第38話 ピンクのドーナツと修羅場
学園祭のお祭り気分も過ぎ、秋も深まる。
晩秋の木枯らしの吹く日曜日の午後だった。
買い出しと昼の外食を久令愛と済ませて俺は家で寛いでいた。久令愛はエプロンをして夕飯のために料理の先生である母から教わった直伝のスペシャルカレーの仕込みを始めていた。
オープンキッチン故にリビングダイニングまでコリアンダー、クミン、カルダモンの薫りが心地良く漂って来る。
『そうそう、コレ、コレなんだよね、あの母のカレー食べてたら市販のルーじゃ全然満足出来ないよ』……等と完全に胃袋を久令愛にも支配されてることにふと気付く。
もはや手遅れか? 等と考えてたらそこへ、
ヴィーッ、ヴィーッ……
美貴ちゃんからのSNS・リンスタの通知が。
『元気? 今家に居る?』の問いに何気に『うん、居るよ。美貴ちゃんは何してるの』と入力して返したのが始まりだった。
リンスタの画面からドドッと連続で流れるコメント達。
≫ほら、こないだ借りた資料を返さなきゃって思い立って今、
≫近くで人気の『映え』スイーツの有名店があったからお礼の分も買っちゃって
≫おうちまで渡しに行きたいから行き方教えて貰える?
強風の中、わざわざ目の前まで来て教えない訳にもいかずマップの所在地を送る。暫くしてピンポ~ン……とドアホンが鳴り響く。
カチャ……
するとドアの向こうに強風に煽られ、髪を押さえた美貴ちゃんが。制服も良いけどオシャレにコーデされた私服姿。嗚呼……やっぱ美貴ちゃん最高!
「そ、その服……カワイイ。に、似合ってるし……」
「クスッ。ありがと」
「てか、わざわざ気を遣ってくれなくても……返すのは週明けでも良かったのに」
「ねえ見て見て! 超可愛いんだよ! ホラ~」
勢い良く差し出された袋の中を覗くと、鮮やかなピンクのコーティングドーナツと揚げパン?のような何かが。
「こっちの揚げパンみたいのはマラサダって言ってポルトガルのお菓子なの……で、2個ずつなんだけど……冷めないうちに一緒に食べられたらサイコーなんだけどな……」
と言って上目使いで一歩前に。そしてモジモジされたらこのシチュで言うべき事はただ一つ。
「えっと、良かったら上がってく?」
「ゴメンね、なんか押しかけみたいになっちゃって」
直後俺は気付いた。 まさか上がる事に成るとは思って無かったから久令愛と何も打ち合わせ出来ていない。
ヤバイ。これが俗に言う修羅場というヤツか?
そうだ、少し片付けるから待ってて、とか言って久令愛にどこか隠れていて貰おう!
……って、もう勝手に美貴ちゃんスリッパ履いて廊下歩いてるし。
あ!!……
「あら、美貴さん、文化祭の時は色々お世話になりました」
時すでに遅し。エプロン姿で迎え撃つ久令愛に目を丸くする美貴ちゃん。そりゃそうだ。どう取り繕う? 『これは幻覚です』 とか? 『今日はたまたま親戚の会合が』 とか? エプロン付けてるが……ってもう何も思いつかん。アドリブに超弱い俺。
「ど、どどうしてあなたが ?!」
「はい、私はここに住んでまして」
「えっ!」……と小声が聞こえ俺の方をきっ、と睨んだから思わず、
「いや、前に言った様に親戚みたいな、親代わりみたいなってことで預かってて、て言うかこの子の家庭の事情でこのおばあちゃん家の余ってる部屋を貸してるんだよ」
「そうとも言えます。確かに
「ご主…………恋…………」
ボトッ……とドーナツの紙袋を床に落とした。
「そう言えば美貴さんも
俺はアフアフして何も喋れなかった。人間、本当に困るとマジそんな風になるんだ、なーんてこんな事だけ無意味に客観視出来てるのはクズ野郎だからか。託人に散々言われて来たが今初めて自覚した。
「萌隆斗くん、二股だったの? ……正直に言って!」
うっすらと目に浮かぶ涙を前に、ハッとした俺は全力で口を動かしてみる。
「いや、俺はこの子の教育係みたいなものなんだ! 世間知らずのこの子はまだ色々危なっかしくて」
「そ、そうなんだ……そうだよね、優しい萌隆斗くんに限って私を騙そうとなんかしないよね」
完全に信じてくれてる美貴ちゃんの瞳。キッ……と久令愛に向き直り、
「……ねえ、確か久令愛さん……でしたよね。
私は小学校からの幼なじみなの。あなたよりずっと彼のこと知ってるの。ずっと彼のこと見てきたし追いかけて来た。だからそんな言い方でからかわないで」
「恋人設定の事ですか? それなら事実です。それに私も何年も昔から毎日毎日『愛』についてを囁かれ、刷り込まれ、植物状態だった私に根気強く語りかけてくれました」
「しょ……植物……じょ……う」
……それって、病に
だが、たじろぐ美貴ちゃんに遠慮せず久令愛は、
「ようやく体が動かせるようになった今、やっと恩返し出来ると意気込んでいる所なのです」
しかし美貴ちゃんも引き下がらず一歩前へ。
「大変だったんですね。回復されたのは喜ばしいと思います。ただ、ずっと介添えしてくれた人に想いが募るのも仕方ないとは思うけど、萌隆斗くん自身の気持ちも有るんですよ」
「それなら日頃から確かめ合ってます」
「……って、何を ?!」
「そう、例えば最近では体温を伝え合ったり」
「久令愛っ! (確かにそうだけど)」
「た……体温……」
完全に美貴ちゃんの眉間に悲愴なシワが……
「マッサージしてから抱きしめ合ったり」
「なっ!」
「ちがっ…(ってないケド)」
「そうやって愛についてを教わったり、語り合ったり」
「め……萌隆斗くん !! 嘘でしょ !? ……嘘だと言ってぇっ !!」
もう完全に涙目になってる美貴ちゃん。だが先程から久令愛は何一つ嘘は付いていない。ただ例によって最悪に誤解を受ける様な事ばかり、もはや特技かってくらい。
もう俺は観念した。本当のこと話そう。
「美貴ちゃん、実は久令愛はAIロボットなんだよ」
パアァァァ――――ン……
生まれて初めて横面を叩かれた……痛みより驚きの方が大きかった。
「酷い……バカにするのもほどが有る……」
真っ赤になってワナワナと小刻みに震えている。だが一歩前へ出た久令愛。
「美貴さんっ、
俺を庇う様に立ちはだかる久令愛。
完全に修羅場か。
瞳にいっぱい涙をためた美貴ちゃん。
「あなたまで……もういい……帰るっ!」
< continue to next time >
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こんな事に機転が利く筈もない
もし、こんな三人が報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォロー・コメントで加勢していただけると嬉しいです。
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