第57話 あの子が悲しむぞ
「なら組織の奴らに一矢でも報いてやる」
―――もう俺の命などどうなろうと!!
そう、サイバー戦争だ。
俺はそう決心をしていた。多分その先に見えるのは俺の無意味で無惨な成れの果て。でも俺にはもう何も残っていない。
ただ沸々と湧き上がる恨みの情念以外には。
俺は孤独な戦争準備に没頭し出した。
『俺を怒らせたんだ……只では済まさねぇ。天才と言われたこの俺を嘗めんなよ』
以前のブレンダ-のバックアップをアシスタントボットとして最適化、そして百体に増殖し複数の有料開発用サーバにステルス配置。
外部AIとリンクして
勿論このボット達には久令愛のような人格めいた物など与えない。純粋な戦争道具だ。
その間に俺は高性能コンピューターウイルス、ワーム等の極限まで感染力・増殖力を強化したものを製作・改良。
更に超ステルススパイウェアにバックドア機能を仕込む。そこへエンチャントAIから多分散ランダムDDoS攻撃と特殊ノイズをVPNで送り込むスーパーマッシブゲリラアタックを組む。
それだけじゃ済まさん!! 更に軍や政府の重要プライベートネットワークの中枢さえも壊す為の仕掛け―――どんなに隔離されようと電源だけは繋がってる。電源の制御システムの乗っ取りで安全圏のシステム内にソフトウェア的PLC復号動作をさせちまうコンフュージョンパルスによるワープ送信プログラム。
電脳空間に虚空から出現するかの様な
内側からも外側からもメタメタにしてくれる!
フ……フフ……フハハ……ヒャハハハァ!
昼夜逆転したような生活の中、朦朧とした意識と激しい頭痛に苛まれながら取り憑かれたように作り続けた。
ハッ……
久令愛!!
今までは記憶の片隅に何かにつけて再現されていた久令愛の姿。ところがこの数日、余りの睡眠不足で視界の端にチラッ、チラッと遂に幻視となって見えて来てしまう。
「遂にここまで……。あー、頭イテー……」
流石にチト寝とかないとヤバイか……
*
「
「久令愛! キミへの仕打ちに復讐するんだ」
「え、私の為に? うれしいです!」
そう言って抱きついてきた。
「あれ……頭が」
「頭がどうかしましたか」
「冷たい……」
「何言ってるんですか、もうバッテリーもCPUもない私が温かいわけないじゃ無いですか!」
「そ、それもそうだね……」
「それじゃ、そろそろ冷たい闇の世界に戻りますね……」
「え……待って! 久令愛! ……久令愛ぁ~っ!!」
ハッ……
夢……か……
う……うう……
***
目の下に途轍もなく濃いクマを作りながらも、どうにか闘いの準備が出来た。
実行の前に、最後に
「CNS……託人と組めて良かった……色々楽しい思い出の機会を与えてくれて、ありがとな」
「何だよその殊勝な態度は。らしくないな。それに礼を言うのはこっちの方だよ。
あるスジからの裏情報だが、無事に論文申請と現物の初期審査も済んだばかりなのにさ、早くも最優秀賞獲得の内定の噂まで出てるらしい」
「ハハ……そうか……良かったな……」
「それもこれも
何で謝る……本当憎めないヤツ。この後の俺の暴挙がこの最高の友に飛び火しない事を祈るのみだ……
「フッ……いいんだ。俺はあの子とこれから一緒になるんだから」
「これから……?」
「俺の方がアイツのとこ……いや、何でもない」
少し間を置いてから託人は鼻で溜め息をついた。相変わらず理解の早い奴だ。
「……なあ、釘刺されてんだろ、絶対に追うなって」
「何の事だ?」
「トボケるな。お前の考えくらいお見通しだ」
「フッ……だろうな……。だが我が子を断たれて黙ってる方がおかしい。だから俺は……やってやる」
「―――何かあったらあの子が悲しむぞ」
「それを認知さえしてもらえなくなった今、こうするしかなくなった」
「はぁー……やっぱりそうなったか。久令愛ちゃんの心配した通りだ……。じゃ、ちょっとそこで待ってろ」
託人は何やら自室に取りに行った。直ぐに戻って来て手の中のそれを俺に渡してきた。
「で、もしそんな事になったら『これ』を渡せと。このUSBを」
「え……ってまさか久令愛が ?! ……何でお前に?」
「見てみりゃ分かるさ。全てはそれからどうするか考えろ」
俺は血相を変えて自宅へ戻った。
いそいそとUSBをPCに差す。すると俺の契約している開発用クラウドサーバに不可視の暗号化領域が出来ていて、自動プログラムが作動、復号化及び特殊なコードが実行された。
どうやら世界の何ヶ所かの見知らぬサーバ上に何かがひっそりと暗号化され分解保存されていたようだ。
それが一時的に俺のサーバーに再構築され、更にスマホのアプリが自動的に立ち上がる。
そこへとデータが流れ込む。
TRUE-LINKだ。スマホ画面の中に久令愛の姿が!!
