第31話 女神現る。 ひしゃげるフライパン





 人生最大の驚き。


 そう、何故ならそこにはあの初恋の女神が。


「みっ! ……美貴ちゃんっ……!!」


「嬉しい! 覚えてくれてたんだ!」


 当然だよ!


 その可愛さ、あどけなさを帯びながらも角度によってドキッとするくらいの婉容えんような艶やかさ。

 濡れ羽色の長い黒髪と漆黒の瞳が白い肌を引き立たせ、見る程に吸い込まれそうだ。

 これでなぜ彼氏が……あ、そうだった……


「えっと……でも前にカレ氏が……居たよね」

「そんな昔の事。もうとっくに別れたって」


 信じてもいいんですか? いや、嘘でもいい。今はキミに逢えただけで幸せだ……


 そんなやり取りをしつつ俺の向かいの席につく美貴ちゃん。昔話等でしばしの歓談。


 と、そこへセナちゃんがイタズラっぽい笑みを浮かべてこう言った。


「ところで美貴は何でめるっちのこと知ってるの?」


「私ね、小学校の低学年から同じクラスで知ってるの。あの頃、他の女子から除け者にされそうな私を何度か庇ってくれたんだよ。

 ある時なんか苛めっ子の仕組んだ冤罪のワナにハマりそうな所を身代わりになってくれて。そのせいで萌隆斗めるとくんがハブられて……」


「え、覚えてないし」


「も~、鈍感なんだから~。あの頃からそうだったよね」


「あはは……ごめん」


 すぐ謝りたくなるオタク癖。キョドってるのが自分でも分かる。


「中学時代は別々になっちゃったけど、塾で会えて嬉しくて。でもその時は前のカレシに言い寄られて少し付き合ったけど合わなくてすぐ別れた。

 で、萌隆斗くんがこの高校に行くって知って私も頑張ったんだよ」


 ……ってまさか俺について来たかったって事? イヤイヤイヤ~……。だって―――


「でも美貴ちゃんは高1から知ってたなら何で今?」


「だって1年生の時、声かけようとしたらセナに告ってるの見かけて身を退いたの」


「あ、そのへんは黒歴史だから掘り返さないでね」


「フフ。でもその後、セナと友達になって色々聞いたら誰とも付き合ってないって知って」


「え、でも高1からずっと見かけなかったよ」


「もう……その後それとなく近付いては気付いて貰おうとしたんだよ。だけど入学からず~っと女の子の事を見てないし……フィギュアばっか見てて」


 うぐっ……確かに。てゆうか三次元は怖くて見れなかっただけと言うか。


「そしたら最近超可愛い子と付き合ってるんじゃないか、ってセナがそそのかすから……」


「え……あ、あれは何と言うか親代わりと言うか妹か親戚みたいなもので……特にこれからは指導者としてしっかり見ていかないと、って」


「妹?……ホント~? 萌隆斗くん優しいからまた『人たらし』してんじゃない?」


「俺がそんな事する筈ないって」

「なら、まずは友達として昔みたいに仲良くしてくれる?」


「って……勿論だよ!」


「良かったね美貴、付き合えるって!」

「なーもーセナ~っ! フフフ……」


「にしても美貴ちゃん、あの頃よりもっと可愛くなったね」


「え……萌隆斗くんが口が上手くなってる!……やっぱ人たらしだ!」


「ハハッ、めるっちに限ってそれは無いよー!」

「だよね~」



「「「ハハハ……」」」



 ……ああ、そう言えば人ってこんなカンジだったっけ。何もかも全肯定の久令愛とのやり取りで忘れてた。


 でも100%肯定されるよりこっちがやっぱ自然なんだよなぁ……。けどこれってもしかして俺にも春が来たって事?


 にしてもこんなに可愛い美貴ちゃんなのに以前より緊張せずに楽しく話せるようになったのは、もしや久令愛効果だろうか?




 *




 その後も散々セナちゃんの愚痴と美貴ちゃんの趣味の話しで盛り上がり、気付けばもう夕刻になっていた。


 ようやく開放されて家に帰り着くと何かコゲ臭い。


「ただいま~……? 久令愛~?」


 オカシイ。何時もなら必ず出迎えてくれるのに。少し心配になって『この時間ならキッチンか?』と慌てて探す。


 と、久令愛がカップボードを背にして、床へとヘタリ込んでグニャグニャにひしゃげたフライパンを持って遠い目をしていた。


「どどど、どうした久令愛っ!」


「萌隆斗さん……私は捨てられるのでしょうか……」

「って何言ってんだ!」


「学校以外で私を留守番にさせたのは余程の事かと心配になり、〈TRUE-LINK〉をこちらからONにさせて貰い、様子を確認したのです」


「……ってまさか全部見てた?」


「と言うより聞いていました。そしたら萌隆斗めるとさんは今後、美貴さんという方とお付き合いする約束を交されていました。そこでそれを祝う為に夕飯にご馳走を、と立ち上がったのです」


「そ、それがなんでこんな風に?」


「分からないのです。……何でしょう、この釈然としないものは。萌隆斗めるとさんの今の望みはあの美貴さんという人とお付き合いしたいと言うこと。

 萌隆斗さんの普段に無い声の周波数から猛烈な所有欲を示す相手と解析しました」


「んなの解析せんでいい!」


「ともあれそれを全力で応援するのが私の使命。配膳しようとテーブルを拭いていたら沢山のコゲ跡が。ログを見ると確かに強レーザーを30発も射出していたようです」


「危ないし! なんでだよ」


「分かりません。そして料理を作らねばとフライパンを手に取った瞬間、どうやら勝手にアーミーモードになっていたようで気付けばこんな形に」


 ゴリラでもこんな紙屑みたいに畳めないし!


「ととととにかく俺は久令愛の生みの親。大切な我が子を捨てるわけ無いだろ! ちょっと調子を見てやるからそこに休みなさい」


 そう言ってソファーへと指を指すと久令愛は、


「はい……」


 と言ったかと思ったら『ぬっ』とマリオネットが引き上げられる様な不自然な立ち上がりと共に、ユラ、ユラ、と近付いて腕が伸びて来る。


 ヒッ……マズイ!! 久令愛に予測のつかない何かが起こってる……急げ!

 取りあえず俺があのフライパンみたいにならないよう一時凌ぎでも何でもやれる事があれば……そうだ!


 〈TRUE-LINK〉で久令愛を操作だ、強制オフラインモードに切り替えてみるか!


萌隆斗めるとさ~ん……」


 僅かに引きつった様な笑みを浮かべ向かって来る。しかも今にも強レーザーが発射されそうに瞳孔が紫に光りだしたし!


 ジリジリと後ずさるも、そのまま差し出された両手が俺の首へとヌ~ッと近付く。俺はオタオタと震える指で何度もアプリを誤操作して行きつ戻りつしてやっとのことオフラインに。すると、


 はにゃっ?! として破顔する久令愛。

「お兄ちゃん、彼女できたの~? スゴ~イ、今度紹介してよー♡」



 むぅ~……



 今晩はこのモードでガマンするしかないか……






< continue to next time >

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まさかマトモな感情を持たぬ久令愛が嫉妬など……でもこれは一体?


もし、こんなAIが報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォローそしてコメントで加勢していただけると嬉しいです。

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