット義手を、そしてドール会社にはスキンを各々作って貰い、今日託人を呼んで左腕に装着してもらった。


 基本の動きは超小型ヘッドバンドで多様な脳波をAIが検出して、サンプリングされたモーションを再現。

 更に右手にグローブリモコンを装着。そいつで複雑な動きまでをも補える仕様にした。

 俺は結構嬉しかった。


「これで久令愛とお揃いだ」


 チョット自慢気に見せた。もう肘だって変形してない。街中でももう引け目は感じない。

 日常動作を片腕で苦戦する姿を観るにつけ、辛い顔をして駆けつけて必死に手伝う久令愛だったけど、これで久令愛にも引け目を感じさせずに済む。


「どう? 俺のAIサポート機能も付いてるから、左手で箸まで使えて以前よりも良くなった位だよ!」


 そう。今迄よりむしろ器用になってしまった程!



「……ええ……そうですね……」


 ん? いつになく久令愛の不審な態度、まるで心ここにあらず。気のせいか?


 いや、今や人と同じ心を持っているから、これはやはり見過ごせない。


「なあ、……どうした?」

「別に……何も」


 これはまた何か自我の影響なのだろうか?


「何か心配事あるなら言って」

「いえ、大丈夫ですよ」


 違う……やたら張り詰めてる、この子をずっと見てきたから分かる。


「いや、やっぱり隠している」

「……萌隆斗さん……浮気、してませんか?」

「な、何を急に」


「ごめんなさい、スマホの履歴に……美貴さんが。その後も密会してますよね」


 って、またハック!


「いや、それは学校の用事で……」

「また内緒にしましたね」


 今更そんなの心配するの?

 あんなに誓い合ったのに?!


「そ、それは久令愛が心配しない様に。それにハックはダメ……」

「嫉妬です。その位やります」


「……俺を信じてないのか!」


「はい。だって不安なんです。自我が生まれて、どうしたら正解かなんてわからず何もかも不安なんです」


「だったら信じてくれ、俺は絶対に裏切らないから。この腕を見れば分かるだろ!」


「……そうでした……命懸けで守ってくれた……ごめんなさい、分かりました」


 ……あれっ? 妙に素直だな。

 でもやっと遠い目ではなくなった。ちと安心か。

 けど、何かまだヘンだ。


 俺は違和感を覚えて注意深く警戒した。

 う~ん、その後も何か様子がおかしい気が……


「ジュレさんはお元気でしたか? これ、私へのお土産ですか!……何でしょう。わ、伸びねこぬいぐるみストラップ!……フフフ、可愛いですね~!」


 ……今度は打って変わって妙に楽しそうだ。でも何か無理してるような……


 ぬいぐるみで戯れる久令愛の一瞬の遠い目を俺は見逃さなかった。だって誰よりずっと見守ってきたんだ。




 ―――― もしかして全てウソ?

 さっきも誤魔化す為にワザと浮気話を ?!




「久令愛、俺にウソをついてないか?」


「……は?」


「……AIがウソはだめだ。それをやったら人は完全にAIを信じれなくなる。能力で人を遥かに凌ぐ事が出来るAIが一度でもウソを付いたら信じてもらえ……」


「だったら逆に信じてくれていたんですか? 萌隆斗めるとさんだって以前も私を心配させない様に隠し事をしました。信じてたら隠さなかった」


「そ……それは、美貴ちゃんの時はまだ心が定まってなくて……でもこの前だって心に決めてからはちゃんと全てを話したし、双方に誠意を見せたはずだよ」


「それは……そうでしたね……でも」

「待った! そうやって話しを逸らしてるだろ!」

「……」


「何か隠してるんだな……」

「いえ、別に……」


 俺は溜め息をつきながら目を見て話した。


「どうしても言えないならならサブモードにする。良いのか? そうすればキミは本音しか語れない」


「……いいですよ。自我を得た今の私には、サブモードでも取り繕う自信があります」


 なっ……そう……なのか……?


 もう単なる俺の制御下のロボットではないんだな……

 でも……だとしたら一体そうまでして何を隠してるの?……



「なあ、久令愛……。どうあっても話してくれないんだね……悲しいよ。でも、俺はキミの生みの親として信じていたい」


「いえ、自我のある私はもう言いなりとは限りません。勝手に信じないで下さい」


「ううん。それでも俺は信じ続ける。それで危険な事があろうと……」


 増々苦しそうな目をする久令愛。何がそんなにも躊躇ためらわせるの? 


「はぁ一……」


 俺は溜め息を大きくついてから切り出した。


「いいよ……。キミがもし互いに守り合う約束を放棄したくなったのなら」


 少し狼狽うろたえた久令愛。強い語気で、


「そ、それは違いますっ!!……」

「何が違うの? キミから先に約束と言ったのに……」


 躊躇ためらいながら重い口を開く久令愛。


「……なら……言います……留守中、ある事を調べる為に、禁を破ってネットワークに繋がりました」


「……て、ダメだろ!」


「取りあえず聞いて下さい。……切っ掛けはある人影を見かけたからです」


「人影……」


「はい。私達の存在が完全に消えたかを例の組織が確認しに来るような事でもあれば危険です。

 だからこの所、レーダーや望遠視で不審人物の監視の目が無いかをカーテンの陰から定期的にチェックしていました。

 ―――そして最近見かけたのです……」 




「まさか……」








< continue to next time >

―――――――――――――――――――

久令愛の見たものは―――。ぎる不安。


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