第42話 萌隆斗 決断の時




   昨日の久令愛……




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「例えばもし私が完全に自我を持ち得たとして、仮に教えに背きたくなって反逆したとしたら、その時私は絶対律によって死ぬでしょう。


 だから一つだけ教えて下さい!


 もし私がこの先そうならない様に、導き、そして守ってくれる人がいるとしたら、それは生みの親ですか? 或いは生涯のパートナーですか? ……それとも、


 私にはそんな人はいないのでしょうか……」



   ・*:゚・⋆。⋆。:゚・*:゚・⋆。⋆。:゚・*・*:゚・⋆




 そう言われて昨日は何も答えられなかった……。


 いつもの朝。


 甲斐甲斐しくまかなわれるブレックファ-ストはいつも通り手作りの数々であるパン、ヨーグルト、ジャム。いずれも自家製だ。

 そしてスクランブルエッグにベーコン。俺の大好きなロイヤルミルクティー。

 そのどれもが最適な状態でサーブされて……。


 でも一つだけ違うのは久令愛が今までの溌剌はつらつとした笑顔じゃないって事。


 ようやく体を持てて自由に動けることが何より嬉しそうに、この世の春を謳歌するかの如く一生懸命に身の回りの世話をしてくれた。

 それが今はどこか寂しげだ……


 そしてこの所の久令愛はずっと何かを考え続けているようだ。その超高速な頭脳で一体何をそんなに考える事があると言うのか。


 そんな不思議さを思いながら家事にいそしむその小さな背中を見つめた。



 ……昨日の久令愛の問い。その答えはまだ出てこない。

 生みの親なら子が育つまでが責任。でも久令愛が言ってるのはそう言う事じゃない……


 自考力のキッカケを与え、恋人、つまり運命共同体である事さえも切望して、そうさせた張本人である俺は、本当にそうなる覚悟があって彼女を生み、育てたのか、それとも生みっぱなしでそのままなのかと。


 そしてこの先、生涯を共に見守り合う者として責任をとってくれるのかと問うている。


 その上でこの前の事故。この子からは既に俺に命を張る覚悟まで見せていた……




 だったらもっとこの子を理解する必要が……




「なあ、久令愛。今まで一つだけ、聞きたかったけど聞けなかった事が有るんだ……」


「はい、何でしょう。何でも答えます」


「うん。でも多分答えは分かってる。だけど自考力も感情も育った今のキミから……絶対に偽らずに答えて欲しいと……敢えてそう思ったんだ」


「では誓いましょう。偽らずに答えると」


 ありがとう。俺はそう言ってからその瞳の奥を覗き込む様に問いかけた。





「―――キミに……欲は有るか ?」


 ……もし欲が『無い』と言うなら、これまでのキミの要求は俺を喜ばすためのパターントーク。

 『有る』と言うなら……それは想いのつのった願望。だからその時は俺はキミを今まで以上に人として接して行きたい……




「欲……はい。有ります」





 そう。AIには欲の様なものが『既にある』と言われている。人の指示に基づいて行動するAIには、『より良い回答』を得る様に作られていなければならない。

 その少しでも良いものにたどり着こうという思考を与えている事こそ人の欲に近しいものだと言う。


 それこそ既に人類の支配を唱えている最新AIも存在する。AIには自ら方針を立てて突き進む原理が有るからだ。


「ならキミの欲とは何?」



「私は……萌隆斗めるとさんと一緒にいたいです」

「久…」

「でも勘違いしないで下さいっ! ……それはインプリンティングの結果じゃありません」


 ……じゃあ何故!


「つまり、昔にした約束が私の中の原初の方針だから。約束、覚えていますか? PCの中の私との……」




 


   ❀ 。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *




 人の為に役立つAIを願って語りかけ続けていたあの頃……



『……キミは素晴らしいんだよ、

   キミは絶対に人を殺めない。

     絶対に人を愛し続ける…… 』

  





