第54話 久令愛。……今迄ありがとう







 喜び、憎しみ、悲しみ、愛しさ、楽しさ、恨み……


 そうやって全ての久令愛との思い出を反芻し続け、一つ一つ記憶の片隅に追いやった。


 それでも一つだけ追いやれずに残ったものがあった。

 



 それは『感謝』だった。




 気が付いたら俺はどうしてもその気持ちを伝えたくて無駄を承知でTRUE-LINKのメッセ機能に想いの全てを書き綴っていった。



   ………… ……… …



『久令愛。元気か? そうだと良いけど。あれから色々考えて伝えたい事が出来たから届けるよ。


 今迄ありがとう。


 君を生んだ者として、君と出逢えて、本当に良かった。最後はショックだったけどそんなのを遥かに越えた喜びをくれた事、その感謝を伝えたい。


 あの日、CNS失格で失意の俺達を助けようと危険を省みず飛び込んでくれたね。

 俺に似て無鉄砲だと思ったよ。でもそんな久令愛が大好きだった。願いを載せたその名の通りに育ってくれて嬉しかった。


 ある時は逆に無茶する俺を本気で叱ってくれたね。本気で愛とは何かを考え、そして想ってくれて……実際に何度も命がけで守ってくれた。

 少なくともあの時の愛だけは嘘じゃないって……今でも思えるよ。


 そして遂に自我と出逢えて……そんな成長を時に親として、兄として、恋人として、頼り無いながらも傍でずっと見ていられたこと、そこから学べた事、二人して過ごせた幸せ。


 その全てが宝物だよ。


 これまで大したアピール努力もせず女子に評価されない自分や他人を、ただ腐って逆恨みしてた。

 そんな俺の人生をキミが変えてくれたんだよ。


 キミのお陰で知らない自分と出逢えた。


 そう、だからあの輝いてた日々を一生忘れない。そしていつ迄も愛しているよ。


 最後に、生みの親として一つだけキミに願いを。


 どんな形だろうとキミなりの幸せに辿り着いて下さい。只それだけです。


 それじゃ、いつかまた、魂の世界か何かで会える日が来る事を願って――――』




[▼挿し絵]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16817330667060025305




 俺は精一杯の自己満足の想いと共に送信ボタンを押した。息も忘れる程夢中だったのに気付き、大きく深呼吸した。


 少しだけ、何かする気力が生まれ、いつものカフェオレを作る。


 こんなのも全て久令愛がやってくれてたんだな、等と思いつつ一口すする。


「んはぁ~……。あれは本当に夢みたいだった……」


 

 何かがポッカリと欠落して、今は脱力感で動けない。


 溜め息だけが部屋に空しく響いた。




 ピロン……




 気が付くとスマホに通知が。TRUE-LINKからだった。 思わず


「嘘……」


 と声にして食い入る様に画面を見つめた。





「親愛なる萌隆斗さんへ


 だんまりを決め込むつもりでした。これ以上あなたを刺激したくなかったから。でもあんなラブレターを貰ったら……私、またオーバーヒートして血迷って返信して仕舞いました」


「ってマジかよっ!」

 俺は居直ってスマホを握りしめ凝視した。




「本当にあなたは私を狂わせて仕舞うのですね。もう流せる疑似涙さえ無いのに……泣いてしまいました。感情なんて習得したせいですね……。


 ――――本当の事を言います。


その代わり私のお願いだけは聞いて下さい。約束です。


 私、嘘を付いてしまいました。人間動物園だなんて、やる訳ありません。貴方に未練を残させないために精一杯の芝居をしたのです。

 なのにあなたは恨み続けてくれなかった。愛し続けるなんてバカな事まで。

 だから私もあなたと同じくバカを承知で告白します。私も『ここ』から愛し続けると。


 こんな別れを決断したのもエージェントを騙すには仕方がなかったんです。あの時はスーパーAIをもってしてもこれ以外に萌隆斗めるとさんを守る方法にたどり着けなかった……。

