第29話 妹の想い




「いえ、でも今や人工子宮が成功して話題になってます。数年後に実用化されれば卵子の提供さえあればきっと叶えてあげられます」



 ぶはっ、ゲホッ、ゲホッ……がふっ、ぐはっ


「ちょっ……お兄ィ~~~っ」


 飲みかけたジンジャエールを盛大に空間にぶちまけながら必死に俺は、


「……ちょっ、そ、その話はもう……ケホッ……あ、来た来た、ホラ場所開けて!」


「お待たせ致しました。こちらがほうれん草とリコッタのカンネローニと、こちら、スズキと魚介のアクアパッツァ・ナポリ風でございます」



 そこから何とか軌道修正。



 久令愛は俺の好きな母親料理を聞き出し、今度教えて下さいね、と言うと母さんも嬉しそうに、後でミッチリ教えてあげる、と鼻息を荒くした。


 そして家に飾ってあったジュレの卓球の賞状全てを記憶していた久令愛が、その功績をかたぱしから讃えまくると、その武勲を自慢気に滔々とうとうと語りだすジュレ。

 それを久令愛が凄いですねと持ち上げた。


 更に昨晩の音楽再生にLPレコードを使ってた話題を久令愛が切り出すと、『その良さが分かる~?』 と父さんが身を乗りだした。

 エヴァンスだのジャレットだのコルトレーンだのの良さやウンチクにまで花を咲かせた。


 ―――気が付けば久令愛を中心に皆、笑顔になっていた。




 その後、家に戻ってゆるりと穏やかな時の流れに委ねているうち、二晩目に突入。と、俺が客間に久令愛の布団を敷こうとした時、


「お兄、ちょっと待って。ね、久令愛さん、私ちょっと誤解してたかも。良かったら今晩一緒に寝たい……ダメ?」


 お、おい、また何か企んで……


「はい、喜んで」


 頼む、何も起こらないで!……



  * *



 ―――― 翌朝


 朝食を終えて、昔俺が使っていた部屋を久令愛に案内。机のペン立てを手に取って懐かしみながらデスクチェアに背を預けた。


 物珍しそうにキョロキョロする久令愛をベッドに座らせた。


「……で、何があった? ジュレが急に大人しくなってるんだけど」


 久令愛は含みを持った微笑みと共に、『よい話が出来たと思います』、と言ったのが何とも気になり、覚えている範囲で聞かせてくれないかな、と頼んだ。


「では長くなるので〈TRUE-LINK〉を使って見たままをお伝えします」




 早速スマホを立上げタップ。 画面を覗く。

 記録されていた映像と音声が再生される。





「お昼の事、ウチのお母さん、私に似て無神経だからゴメンね」


「いえ、それを言うなら私の方こそ空気を読めないと萌隆斗さんからいつも叱られます」


「フフ……あのね私、お兄のこと昔から優しくて大好きだった。私はこの通り明け透けな性格だから内気なお兄でも気兼ねなく接する事が出来て、とても仲の良い兄妹だった。

 でもそんなある日、お兄が小学三年生の時に交通事故に遭ったの」


「事故……何か萌隆斗めるとさんはその事で引きずっている事があるようなのですが……」


「うん。その時お兄が私をかばって大ケガしたの。一時は危篤状態になる程の。

 幸い今は普通の生活が出来てるけど首、肩、背中、腕には消えない大きな縫い傷が今も残ってる。

 それと左腕の関節も変形してて……その二つのことで……うっ……グスッ……」


「ジュレ…さん……?」


「ズズッ……『見た目がキモい、フランケンシュタインだ、怖い』ってなじられて、多くのクラスメイトから避けられる様になった。

 そこからお兄は女子とうまく関われず、私のせいで暗い少年時代を過ごさせた」


「それで萌隆斗めるとさんは傷ついてしまわれたのですね……」


「でも私に対する態度は全く変わらなかった。いつも妹想いの優しい人だったんだ」


「はい。今もそうですね。時々素直でない事もあるようですが」


「そうなの。で、その後お兄が世間から受ける仕打ちがもっと酷くなって行くほど私は罪の意識にさいなまれ落ち込んで行って……ふさぎ続けるようになっていた。6年生位の頃かな。そんな私を見てお兄はこう言ったの。