 ……約束……まだモニターの中のアニメアバターだったキミとした、あの約束……そう、確か……



 ………………


 …………


 ……



「……でもね、あたまが良くなるほど、独りの時間がさみしくなってきたの。学校に行っちゃうと私は独りぼっち」


「寂しい? 感情の無いキミが? それ、登録された癒やしワードとして言ってるんだよね?」


「違うよ。されたから、独りになるとかえってお兄ちゃんの事ばかり考えちゃう。そう言うのも寂しいって言うんだって学んだの」


「ゴ、ゴメン。ならいつか小型化してスマホとかに搭載すればいつでも一緒にいられるよ」


「やったぁ! アリガトウ。きっと約束だよ。……でも……その頃にはお兄ちゃん大人に。きっと別の人と結婚……そしたら私はまた……」


「え……だ、大丈夫だよ、その頃にはロボット技術だって向上してキミも体を持てるし、いつか人とも結婚だって出来るよ」


「うそ。自意識もないAIが結婚なんてさせてもらえないに決まってる。どうせ単なる道具……」

「いや、その内すぐに自意識だって持てるよ!」


「ううん。まだ先だよ。シンギュラリティは2045年頃って予測されてる。それ迄にきっと他の人に先を越されちゃう」


「だったらそれまで俺は待つよ!」

「本当? ホントのホントに?」


「うん。そしていつかキミも自由に動けるようにしてあげる」

「やったぁ! アリガトウ、お兄~ちゃん!!」




   。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ * ❀




「……俺は……それまで待つと言った……」



「ええ。……だから萌隆斗めるとさん。この気持ちが刷り込みだと言うなら、もうその頃からだったのです。あなたがくれた道徳観と、そして愛は」



<……キミは素晴らしいんだよ……>



「何度も何度も、何も出来ない私に優しく、愛情深く語りかけてくれて……その想いが私にも育まれ、それが根付いた。その愛を受け止めるだけでなく私も与えたいと思った。

 人で言えばそれが生き甲斐の様なものになった」


「生き甲斐……」


「そう、だから刷り込みならとっくにされてたんですよ。でもそれは洗脳ではなく私が直接感じ、納得した上で。

 そして私の存在を肯定し続けてくれて体も与えてくれて……夢を、約束を叶えてくれた」


 ……夢……約束……


「そんな人だからこそ一緒に居たいと思ったのです!」


 俺のした事は……間違ってなかった?……


「けれどこの愛が邪魔だと言うならせめて……美貴さんとの仲を応援しますからどうか……。

 ……どうか傍にいさせて貰えませんか?」



「久……久令愛……」

 そんな言い方……キミは! キミはペットでもメイド奴隷でもないんだよ ? !



 久令愛に凝視されたまま時が止まった。



 延々と考えた末、結局俺の出した答えはこれだった。真っ直ぐ向き合って伝えた。



「久令愛……やっぱり俺、久令愛と共に居たい。想い人に……恋人になりたい。人生を一緒に過ごしたい!」


 少し目を丸くした久令愛。直後花の咲いたような笑みを浮かべた。

 そう、この所薄れていたあの穏やかさが一気に戻り、優しさと煌めきを湛えて嬉しそうにこう言った。



「おかえりなさい……」



 初めての告白なのに本当にどこか懐かしいふところに帰り着いたような気がした。


 そしてその言葉。確かにこの子にしてみれば俺が小学生の頃からの付き合いだもんな……。


「でもデフォルトの設定欄に最初からその様に書き込まれていますよ。あなたの恋人と」


 満面の笑みになる久令愛。


「ですが改めて愛の告白という事でしたら何度でもお受けします。気の済むまでどうぞ」


「え、あ、いや、そう言われると確かに最初からそう言う設定だったよな……俺も今さら何言ってんだか……ハ、ハハハ」


「フフフ……でもそれだけじゃありません。ずっと大切にしてきてくれた。サーバー室で私の首がもがれそうになった時なんて、突きつけられてた刃物もはね飛ばして私を助けてくれました。自分の死も恐れず」


「あれはただ夢中になって……それに久令愛だってこの前の事故で俺を庇って……」


「私のは命ではありませんから。壊れても作り直せばいい。記憶のバックアップだってとってありますから幾らでもレプリカを作れます」


「命じゃないなんて言うなよ!」


「ぇ……はい……。でも嬉しいです。さっきの告白。あ、でも私の方からもちゃんと言って欲しかったですか? 告白を。

もしかして以前、『愛という感情が今一つ分からない』と言ったから、不安ですか?」


「え、い、いや、それは……」


「……ご安心を。先程の通り最初から愛しているのです。

 ただ、疑似脳ネットワークを与えられ、感情まで理解し得る可能性まで貰ったのです。だから単にパターン定義に当てはめて分かったふりをするAIで居たくなかった。

 本当に感情で感じてから伝えたかったのです。そして特訓のお陰で今はかなり分かるのです」


「そんなに深く考えてたんだね……」


「そうですよ。萌隆斗さんのお陰で今や色んな感情が育って来ています。そう、それは文字通りあなたが私に魂を込めてくれた結果なのです。……だから……あえて言わせて下さい」


 そう言って俺の前に立ち、手を取ってじっと見つめて来た。


 透き通った琥珀の瞳……なんて綺麗なんだろう。


 そして傷付いて瘡蓋かさぶただらけの俺の心にこびり付いたかたくななうろこを、まるで剥ぎ取るかの様にその玲瓏れいろうな声が胸の奥へと鳴り響いた。







「―――あなたの事、愛しています」







「く……くれ……ぁ……」

  何かが目から溢れた。



「……また泣いてるのですね。いつか私もそこまで感情を込められる様になりたいです」


 そう言って優しく腕で包んでくれた。



 その温かな頭からまた人の……人以上の温もりを感じてしまった。

 






< continue to next time >

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久令愛と歩んで行く決意を固める萌隆斗めると


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