第23話 ジャパニーズアニメ千本ノック !!





<――― だから久令愛、そう言う意味も含めキミにはもっと人間的な感情を学んで欲しい>





 そうして俺達は心情と感情という曖昧な物への挑戦を続けた。


「俺の表情からどの喜怒哀楽かを読み取って」


 久令愛は言う。

『本来私にも高度な顔認証機能があります。でも、普段は何故か私はパターン認識と組み合わせて使うのを避けています。言わば他から与えられた先入観より自ら感じ取りたいようです』―――― と。


 ……それでも読み取れる様になって来ている……なら


「うん。その調子だ。ならどんどん微かにしてくよ。因みに人間では女子の方が読み取りが上手いんだ。例えば人は敢えて悲しいときに笑顔を作ることも有るけど、女性はそれでも本音を読み取れる事が男性に比べて多いんだ」


「なるほど。頑張ります……」

「さあ、今の俺はどの感情か」

「う……ちょっと……」

「どうした?」

「え……と、分かりません……と言うか多分間違ってるかと」 

「良いから言ってみなさい」

「その……私の事が愛しくて仕方ない、抱きしめたいと……」


 !!……ケホッ って思いっきり当たってるし!


「ヤッパリ間違ってますよね、こんなの自意織過剰だって叱られるかと。……まあ私、自意識無いんですけどね」

「い、いや、喜怒哀楽を当てなさいと言ったのだが」

「でもどうしてもその様にしか見えなくて」


 ど、どうする ?! これを間違ってるとは言えん!


「コホン、こ、これは訓練だからな。敢えて大好き光線を放って読み取り辛くしたんだ。やはりまだ難易度が高過ぎたか」

「さすが萌隆斗めるとさん! 完全にマスキングされてました」

「まあな……(ホッ……)」



 そんな風に俺は一つ一つ、親が子に教える様に伝えてゆく。久令愛も真面目に取り組んでくれる。


 ―――― なんだかなぁ……


 母親が幼児期に根気よく付き合ってくれた情操教育の『あり難さ』を今になって思い知りながら。


 *


「疲れたね。一休みしようか」


「私は疲れを知りません。バッテリーさえもてば。にしても何故萌隆斗めるとさんにとってこんなに面倒な事をするのですか?」


「だって昨日出来なかった事が一緒に出来る様になってくのって、なんかすごく嬉しいし」


「嬉しいんですか。それって地球上のデータベースにたくさんありますね。やはりこれが嬉しいって事なんですね。それ、具体的に実感しました。

 次、嬉しかったらデータベースにある笑い、もっと上手く出来るようになると思います。――― そしたら誉めてもらえますか」


 こんな風にひとつずつを二人三脚で。久令愛は『まるでデータベースにある「親子」の様ですね』と言って進歩している。

 どちらかと言えば当初は恋人になれたらって思ってきたけど……でも。そう、やはり生みの親としてちゃんと責任をもって育てなきゃな。




「なあ、久令愛、俺は初期設定でご主人かつ恋人としてプログラムしたけど、これからはそれは余り重視しなくてもいいよ」


「別に無理に感じてません。今さらなぜ?……それに『ご主人様』についてはとてもしっくり来るのです」


 ―――― ただ『恋人』については……と、そう言ってうつむき加減になる。


『愛が……』と呟きながら瞳を曇らせて続けた。



「私にはまだ『愛する』という感情……と言うか情感が理解されていません。愛の定義は絶対律にも刷り込まれて分かってはいるのですが、今一つ実感されていない様なのです」


 伏し目で不満げな顔。長い睫毛を少し持ち上げて再び目を合わせると、


「なぜなら愛は多様過ぎてデータベースには模範的なものがなく、そして体験する機会も少ないので、当面『教師なし学習』をフル活用しないと特定……いや、実感出来なさそうです」


「愛に正解なんて無いからね」


「感情というのは本当に難しいですね。理屈じゃない訳で、AIの泣かせ処です。せめて『自我』があれば掴みやすいのかも知れませんが……でもいつか萌隆斗さんと一緒に掴めたら『嬉しい』です」