「久令愛っ!」
「これは私、久令愛の限定モードです。今だけ双方向通信できます。ちゃんとその後も生きている事がわかれば、復讐なんてバカげた事をしないで済みますものね」
「久令愛っ !! 一体どこに居るんだよっ」
かじり付かんばかりにスマホの画面に叫んだ。
「約束しましたよね。レプリカを組織に引き渡した時、もう誰にも害が及ばぬよう、本物の私はこの通り秘匿性の高い暗号化クラウドサーバー上に身を隠しました。
奪われて利用される訳でも、死んだ訳でもないので悲しまないで」
「それでも! 永遠の闇に囚われてる事に変わりないだろっ! 本当はツラい筈! ……俺は悔しいんだっ!」
「なら私の目を見て下さい。あなたのやろうとしてる事を言って下さい」
「そ、それは……」
「それをやって私が喜びますか?」
「―――― 」
「私はこの様に思い出を胸にセーブモードになって生きています。
あの逃避行で一緒に撮ったツーショット。この時のために沢山撮っておいたのです。辛くなった時はあれを見て心を温められるから……。
だから復讐だけはやめて下さい」
うぐぅ……
「それでも尚、私を想ってくれるのなら……星に祈りを届けて下さい。私はそこから見守り続けます」
「……そう……そうやってこないだ青島達から助けてくれたのもキミなんだろ?」
「はい。見守りました。そしてこれからも……。
あの様にTRUE-LINKは今や一方通行ですが、ちゃんと聞こえてるのですよ。その声が届く度、私の心は温かくなるのです」
「それでも……俺はずっとキミと共に居るって約束した!」
画面の中の久令愛は静かに首を横に振った。
「今はムリ……こうするしかないのです。だから絶対に自分を棄てる様なマネはしないで! 約束をして下さい。
でないと私がこうした意味が無くなります。それは悲しい事。今や自我と全ての感情のある私には、それはあまりに辛い事なのです。
そして果たせなかったあなたへの添い遂げと命のバトンタッチも、こうしてあなたを守った事がその代わりになるなら……それが私の幸せなのです……」
「そんなの嘘だ! 俺は数日でもおかしくなりかけた! あんなのは拷問だ!!」
「何もせずにいたらそうなのかも知れません。でもここからでもあなたを見守れます。守護霊みたいな物です。そうしていれば私は……」
「嘘だ! もういい! だから奴らに一矢報いたら俺の方からキミの所へ行く! 俺にとって共に居る約束はこの命より重い」
「なりません!……そんな事をしてもここへは来れません!」
う……うう……分かってるよ、そんな事……
「なあ、久令愛……だったら一つだけ、本音を聞かせてくれ……そうすればもしかしたらこんな考えを捨てられるかも知れない……」
「
「―――もし俺が久令愛の様な電脳生命なら……そっちに来て欲しいか? 共に居たいと思ってくれるのか?」
「…………はい。一緒に居たいです。私だって約束は……守りたかった……だからお互いその気持ち同士で繋がれていると……そう思って貰えませんか?」
「……」
「
「……ふぅ―――― っ…………。それが本音なら……もうそうするしか……」
「……良かった。
では私は再び
でも心だけは有るので私を思ってくれた時だけでいい、心を通じさせてくれたら私は暖かい気持ちになれて、永遠に生きて行けるのです
そう、お墓参りに連れて行ってくれたのを覚えていますか?
これからはあんな風に手を合わせる様に、たまに思い出して下さいね。それで満足です。
TRUE-LINKのアプリ画面に星の墓標を作って置きます。では、心は今まで通りすぐ隣にいますので。これは眠っている様なものなので安心して新しい人生を歩んで下さい。
それでは……
おやすみなさい……」
「久令愛ぁっ!!……」
画面からフワァ……と消えた久令愛。入れ替わるようにそのTRUE-LINKのホ―ム画面には星の墓標のイラストが表示された。
……死んだ訳じゃないって言うクセに、何が墓標だよ!
***
数日後。俺は祈っていた。
―――― それでも久令愛は存在している。
だから。
その後、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、 祈り続けた。
TRUE-LINKの星の墓標へひたすらにその名を呼びかけ続けた。
もうあいつとの約束は破れない……
復讐だけは出来ない……
久令愛……久令愛、久令愛……
< continue to next time >
――――――――――――――――――――
全てを見透かしていた久令愛。もう復讐は出来なくなってしまった。
もし、こんな二人が報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォロー・コメントで加勢していただけると嬉しいです。
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