第27話 久令愛、実家へ挨拶事変
深まる秋。
一本の戦慄の電話が俺の眉間に深いシワを作っていた。
キレた母親の怒声から身を守るため、スマホの受話音量を慌てて下げる。
「夏休みは帰るようにあれ程言ってたでしょ! 前は自由を謳歌しながらも母さんの料理が恋しくなって良く帰って来たじゃないのっ!」
「いや、ちょっと課題とか色々事情が有るんだよ」
「こっちでやれば良いじゃない! なのに今年は一度も戻らず、お盆でさえ! いい加減顔くらい見せなさい。今度の三連休、絶対来なさいよ!」
度々母の料理も恋しくなったりもして。それが独りにも慣れて帰省のペースが徐々にダウン。そして今回の事態。
溺愛する息子に遭いたがる母親の気持ちはよく分からないが、こんなに楽しみにされて帰らない訳にも行かず、だが今は久令愛を独り置いてく訳にも……
「あの……じゃ友達とだったら何とか」
「えっ、あんたが友達と ?! え? えぇーっ!
いいじゃないの~っ! これは天変地異だわ。お父さんと
……やば……どうしよう…………
とは言え帰らぬ訳にもいかず。
んなワケで久令愛を連れて我が実家へ久々に来たものの、インタホンを押す指が老人の様にプルプルと揺れ、
「いいか、くれぐれも余計に口滑らさないようにな」
ピンポ~ン、と鳴り響く呼び鈴に瞬時の反応で飛び出して来る2才下・中学3年の愛すべきトンデモ妹、
「遅かったねお兄っ!!」
そう言って勢い良く抱きついてきた。
「ただいまジュレ、元気だった?」
相変わらず小柄で細身、背は久令愛位か。眼前でポニーテールが揺れている。それなりに愛らしいルックスだが思った事を直ぐ口にしてしまう直情型で昔から手が焼けるワガママな末っ子だ。
「お兄~、お兄~、何で全然連絡くれなかったの、バカバカバカ~ッ!」
胸をポカポカと甘殴りしつつ、顔を俺の胸の中にゴシゴシして来る甘タレな妹。
それだけじゃない。俺が一人暮らしを余儀なくされた理由。
――― この妹のハイパーブラコンの
しかし俺の後ろの存在にハッと気付き、ビクンと警戒するジュレ。
「……って、その妖精レベルの茶髪美人さん、誰?」
「はい。初めまして。私、<
「安藤さん……ロイド・クレア? ハーフの人?」
「今回は友人としての設定でお邪魔する事になりました。どうぞこの数日、宜しくお願いします」
「設定って……どういうことよ、お兄……まさか……カノジョとかじゃないよね ?!」
睨みつける妹に、いや、これには深い訳が、と言いかける俺。すると久令愛が、
「カノジョとは恋人の事ですか? それならその通りで…」
ピキンッと硬直するジュレ。 固く握る拳。
「ちっ違うっ! この子はそうじゃなくてっ」
「え、違うのですか? スミマセン、今まで勘違いしてました……という事は……あっ」
受け手にこぶしをポンとして
「私は愛さねばならぬ人、『愛人』でしたぁ!」
目を血走らせ「……コ、コロス……」とジュレ。
そこへ母の声が玄関の奥から響く。
「ジュレ~、いつまで外で話してるの~? 早く連れて来なさ~い」
――― 緊張が続く。リビングで母に迎えられた。
「あら~っ! まあまあ何て可愛らしいお友達だ事~! よく来てくれたわね。ささ、歓迎の宴よ、沢山作ってあるから遠慮なく食べてね」
久々に揃った家族四人。そして久令愛が輪に入る。テーブルにところ狭しと並んだ料理の数々。盛り付けも彩りもさすが料理の先生だ。そしてジュレも身を乗り出す。
「
「エヘヘ~、結構やるでしょ!」
「おお、上達したな、母さん譲りの出来だ!」
鼻下を人差し指で擦って誇らし気に笑むジュレ。
―――― 会食。
実は久令愛には応接機能として会食に同席出来るよう、
後で食べた物を取りだして洗浄する必要があるから普段は使わないが、会食が重要な任務になる事はこれからの高度ヒューマノイド型AIロボには必須だろうからと託人と話し合い開発。その機能が早速役に立つ。
「何かうちの萌隆斗が一緒じゃないと帰省出来ないって言うからどんなお友達が来るかと思ったら、もうまるでアイドルみたい!
うちは大歓迎だけど久令愛ちゃん家はお泊まり大丈夫なの? 親御さんにちゃんと言ってある?」
「それは大丈夫です。そもそも普段から萌隆斗さんの所に同居させて貰っているので」
「えっ……お兄!」
ジュレの血相が変わった。マズイッ!
「久令愛っ!」
「私は孤児のため特別な状況と教育方針で育てられて……多くの問題を抱えていまして……だから萌隆斗さんが助けてくれる事に」
少し伏し目で応える久令愛に母が
「特別な状況?」
「洗脳です。禁を破れば死が待っているのです……」
母さんとジュレが固唾を呑んだ。そりゃそうだ、こんな事……。
「死……それは尋常じゃないわね。で、それを萌隆斗が助けたと?」
「はい。そうした洗脳に従って生きるのではなく、もっと自分の意志で考えられるよう
以来、より優れた知見を得んと視野を広げる訓練に毎日付き合ってくれて、日々共同で努力してるのです。それで同居を」
う~ん……言いえて妙と言うか、確かに全て本当の事だ……。しかもその言い方って俺がかなり良い人みたいじゃね?
「まあ、うちの子が! 偉いわ、萌隆斗!」
「 (ウゲッ)……ま、まあな……」
「チョット待ってお兄! だからと言っていくら何でも若い男女が保護者もなくひとつ屋根の下なんて異常よっ!」
「いや、ジュレだって泊まりたがってたろ」
「兄妹関係はいいのっ!」
「それなら時々私も妹になってますから大丈夫です」
……ヤバッ
限界まで眼を丸くしたジュレ。
「 !!……そんなの、っダメ――――――――ッ !! 」
ダダダ、バッタ-ンッッ!!!
ジュレは凄い剣幕でLDKのドアを叩き付けるように閉めて部屋へと戻ってしまった。
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