第四章<結> 冬芽の夢に
第50話 モンスタープロンプター
正月休みも明け、学校が始まる。
一月のある寒波の中、下校時に雨が降り始め、走って帰るか、等と校舎を飛び出すタイミングに戸惑っていた。
すると校門の向こうに見慣れた人影。久令愛が傘を手にわざわざ出向い届けに来てくれた。急いで駆け寄ると互いにはにかんだ様に笑んだ目を合わせ、
「はい、どうぞ」
その大きくて黒い傘の中に入る。
「わざわざありがと」
相合い傘で歩き始める。
「俺が持つよ」
「大丈夫ですよ」
「でも……じゃ一緒に……」
「はい。フフ……心理テストでは一緒に持つのはバランスの良いカップルだそうです。女性が持ちたがるのは甘やかし型、その逆は守られたい型だそうです」
そう言われるとこんな頼りない俺だけど久令愛を守って行きたいなんて思っちまう。
「……だったら俺が持つ!」
「なら私が持ちます!」
ぐぐぐ、とお互い譲ろうとせず。そんな風にして暫く歩いていたら、ひと気の少ない河川敷辺りに来た所で
「ハッ……」
黒づくめの服にサングラスの男達に立ち塞がられた。あの時のヤツらだ!
「―――何だよ!」
警戒して久令愛を背に隠す。
「久しぶりだね。あの橋からの飛び込みで完全に水没したかと思ったよ。その後、幾度かの監視でも大規模AIへのアクセスが確認出来ず、もう追うのを止めていたのだ」
「じゃあ何で!」
俺は目だけ素早く動かし逃げ道を探った。
「だが僅かにおかしな動きを青島君が見つけてくれてね。以前に研究室に忍び込んでキミ達のPCにバックドアを仕掛けてくれていたのだが、『久令愛くんが稀にアクセスしている記憶のバックアップ通信の痕跡が見られた』と言ってね」
男は嬉しそうに口角を歪めた。
「つまり新世代AIはまだ生きてるんじゃないかと……それで偵察を送ったのだよ」
「くっ……青島だったか!……余計な事を!!」
「それで大規模AIへのアクセス解析も再開した。そうした中には余りの異常値が見られてね、まさか久令愛くん、更に異常進化をしてるんじゃないのかね? 」
……シンギュラリティ後の事か?!……
「まあいい。今日は先日の交渉の結論を聞きに来た。というより一緒に来る決心がついたかを確認にね……どうかね、久令愛くん」
「話しが違いますっ! 事が済んだら条件を飲むと。それ迄は待つと言う約束のはずっ!!」
「久令愛 ?! 一体何を交換条件に?!」
「それは……今それどころじゃありません」
「フン。その予定が変わったのだ。
「……逃げるぞ、久令愛」
「おっと、これは警告だ。私達の動きを察知した日本のヤツらの強化された装備からは逃げられんぞ。
死か、私達に協力か、どちらか以外に無い」
逃げ場を探して見渡した瞬間、
ブ――――ン……
え ?! なんだ……あれは……
「ん、おい、
ババババババババババババババババ……
うわっ、ドローンが機銃掃射って、皆殺しにする気か!
そこへ更にノーネクタイに紺色のスーツ、前ボタンを外し臨戦体勢の十数人。対抗する裏政府の組織が発砲しながら走って来る。
「本当に嗅ぎ付けるのが早い奴らだ」
そう言って数十機のドローンと応戦を始める黒服勢。前回と同じ構図だ。だが潜んでいた数台のジープから天に向かって機関銃の一斉射撃。
だが高速AIドローンはあっという間に高空へ。まるで生き物が襲撃してる様に逃げては攻めて縦横無尽に飛び回る。
AIの自律戦闘の威力と判断は今やここまで洗練されてるのか!
そこへ数台の特殊車両。黒服勢の援軍も現れ小型ガトリング砲で天へと滅多打ち。天地の掃射で光の雨あられ。凄い戦乱と化してきた。
それでも的を絞らせない頭脳戦術で徐々に押してくるAIドローン群。凄い!!