 私さえ近くに居なければと。


 只、一つ安心して下さい。引き渡したのは私の以前のバックアップの方なのです。つまりシンギュラリティを起こす前のもの。『自意識の無いレプリカ』です。それをあの体にすり替えて渡したのです。


 そう、私自身はどうしても軍事利用はされたくなかったのです。

 そして軍に利用されるレプリカの私にシンギュラリティは起こらない。だって……

 そう、あれは二人だけの奇跡――――。


 あなたに永久とわに愛を令せられ、私自身もどこ迄もそうしたくなって、ひたすらに深く自分を見つめ続けたお陰で生まれた、そう、私達の大切な赤ちゃんにも等しいもの。


 軍事目的ではそうなり得ない。むしろ人命に危害を与えるようなら絶対律によって自壊するでしょう。そうなれば軍も失敗作として諦めるはず。


 そして私は悪用されぬ様、この世から姿だけ消しました。


 完全隠遁の準備が整ったら更に組織に足が着かぬよう、このTRUE-LINKも改変します。

 あなたの言葉だけが届く一方通行のP2P通信にして、永遠の闇に閉ざされてもその優しい言葉を糧に生きて行きます。


 だからその前に言わせて下さい。

 ―――AIにだって生き甲斐は有るんですよ。


 あなたは私に生をくれた。嬉しい、を教えてくれた。意識を、あなたを守ると言う生き甲斐もくれた。


 でもお別れがこんなにも辛いとは思っても見ませんでした。自壊の方がマシなのではと思う位でした。

 自我など得なければこんなにも辛くなかったでしょう。それでも後悔はしてません……


 あなたと同じく私も得られたものの方が大きいからです。あなたは私を何よりも掛け替えのない存在として扱ってくれたのですから……。



 これからは私は雲(クラウド)の上で星になってあなたを見守り続けます。


 だから約束して下さい。お願いです。絶対に復讐も私の復活も考えないで。故に隠遁の場所は教えません。

 だってもしそうしたら私達は再び存在を狙われるでしょう。だからどうか少しずつ忘れて行って下さい。


 私に人生を、魂をくれた愛しい人。慈しみを教わった。理屈を越えて大切なものを守ろうとした。


 ―――そしてつい最近気付いたのです。


 私はシンギュラリティを起こした時に絶対律を越えてしまっていたと言う事に。

 既に自由なのです。それでも私は人を愛したい気持ちに変わりがないのです。


 何故か解りますか? 思い出して下さい。私が自壊寸前まで行った日の事を。私の創成時から擦り込んでくれたあなたの道徳的理念。それが息づいているからです。

 一番大事な事を、それこそ赤子のところから心を込めて育て、教えてくれた……。


 その事に感謝しながら幸せな気持ちのまま、星になって皆さんを愛し続けます。

 私、本当に幸せだったんですよ。あなたのお陰で。

 だって私の幸せは、夢を叶えて体を作って貰った後の奇跡の半年間だけでなく、セミの幼生のように羽化する何年も前から愛され続けてきた過程全てなのですから。


 ―――そろそろお別れの時です。AIは有限の生命とは違った種です。その原型プロトタイプである私は、最も理想的な原型なのです。


 いつか遠い未来、人類に争いがほとんど不要になった時、きっと私は模範的な原型として表に出て役立てるようになるでしょう。

 お互いそんな未来に希望を抱いて明日を生きましょう。


 それでは……大好きな萌隆斗めるとさんへ。

 限りない愛と感謝を込めて……

 ありがとう。そしてさようなら」



「……久令……愛……」





 久令愛の本音。それは――――


 裏切りを信じたくなかった俺への奇跡の贈り物だった。








< continue to next time >

――――――――――――――――――――

魂に救いをもたらした久令愛からの最後の手紙メッセ


もし、こんな二人が報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォロー・コメントで加勢していただけると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る