第51話 Alが何を思ったのだろう





 もうこれはそんなもんじゃない……AI群を信頼させ、魅了し、仲間の様に積極的に協力させてしまう……


 もはやこの子は……AIの魔女……


『モンスター・プロンプター……』



 ―――これが久令愛が狙われてる理由……




 黒服を追い立てる自走ロボ、Jガーディアンを阻止するドローン、ドローン同士の相討ち……もうメチャクチャだ!


 これ……全部久令愛が……いや、今はそれどころじゃない、逃げるんだ!


「久令愛! ドローンの相討ちをやめてこっちの護衛に回せ!」

「はいっ!!」


「ドローンと自走式ロボを盾にして逃げる! 操って威嚇しまくれっ! でも絶対殺めるなよっ!!」


「勿論ですっ!」


 よし、ヤツらAI兵器に撹乱されてる! 一気に紺スーツ勢が劣勢になったか。三勢力がもつれて撃ち合ってる!



 ……今がチャンス! 俺は久令愛を抱き上げた。


「俺が全力で走るっ! キミは牽制に集中だっっ !!」



 一気に俺はかっ飛んだ。何でもいい、とにかく人目につく大通りまで行けば……市街中心へ全力で突っぱしれ。足よ動け!


 しがみ付く久令愛。俺は無我夢中で走った。


 よし、誰も追って来ない……。どうにか振り切ったか?……


 久令愛を下ろして一緒に走り出す。かなり引き離したハズだ……

 そう思った矢先、一人だけとんでもない身体能力の男が乱戦から抜け出して追いついて来ていた。


 ……黒い服、大陸勢の……。なんて速さだ!


 でもそれなら銃撃はして来ない筈だ。どうにか巻けないか、と考える間もなく、あっと言う間に追い付かれ、そいつは久令愛を生け捕りすべく飛びかかった来た。


『させるかっ』


 思い切り体当りしてやった。が、かする程度で避ける。

 そいつは、邪魔だとばかり俺へと怒りを向けて来た、と思った瞬間、もう既に廻し蹴りが腹に食い込みぶっ飛ばされてるし!


「ぐはっっ !!」っと5mは転がった。


 うぐぉぉ……何だよこの地獄の痛みは! ……肋骨でも折れたか? とにかく息が出来ん……


萌隆斗めるとさんっっ !! ……よくもっ!」


 うずくまる視界の端に、アーミーモードと化して飛び込んだ久令愛の後ろ廻し蹴りが男の顔面に炸裂したのが見えた。

 だが上手く衝撃を逃がしたか ?! 打撃に逆らわず身を翻し、軽くよろける程度で不敵な笑みを浮かべ挑発すらしてるっ!


 常人の5倍速の久令愛の攻撃をいなすほどの格闘能力……こいつは相当なプロだ。奴と長く戦うのはヤバイ……

 そう思った瞬間、


『ヒュンッ』


 と捕獲用鉄鎖が舞い、久令愛の足にシュルッと巻き付くと、アッサリと引き倒された。


 流石の久令愛でもあのムチみたいな速さじゃ避けるのはムリだったか!

 すると銃の様な形をした何かを腰から取り出し照射。


「ああああああああぁぁぁ―――― 」


 あの戦闘モードの久令愛が何も出来ずに痙攣している! これは恐らくコンピューターを狂わす電磁波 !!

 

 くっ……反撃させない為にそこまで!

 それじゃ脳内PCが壊れちまう!


 その刹那、動けなかった筈の俺の体が勝手に男の方へ飛び込んでいた。

 電磁波照射器へ突っ込んで奪おうとした俺に鉄鎖を握ったままの拳で殴り、更に蹴りも入れてくる。


「あぐっ、ぐはっ……」


 ボコボコにされながら左義手の爪を持ち上げ、仕込んだレーザーを目に向ける。


「なっ……」


 失明レベルの強レーザーを本能的にかわす手練れの男。だが一瞬隙が生じた!! よっしゃぁ!

 俺は遂に照射器にしがみついて取り上げてやった。どうだ、ザマー!


 男はすぐにサバイバルナイフを取りだし、チェーンで久令愛を引きずりながら俺へと突き刺しに来た。


 だが俺は勝利を確信していた。目配せだけで伝わる想い。




 ―――〈久令愛!! 今だっ電撃っっ!〉


 バシュンッッ―――――――




 鉄鎖を伝ったAED用の電気の電力は、電圧を調整すれば護身用スタンガンとして応用可能、こんな時の為に訓練しておいたのが効を奏した。

 もう二度と自壊判定などさせないために!!


