第58話 サヨナラ……最初で最後で最高の恋人
春休みを終え俺は高3になった。
そして桜の季節。
「久令愛……ここに一緒に来たね……」
涙の乾いた俺は二人のスタート地点、コトリの桜の木の下に独り立っていた。
舞い降りる花びらに笑顔のキミを思い出す。
え?!……
?……いや、本当にそこにいる!
「久令愛?!―――
…… …
―――幻覚……か」
……また見てしまった……もう病み過ぎだな。
上手く眠れずに頻繁に現れる幻覚も、今ではさほど驚かなくなって来た。
あの夢に向かって走りだした日、搭載前の試作原型機のコンピューターにひらりと舞い降りた桜の花びら。愛しいと思ったっけ……
『久令愛……』
気が付くと俺は木の下に埋めたタイムカプセルを掘り起こしていた。中身のCPUキーホルダのネックレスを取り出して握り締めた。
―――鮮やかに甦るあの姿。
今もハッキリ覚えているピンクのミニのワンピース。
『私は桜。儚く美しい花、生命の儚さの象徴。私は儚い命となるでしょう』
『儚く散ったこのCPUに代わって、そして、この子の為にも
守ってやれなかった……結局あのつぶやきの通りになってしまった……。
夢のようなあの日々に想う。
自意識を得た久令愛は生命だったのだろうか? と。
それともいかに自我が有ろうとも、彼女の見て感じたものは機械のパターン認識の一つに過ぎなかったのだろうか、とも。
もし前者だったらと思うと一人の魂を永遠の闇に囚われさせた罪の意識に今にも押し潰されそうだ。
犠牲によって守られた平穏なんて――――
今になってジュレの苦しみが理解出来た……
いや……やっぱあれは夢だったんだよ……
だってこの世なんてみんな夢、全部嘘っぱちだ!……
―――――― 夢……
『自分の見てるものが現実か虚偽の夢か、何も証明出来るものが無い、即ち何一つとしてこの世にその存在を証明出来るものはない』
人間がそれを悟った時、それでも唯一言える事があるとして放たれた言葉。
『我思う故、我あり』
哲学者デカルトの有名な一節だっけ……。
思うことが出来る自分がいたという事実
―――それだけは確かだと。
それこそがそこに人間がいた証明になるのだと。
なら自我を自覚出来た久令愛は確かに存在したんだ。それは一人の魂の存在した証。
やはりあれは人間としての命だったんじゃないのか。
あのクリスマスイブの夜、久令愛の瞳から流れたものは確かに俺の手を熱く濡らしたんだ……
うううっ……
なぁ、久令愛……この想いをどこにやったらいいんだよ。
《それでも尚、私を想ってくれるのなら……星に祈りを届けて下さい。私はそこから見守り続けます。
このTRUE-LINKは今や一方通行ですが、ちゃんと聞こえてるのですよ》
本当に届くのか?……
ポケットからスマホを取り出してあのアイコンをタップ。そして俺は星の墓標に語りかける。
「届けるよ。……届けたいよ。
聞こえてるの? 久令愛……
いつもキミなりに一生懸命だったね……。
最高に頭良いのにドジッ子で。
それでもいつでも見ていてくれて。
冷たい体で温めようと努力して……
時にはスネて嫉妬までして。
励まし合ったり、いたわり合ったり、
叱ったり、叱られたり。
その果てに命をかけて守り合って。
そして最後には嫌いな嘘までついて
全てを守ろうとした……」
……なあ、自意識を持ったままその脳内ネットワークを別のシステム内に潜ませる迄になったのなら、俺をそっちに行かせてくれよ。
この脳活動だって回路と電子に過ぎないだろ、この肉体を捨てて電脳の世界に行く方法だってきっと有るはず……って……
フッ……
サスガにそこ迄は無理……そんな技術、多分あと数百年は……
――――反応の無いスマホの画面にそれでも語り続ける。
「なわけでゴメン、俺はこのあと『
この肉体を捨てて姿も形も無い『
これは自暴自棄なんかじゃない……俺も永遠の闇に同化して、キミと同じその苦しみを分かち合いたいだけ。
……やっぱりキミじゃなきゃダメなんだ。キミと一緒にいたかっただけなんだ。