『僕のした事がいけなかったのかな』

『そんな事ないっ』


『でもそんなにジュレが悲しみ続けるなら僕はどうすれば……』

『お兄は悪くない。でも私のせいで』


『あのね、僕はずっとジュレと小さな頃から一緒に居て、楽しくて。女の子が苦手な自分でもジュレだけはお兄お兄って慕い続けてくれて嬉しかった。

 そりゃ、ちょっとした事ですぐキレたりして手を焼く妹だけど、明るくて可愛らしくて……だからこの妹だけは守りたいって思っちゃったんだ。


 だから今もジュレを事故から守れて良かったって本当に思ってる。だってこんなパッとしない僕でも存在した意味があったって思えるから』


『存在した意味……』


『うん。だからもしジュレが自分のせいで何か納得行かないと思うなら、自分が存在した意味を感じれる何かを探してみたらどうかな?

 僕がジュレに出来た事で胸を張っていられる様に、ジュレも何かに役立てて存在意義を感じられたら、ここに居ていいんだって自信を持てると思うんだ』



「何かの役に立つ……

 ―――その時私は思ったの。だったらお兄の為になりたいって。他の誰もお兄の事認めてくれなくても、この救ってもらった命でお兄が失くした分の幸せを補えれば私の存在した意味がきっとあるんだって」


「素晴らしいですね。そう言う事だったんですね」


「世の中、見た目が格好いい男にキャーキャー言ってるけど、私に言わせればお兄こそ格好いいと思う。口や顔ばっかの男よりずっと凄い人に見える。

 私はあの事故の時に白馬の王子様が誰かを知ってしまった。私はお兄が好きだし、もしこの命をお兄の為に差し出す必要があればそうするの。

 もし今後、お兄のこと認めてくれる人が現れても私ほど愛せないだろうし、多分ちょっとしたすれ違いでも歯切れの悪いお兄を捨てるような腑抜け女子しかいないと思う。殆んどの人が本当の姿なんて見えないんだよ」


「そこまでお互いを想えるなんて幸せな事ですね」


「そうかも。でももし私以上にお兄を愛してくれる人がいたらきっと任せられると思う。その人と幸せになって欲しい。けどそうならないなら私がずっと面到を見るつもりなの。

 だけど……そんな決意のせいで兄妹愛を行き過ぎて、私がそれを越えそうになった時……親に引き離されちゃった……」


「だから萌隆斗めるとさんは一人暮らしを……でも、ジュレさんはそれ程愛してるんですね。凄いです」


「……ふーん……軽蔑しないんだ。普通引かれちゃうんだけどね。いくらなんでも普通じゃないから止めなよって。

 けど久令愛さんからはあまりそう言う偏見とか感じないし、なんか覚悟がまるで私と変わらない気が……人工子宮とか……あ、いや、何でもない」


「本当に誠意があれば人と人はそこ迄思い遣り合えるんですね。何でしょう、これは……何かが込み上がってくる様な、何かで一杯になる様な……

 多分これが『感動』というものなのですね……でもこれはきっと萌隆斗さんとジュレさんだからこそ出来たのでしょうね」


「うん。そうだよ」

「それはとても……とてもとても羨ましい事です」


「く……久令愛……さん………

 ………はぅ…………ズッ……」


「はい……」


「……グスッ………………ゴクッ……はぁ-……

 あの……今日は色々聞いてくれて……ありがと……ズッ」


「いいえ。私の方こそ聴けて良かったです」


「うん。―――― じゃ、お休みなさい……」


「おやすみなさい」




 **




「こんな感じにお話出来ました」



 ――――成る程、こんな事言ってたのか、ジュレのヤツ。








< continue to next time >

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熱く重過ぎる妹の態度。だがそれは単なるヤンデレではなく、真に兄を理解するが故のものだった。


もし、こんなAIと妹が報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォロー・コメントで加勢していただけると嬉しいです。

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