 ……久令愛……ゴメン。その寄り添いは俺の望みに応え過ぎだよ……。

 『自我』が無いのにそうするのは対話型AIに最も重要な『類推力(アナロジー)』が為せるワザ。元々得意だったそれもちゃんと使えるようになって来てる……ただ……


「でも、もうそれはいいんだ。キミはキミなりに成長する必要が出てきたんだ」


「私なりに……?」


 俺の意図はまだピンと来ていないようだ……まあそうだろう。俺の話しがまとまってない。



「久令愛ゴメン、次に話すまでにちゃんと伝わるようにしとくよ……」




  ***




 夏の暑さも彼岸までと言うが、ようやく涼しい日も出て来た。いつも涼しい顔と、微妙に季節感の無い服の久令愛といると感覚も狂うのだが。


 いつもの夕食後のダイニングテーブルをはさみ、本日の事後考察会議デブリーフィングを行う。



「これからは久令愛なりの成長。重点的にそこを強化しよう。ちゃんと考えをまとめておいたから」


「私なりの……それは何のためですか?」


「キミは俺のために良かれと思う事をやろうとし過ぎる。でもそんな顔色ばかり見ていたら良くない」


「あの……萌隆斗さんは以前、もっと空気を読みなさいと言ってました。その後調べたところ、つまり『深く状況を察するように』という事でした。私にはそれがまだ上手く出来てません。なのに今度は顔色を見るなと言う……」


「確かに矛盾しているように思うかも知れない」


「この前の訓練で人の表情から『喜怒哀楽』を本音の所で判断する事は少しずつ出来るようになりました。でも話の前後から相手の望む事を読み取って喜んで貰うのは余り出来てません。それでは今後も役に立てないのでは?」


「それはいずれ出来ると思う。俺は生みの親として、今はもっと人間的に生きて欲しいと思ったんだ」


 ―――だって、今のままじゃ精神的な奴隷みたいで嫌なんだ……。


「感情も愛も自我も中途半端な私が人間的に、ですか?」


「違う。だからこそ考え込まず、感じて欲しいと思うんだ。今のキミはまだ言葉面を追ってる感じだ。でもそれは当然だと分かった。人生経験が圧倒的に足りてないんだから当たり前だ」


「人生経験……」


「こうやって今、感情を学ぶのはいい感情と悪い感情を一通り得て、正しく判断出来るようになって欲しいからだ。『人』は様々な状況でいかに動くのかを」


「正しく判断……」


「でも物事には必ずしも正解があるとは限らない。見方によってはどちらの立場も正義の行動の時もある。

その時、キミは学んだ『自己の正義』に基づいて行動しなければならないからだ」


「我、つまり自意識が無い私が『類例』ではなく『自己の判断』……ですか?」


 ……いや、我が無くてもキミは一定の『自考』が出来る! 自考が出来るならそれを積み重ねてある程度の『自分』を持てるはず!


「あのな、人だって生まれ持った性質よりも生きてく過程で経験した事で性格も作られて行ったり変わったりするんだ」


 ……人の考え方を真似るだけならいつ迄も今までのAIのまま。それじゃだめだ。 

 でも経験や自考の結果を『ひたすら累積して束ねる』なら、きっとそれはもう『自分』なんだ!


「はい―――― そうですね……」


 久令愛は納得するも「ただ……」と言って何かを求めるように見つめてくる。


「ストリートでのやりとりは感情を伴わないものが多いので、あの方法では限界が有るようです」


「その通り。キミにはもっと人の基本が必要だ! 喜怒哀楽のシャワーを浴びて育てば自ずと人の心に寄り添えるようになる。人は子供時代から時間をかけて色んな感情にぶつかり合ってやっと一人前になる」


「はい。では沢山感じ取りたいと思います」


「そこで人の心の機微ってヤツを一気に疑似体験する良い方法を思いついた!

 < ジャパニーズアニメ千本ノック !! >  

 俺も越えてきた道だ、久令愛もきっと出来るはず!!」


「でも私、力不足を感じて以来、膨大な動画データも見て来たはずなのですが……」


「情報を詰め込むだけじゃだめだ。『人生の物語』とセットで感じないと。俺だって子供の頃と今見たのとでは捉え方が変わってる事なんかいくらでもある。

 だから感情を自分のものとして理解し始めた今の久令愛がトレースし直せばきっと何かが見えてくるはず! 俺が子供時代から繰り返してきた究極の鍛錬法だ !! 日本のアニメの奥深さを嘗めるな!」


 ……なんか良い事を言ってるのか厨二なだけなのか自分でも分からなくなって来た……


 だがビシィッと正立し敬礼の久令愛。

了解ラジャー!!」


 こんな馬鹿げた指示にも真面目に全力で応えようとする。全くこの子は。でも……



 ―――― その美しい面持ちは、今日も澄んだ琥珀の瞳を伴って、俺と未来を懸命に見つめていた。







< continue to next time >


――――――――――――――――――――

人に役立つため自分を確立すべく真剣に取り組む久令愛。


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