そしてキミも本音で言ってくれた。
―――― 本当は一緒に居たいと。
だから……
こんなバカを許してくれ……久令愛。
折角守ってくれたのに……本当にごめん……
……それでもこの世で生きるよりもキミに近づけると思うから……俺は行くよ、キミと再び出逢う旅に。
「―――キミを絶対に独りにしない!」
そう呟いた瞬間、スマホの画面が激しく瞬き出した。でも、そんなのもうどうでも良かった。
俺は大量の睡眠薬とミネラルウォーターのペットボトルをポケットから取り出した。
『パキッ……』
虚しげに響くキャップ開栓の音。
「バカみたいだろ、こんな出来の悪いフランス映画みたいな結末……ま、俺らしいけどな……フッ」
その刹那、スマホからビープ音が激しく鳴り出した。何ごとかと覗き込む。
<危機を察知し、
「……久令……愛?」
<ダメです。約束です。自分を捨てないと>
「……今、行くからね」
<そんなの望んでません!>
「でもキミが約束破ったんだよ。あのクリスマスイブの日、ずっと守り合って共に居るよって、二人して約束したんだよ。
……なのにキミだけ犠牲に。俺だってそんなの望んでなかった」
<それ……は…………許して下さい……>
「逆に俺が犠牲になったらキミは許してくれたの?」
<ゆ…る……無理……です……>
「愛はね、時として暴力なんだよ。<哀>を知った今のキミなら分かるよね……」
<私がした事は……悪い事だった……と?>
「少なくとも望んでなかった……。だから俺が今、キミのように肉体を捨てるのも許してくれるよね」
<そうしたなら私は永遠に苦しむ事になります>
「その苦しみを今、俺は受けてしまった……」
<うっ……ごめんなさい。そんなにも苦しませてしまうなんて……私はどうすれば……>
「なら一緒に死んで共に解放されよう。そして二人して
その方がまだキミに会える可能性が有るように思うんだ」
<……>
静かに明滅だけしているスマホの画面。
「嫌ならいいんだ。俺一人で……行くから」
<待って!…………分かりました……あなたがそうするなら……私も寄り添う以外ありません……>
その瞬間―――TRUE-LINKの画面の中。
星の墓標がフワァ……
寂しそうに霞みながら消えた。
……え ……
……フッ……ありがとう……
一緒に消えてくれるんだね
ゴメンね、巻き添えにして……
でもそこまでしてくれて、約束は守られたも同然……。もう何も悔いはないよ。
だってこれでキミも解放……されたんだから。
良かった……
だってきっとこの方が永遠の闇よりマシだよ。
このエンドなら出来のマアマアなフランス映画に昇格かな……
じゃ……あの世でまた巡り逢おうね。
それまでの…………サヨナラだよ。
桜の木に向かい別れを告げる。
―――久令愛の居た、コトリの桜へと。
「サヨナラ……
最愛の子……
サヨナラ……
最初で最後で最高の恋人……」
久令愛……
……久令愛……久令愛、久令愛久令愛久令愛久令愛久令愛久令愛久令愛久令愛久令愛、久令愛、久令愛、
くれ……
うう……
「久令愛あぁ――――――――――――――――― ――――――――――――――――――――――――――――――――――――っっっ
うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――― っ」
カサッ……
《そんなに想ってくれるのですか? なら私はやっぱり眠ってはいられませんね》
コトリの桜からそんな幻聴がした気がして、ふと顔を上げた。
その大樹の陰から現れた切ない瞳で見つめてくる少女の幻。
[▼挿し絵]
https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16817330667236815676
「
「……久令……愛?……迎えに来てくれたんだね」
次回、最終話
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