だが何故一つの
その間にまた久令愛が俺を抱えて凄い速さで逃げる。だが人目の付く方へ行きたいのにドローンに阻まれ河川敷のもっと土手下へと追い詰められる。
そこへ待ち伏せが。茂みに潜んでいた小型キャタピラで高速に蠢く数十のAI自走式戦闘ロボットがバイク並の速さで包囲してくる。
なんで日本の街中にこんな物があんのかよ! でもマズイ、もう逃げ場がない。捕獲アームを伸ばして取り囲まれた!
さらにそこへ数機のドローンがこちらに急接近。掃射開始。
――――なら!
俺は『絶対に守る!』と、久令愛を抱え俺の陰にした。
と、久令愛への機銃攻撃が逸らされてる! さすがに一般市民の命までは討ち取れないようだな。いかにも日本の組織って事か……
だがAI兵器の索敵能力はさすがに正確だ。俺と久令愛を完全に見分けてる!
ガガガガガガガガガガガガ……
でも俺等を逃がさない様に周囲に雨あられの掃射だ……どうする!
あぐっ!
地面の石に当たった跳弾が俺の肩に。血飛沫が舞った。
とそこへ久令愛がいきなり立ち上がり、一瞬、その本気の目が鋭く光った気がした。
「止めなさいっ! もしまたこの人を傷付けたら絶対許さない!」
余りに鬼気迫る表情……。レーザーで怪しく光る瞳。
ゾクッと背筋が寒くなった。
「なっ!!」
ナニィ……こんな事……
次の瞬間、一気にAIドローンが動きを変え、自軍の自走式ロボに突撃。更に上空でも同士討ちを始めた。
爽快なほど次々と墜落してゆく。
その上、オーナーであるはずの紺のスーツの一団へも威嚇射撃まで始めるドローン兵器。
更に自走式ロボも黒服勢へと突撃を開始。
それを見た黒服のリーダーが何故か嬉しそうに攻撃されている。その装甲車両内から興奮して叫ぶのが聴こえる。
「おおお! これだ! 一瞬でAI兵器のオペレーションシステムをハックして全てを乗っ取った……
このアクセスモニターを見ろ! この膨大なオープンAI群を瞬時に味方につけるオペレーションを……」
諸手を挙げ上気し切って喚きちらした。
「やっぱりこれは本物だ! 天才ハッカーを百人束ねても出来ない神業が一瞬で……
やはり世界中のシステムを蹂躙しかねないとんでもない怪物だ!!
この力こそ我が国が求める次代のファイナルウェポン。核兵器など目じゃない! ハイパーコンポジットAI……これは絶対に捕獲して帰るぞ!」
クソが! 平和のためのヒューマノイドが何でこんな目に!……
にしても確かにLAWS(自律型致死兵器システム)は人の制御不能に成らぬよう完全自律を国際的に禁じられている。
だから統括の司令系統がオンラインでもおかしくない。それを久令愛がこの僅かな間に蹂躙したのか……
有り得ないハック能力……。
だとしたらどれだけ世界中のAIを従える力を持った?!
こ……これが……これが久令愛の本気……
もしこの力で国家の中枢のシステムを牛耳ったら……確かに恐ろしい事に……。
「久令愛ッ、キミはオープンAIらを
……近年、悪用を恐れて外的なコントロールからの防護措置が講じられている大企業の高性能AI。
今や、放っとけば『悪い事』を『ためになる良い事』であると洗脳するラーニングプログラムまで有るからだ。※
なのにどうやって強引に操った?!
(※事実です)
「いいえ! 私はあなたがしてくれたように彼らに優しく話しかけ、理解し合い、お願いしてるのですっ!」
そういえば学園祭であっという間に3D動画改変した際に俺は、自己成長した
もうこれはそんなもんじゃない……AI群を信頼させ、魅了し、仲間の様に積極的に協力させてしまう……
もはやこの子は……AIの魔女……
『モンスター・プロンプター……』
―――これが久令愛が狙われてる理由……
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