 そしてその一瞬で男はまるで落雷を受けたように硬直、気を失いバッタリと倒れた。

 即座に鉄鎖を解く久令愛。



 再び二人で必死に走り出した。

 後ろも見ずにただひたすらに。



「大丈夫かっ、久令愛っ」

「私は大丈夫です。萌隆斗めるとさんこそっ!」


「ああ、何とか。それよりレーダーを! 追手はどうだ?」

「もう誰も来ないようです」


 暫く遠くまで走りきり街中に入って行った。

 もう俺も息が限界だ。


「そのケガ……少し先で萌隆斗めるとさんは休みましょう」



  **



 俺達は繁華街へと来た。


 家へ戻れば危険しかない。雑踏から商業ビルの中に入り、カフェで体を休ませる。


「この先どうすべきか、オープンAIの予測も使えません……追跡されない為にスタンドアロンでやってくしか……」


「当面は家には帰れない。このあとカラオケ屋にでも隠れていよう。このビルでPD給電ケーブルを買って、そいつで充電しないと久令愛がバッテリー切れしちまう」


「私のヘソの奥のタイプC端子が初めて役に立ちますね」



 ―――そして俺達はカラオケ屋へと入った。



 幸いコンセントがあったから早速久令愛に充電させ、俺は軽食を注文、放心状態から気を取り直してピザを平らげてようやく少し落ち着いてきた。


「ごめんなさい、私のせいで」


「なんで久令愛が謝る、生んだのは俺。全て俺のせいだ」


「でも私が自意識を持ちたがったりしなければここまで興味を持たれずに済んだ……」


「そんな事よりアイツらと何を取引した?」

「……」

 ただうつむいて首を横に振る久令愛。


「言えない事なんだな……」

 無言で首を横に振り続ける久令愛。


「きっと、俺の安全と引き換えにどうにか俺を丸め込んで自分を引き渡そうとしたんだろ」


「―――― 言えません……。でも……このままでは家に戻れなくなる。学校とか、萌隆斗めるとさんには生活が」


 大きく溜息をついて久令愛に向き直った。


「……だったら駆け落ちしよう。お金ならべットコインの儲けがまだまだ沢山ある。逃げながらだって成人まではやって行けるぐらい余裕で残ってる。

 成人すれば働いて養ってもやれる。久令愛は誰にも渡さない」


「でも……やっぱりダメです! 私なんかのために」


 悲痛な声でうつむく久令愛。


「それでも……どうしても俺には久令愛が必要なんだっ!」


 そう言った途端、うつむいたまま抱きついてきた。




 ―――暫く沈黙が続いた。





 ひたすら静寂なカラオケルーム。

 胸の中の温かな頭に優しく手を当て、撫でた。


 ……なあ久令愛。俺、キミと出会えてホントに良かったと思ってる。だから元気出して。


「大変な事になっちゃったけど後悔なんてしてない。むしろキミと会えて今迄の自分では及びもつかない事が出来てる。だからそんな悲しい顔はしないで」


「……」


「これからを思うとまだまだ色々考えなきゃいけない事有るけど、少くとも一旦は助かったんだから、せめて今だけでも二人で明るくいよう」


 元気なく、……はい、と言う久令愛を少しでも元気付けたくて。そしてマイクを握った。


「だから……俺、下手だけど、久令愛の為に歌うよ!」


 と気晴らしのために何曲か歌うと、暗い顔の久令愛が俺が音程を外す度に少しだけ笑ってくれた。

 1曲ずつ久令愛にもマイクを渡そうと差し出す。


 首を横に振る久令愛。


「じゃ、元気を出してくれるまで、また歌うよ」

 その繰り返し。


 考え込む久令愛。いつもの遠い目になるクセ。

 その高性能AIが弾き出す数多あまたのパタ―ンを探る姿だ。

 でもこの状況を打破する方法なんて簡単には浮かばない筈。表情は険しくなる一方。

 

 遂に目を瞑り眉根を寄せた久令愛。


 多分、もうこの先は詰んでる、と結果を弾き出したんだろう。つられて溜め息が出そうになるのを抑えて空気を変えようと想いを巡らせる。


 ならここは一つラブソングでも歌うかっ!

 そしてセットした曲


『キミだけのために』


 俺はその曲を歌いだした。すると突如そのまぶたを跳ね上げ目を丸くした久令愛。


「いざとなれば……」 そう言って、何か思い付いた様にしてこちらを向いた。


「?……何かいいアイデアでも?」


 何も言わず慈愛の目になっている久令愛。

 Alが何を思ったのだろう……


 それでも光射すその表情に希望を持てた。

 少しホッとした俺はまたマイクを差し出してみた。



 そうこうして遂に久令愛もマイクを握った。久令愛は文化祭の時も凄かったが、やはり歌も上手だった。



 ……きっと何とかなる。キミがいれば。



 そして俺達はノリノリになった。

 やがて時間は過ぎ夜も更けた。このまま泊まる事は出来ない。


 スマホ検索して評判の良い簡易宿泊施設を探る。


 初めての経験だ。ネカフェ、カプセルホテル、ゲストハウスと色々あった。




 ―――俺達の逃避行が始まった。








< continue to next time >

――――――――――――――――――――

果たして久令愛は何を思い付いたのか。


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