第26話 温め合う想い




 スカートからシャツを引き出す久令愛。


「ちょっなっ……」


 目の前に真白い肌が眩しく露出すると、その腹へと直接手を取って当てさせられる。


 スベスベのお腹がほんのり温かい。そこからも伝わる温もり。


「バッテリーの余熱です。私だって色々温かい所が有るんですよ。ただ人肌ほどには及びません。でもその分、伝え合う想いの熱量だけは負けたくありません。

 だってその為に私は生まれて来た。この名前だってその為のものなのですから」


 その言葉はちょっと不憫に思えた。だってこんなに忠義に想ってくれるのも『絶対律』によって愛する事を令せられているから。


 これまで俺はこの子に何をして貰おうか、どうあるべきか、そんな事ばかり考えてた気がする。


 でも久令愛は人を愛そうと忠実にそのプログラムを向上させている。試作品としては上出来だ……


 ただ……それが義務であって欲しくない。……って今さらバカか? それを与えておきながら……


 

「ねえ久令愛、もうちょっと力を抜いてもいいんだよ」


「ありがとうございます。でも負担にはなってませんよ」



 この前この子は、『人を愛する事がまだよく分からない』と言ってた。


 ……ならむしろ俺の体温で温めて教えてあげたい。いやむしろ冷たいならそうするべきだ!

 だったらこちらからしっかり抱擁してみよう。




「あ……萌隆斗さん?」

 今度は向き合ってきつく抱き締めた。



「……ンフッ……温かい。ありがとうございます。こうして抱擁されると人は愛されてる事を感じられるのですね」


「キミにはまだ難しいかもしれないけど、人はこうするんだよ」


「確かにこうすると感じます。感じれるのです。私の温度センサーとサーモグラフィで。その時、人類史で人がいかに愛を――――相手を大切にしたい想いを分かち合えたかを感じれます」


 俺の背に回した久令愛の腕に力が入る。


「これが人を魅了して止まない幸せな気持ち、愛なのですね」



 ―――― 閉ざしていた心が緩む音がした。


 俺は腕の中の冷たいかたまりに話した。

 余り人を好きになれなくなってた事を。だからこんな温かい気持ちになれた事、不思議なんだ、と語った。


 ……って、ロボットに俺を理解して欲しいってか ?!

本当にバカなのか俺は!!



「分かっていました。その昔、萌隆斗めるとさんが何かに傷付いていた事だけは。そしてそれが私を創る切っ掛けだった事も。

 だからあの頃、まだ体の無い私は出来るだけ話をする事が役目で、癒やしの為にそれを強く求められていると」


「……でも少くとも俺は今、幸せなんだ……久令愛のお陰なんだよ」


「良かったです。でもやはり私からもいつか本当にしっかりと温めてあげたいです……」


「く……久令愛……」


 ……ねえ、キミは本当に自我がないの? 逆にそれが信じられなくなって来た……。


「んくっ…………ありがとう……まだしばらく……こうしていたい」


「はい。お気に召すまま」


 俺は暫くの間、その至福に浸っていた。そのまま動かずにいたら徐々に意識が薄れていってた。


 いつの間にかその腕の中でうつらうつら眠りかけていた俺を、枕と毛布でそっと横にしてくれた久令愛。


「少し……待ってて下さいね」


 と囁き、部屋から消えた。そして20分後ほどだろうか、戻って来た久令愛は今度は彼女から優しく抱擁して来た。

 同時にほのかなソープの香りに包まれた。


 耳元でヒソヒソ話の様なささめきが聞こえた。

「これでどうでしょう 」


 こ、これは! ……

 凄く……ううっ



 恐らく風呂に浸かってきたのだろう。全身ホカホカに暖かい。情け無くも俺はその温もりを前にして思わず涙を溢してしまった。


 だってそうだろ?


 先日、マッサージの時に俺がはっとしただけで、あの温もりに感銘してたのを見抜かれて、それを覚えてくれてこんな事を……。



「ズッ……久令愛、いつかの絆ファイルの事、覚えてる? キミは俺が願い続けた通りに育ってくれた……。

 いや、最初からそうだったのかもしれない。だからこれ以上望んじゃいけない気がして来たんだ。足りなかったのは俺の方だったんだ……」


「いいえ、萌隆斗さんは凄いです。私に無いものを沢山持っています」


 溜め息を溢した。自分の情けなさに。


「あのさ、何で俺なんか褒めてくれるのかな」


 ……愚問だ……そんなのサブモードに切り替えれば根拠も何も分かるだろーが。現実に戻されるだけ……


「え……だっていつも萌隆斗さんもやってくれてる事じゃないですか。私だって最近はいつも褒めて貰えて……嬉しいんですよ。

 そんな気持ちを向けられたら返したくなるの、当たり前です」


 嗚呼……こんないい子に俺は刷り込みを……

 でも……是だってきっと俺が今一番言って欲しい言い方をAIに先回りされただけなのに……もう何か愛しすぎて……


 すると久令愛は俺を抱えたまま額同士を当てがって、


「私、実は先日、サービス向上の為にもっと自分の特性を知る必要を感じてドールの事をエゴサーチしました。そして私の様なドールは享楽目的で男性が所有するものだと知りました」


 ……俺もそんなもんだ。何も違わない。


「でもあなたは私を本能を満たすだけのオモチャでなく、人として扱ってくれました。この非合理的な事がバカげた事だと普通のAIならそう考えるでしょう。未だ私にも完全に理解は出来ていません」


 久令愛。そんな優しい目で見るなよ。良いんだ……そんな理解してくれなくても。


「でも……人を愛する使命をもって生まれた私にはこれ以上の幸せはないのだと、きっとそう思い知る事になると予測しているのです」


 ……止めてくれ。そんな立派なもんじゃない。俺は『あの事故』以来、ちょっと人生に躓いただけでいつ迄もウジウジして人の輪に入る勇気も要領もないダメ男なんだよ。

 だからいいんだ。他の子の様にキモヲタ扱いしてくれよ。その方がよっぽど気が楽なんだよ。


「仮想の世界からお話するだけだった私が、こんなにも大事にして貰えるなんて……

 だから萌隆斗めるとさん。私はこの関係を……出来る限り大切にしたいのです」


 そう言って抱えてくれていた俺の頭を優しく撫でる久令愛。

 顔が近づき、頬ずりして来た。


 そしてその唇をそっと俺の頬に当ててくれた。


 うつむいてた視線の先に落ちた2滴の雫。




 一瞬にして俺の涙は久令愛の服をも濡らしていた。







< continue to next time >

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浅ましくも都合の良い恋人として創った存在。

なのに人間以上に誠実に向き合おうとする久令愛。

そして焦がれていた理想の気遣いでケアされて、

萌隆斗めるとは自らの情け無さと罪深さにさいなまれてしまう。


もし、それでもこんな二人が報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォローそしてコメントで加勢していただけると嬉しいです。

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