第30話 もうこうなったら浮気でもしよっか





 〈TRUE-LINK〉の再生を終えてスマホをデスクに置く。と、ベッドに座る久令愛は何かを探求するかの様な面持ちで静かに口を開いた。


萌隆斗めるとさん。私はアンドロイドですが妹さんの話、とても思うところが有るのです。

 私もいつかこの世に存在した意味を持てるのでしょうか……」


 憂いを秘めた瞳。その頬を隠す長い髪を耳にかけ、

その余りに美しい横顔にハッと息を呑む。


「私も萌隆斗めるとさんに尽くしたいとは思っています。

 ……でも自我のない私が自分の存在する意味を求めるのはおかしな事なのでしょうか」


「……」


 ……はぁ……と思わず俺は嘆息した。


 こんなアンドロイドでさえ真剣に自分の存在意義を見出そうとしてるのに俺は何だ ?! こんな存在にさえ自分に都合の良い恋人に仕立てようとしてたなんて。


 もっと……これからはもっとこの子なりに自ら見つけた生き甲斐に従って生きて欲しい。だから俺も、ジュレや久令愛に誇りに思って貰えるようにならないとな……。



   ***



 ――― 翌日。お別れだ。



「もうちょっと休みが長ければ良かったのに。ねぇお兄、今度こそお母さん達に許可貰うからそっちに泊めさせてよ」


「ん、許可取れたらな」


 苦笑いしつつ昨日の事を考えながらジュレに見送られ駅まで三人で歩く。


 こんなに愛しい家族達に見守られていたのに、傷付いた心に引き摺られ続けてたなんて。

 本当に人の不幸なんて心の囚われ方一つで決まってしまうものなんだな……なんてしみじみ思いながら。


 でもそのお陰で久令愛と出逢えた……そう思ったら何故か勝手にホッコリとして微笑が溢れた。


 隣を歩くジュレは『いいな~、久令愛さんは。お兄といつも一緒で』なんて口を尖らせる。



「それにしても久令愛さんてまるでロボットみたいにムダな動きがないね。それに感情も薄いし……ね! 」


 そう言って露出した腕にポンッと触れた瞬間、ジュレは「はっ……」と思わず手を引っ込めた。


「冷たいですよね。はい、そうです。私はロボットなのです」

「おい、久令愛っ!」


萌隆斗めるとさん、私には人を愛す至上命令があります。だから特にこの愛すべき人へは嘘はいけません。

 それにお宅では友達設定にしろと言われましたが、もうご実家も離れました。なので元の恋人設定に戻らせて頂きます」


「く、久令愛さんてロボットだったの……? フ、フフ、アハハハハハハ……アーハッハッハッハッ!……おもしろ~い。クールビューティーかと思ったらそんなお茶目な所も有るんだ~」


「本当です。兄フェチのあなたがお兄さんのAIに対する造詣ぞうけいを知らないとは思えませんが」


「ってまさか……お兄……本当なの……?」


「……」


「……なーんだ、やっぱそうなんだ……話が上手すぎると思った。お兄がこ~んな可愛い人となんて。でも凄い技術だね、完っ全に分からなかった!

 だけどそう言う事ならお兄との同居もありか」


 ニンマリと下まぶたが持ち上がったジュレ。


「いいよ、お兄。その子とならいくらでも仲良くやりなよ、イヒヒヒ」


「ちょ、何だよその蔑んだ目は!」


「はい、ジュレさん。公認ありがとうございます。このまま添い遂げるつもりでしたので」


「えっ……ちちちちょっ待ってっ! だったらダメッ! お兄は渡さない !!」

「おい、ジュレッ!」


「ならジュレさん、三人一緒と言うのは如何いかがでしょう?」


「えっ……えええ ?!……ん~……そっか、なるほどー、それは別にいいかも。共有出来るなら。

 だってバーチャル嫁が居れば実妹がずっと一緒に暮らしててもヘンに思われないし」


 ああ、またわけの分からんシチュエーションに拍車がかかった……

 ま、もう駅に着いたし、当面この件は棚上げだな。

 にしてもこの帰省は意外と良かったな……




「じゃあお兄、久令愛さん、まったね~っ!」


 妙に嬉しそうな妹の顔をボンヤリ見ながら手を振り返した俺。そして少し空を見上げた。

 この二人に誇れる自分になるためにはどうしたら良いか……それを真剣に考え始めていた。




  ***




 素晴らしい秋晴れの休日。


 それなのに心はどんよりしていた。俺は珍しく一人、重い足取りで駅近のファミレスへと向かっていた。


 託人の彼女、セナちゃんから呼び出しがかかったのだ。何やら内密にという事で、その愚痴を聴くために今日は久令愛は自宅待機だ。


 そう、セナちゃんは最近託人と会えていないらしい。


「ねえ、一体その後どうなってんの? もうっくんが研究に没頭し過ぎて全然相手してくんない。めるっちに負けたくないって」


「俺も負けたくないし。でもそれでこそ託人だ」


「そんなのどうでもいいし~! だからめるっちにスパイしに来た。何かめるっちが大事にしてる情報教えてよ」


「言えるかっ、これは真剣勝負なんだ」

「じゃあ、せめて邪魔してやる」


「止めなさい。まあ愚痴くらいなら幾らでも聞いてあげるから」

「――― 優しいな、めるっちは……」


 そう言いながら肘をついて頬を支えて口を尖らせるセナちゃん。アイスティーのストローを指でクルクルもてあそぶ。


「……ねえ、入学して間もなく私に告って来たよね」


 ―――その黒歴史に今触れる?


 確かにその可愛さの割に分け隔てなく話しかけてくれて舞い上がって勘違いした俺がバカだった訳だが。


「もうこうなったら浮気でもしよっか」


 ……まさかこれはラノベ的テンプレ? 俺にもハーレムモテ期ってやつが遂に ?! いやいや、今の俺には久令愛たんが……って言ってちゃダメか……。俺は生みの親としてちゃんとせねば……


「ねえ、ところでめるっちも人形なんかやめて本物を相手しよーよー」


 やっぱキターッ!!


「あ、でも勘違いしないで。あたしはめるっちはパスだからね」


 ……ってどゆ事 ?!


「今日は友達にも愚痴を聴いてもらおうと思ってもう一人呼んでたのよ、ついでに『彼氏居ないから紹介してくれ』って……あ、この部分はナイショね」


「え、いや、俺みたいの誰も望まないって。逢ってガッカリされるだけ」


「それがさ~、めるっちのこと知ってるって。その上でだヨー」


「え? そんな人いたの? 信じられん。まさかヘンタイ?」


「でしょーっ! あ、ゴメン。……ってホラホラ、来た来た、オ~イ、こっち~っ」


 手を振るセナちゃんの視線の先へと振り向くと巨大な雷撃でも受けたかの様なショックが走り、ピキィッと硬直する俺。


『久しぶり。萌隆斗くん!』との呼びかけに、全てがスローモーションのように見えて錯乱した。




 なっ……!!!!!!








< continue to next time >

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萌隆斗めると史上最大の衝撃。


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