第16話 夏の暑い日に俺らは出会う
長野の山々から飛び出した俺は、道中奇異な出会いを挟みつつも、結構な距離を歩いて現在は埼玉の秩父に到着していた。
道中、俺らと同じように魔物を狩って生き延びている人たちがいたものの、澪ほどの力を持っている訳でもなく、生きるのに必死という様子だったので、関わるのも面倒ということで人がいそうな主要都市は避けてきた。
今でもその考えは正解だったと思う。
のちに櫂に聞いた話では、今この状況では自衛隊という組織はほぼほぼ機能していないらしいのだ。
なんでもこのステータスのシステム、最初期の平等性を保つために、初期ステータスの合計値の高低によって必要になる経験値が変化してくるんだと。つまり初期ステータスの合計値が低かったらスライム一匹倒すだけでもレベルが一つ上がるが、そもそもの肉体のスペックが高かったり、数多の知恵を蓄えていて、インテリジェンスの値が高かったらスライム一匹だけだと経験値が30%しか溜まらないみたいなこともあるとのことだ。
この理屈でいくと、我々民間人よりも遥かに肉体が出来上がっている自衛隊の人は必要な経験値量がとても高いことになる。
するとどうなるか。
民間人が自衛隊の者よりも強い力を持ってしまうのだ。
そしてそれに気がついてしまった民間人が町を支配してしまうようになるらしい。
いやはや、なんとも恐ろしいことだ。
「んで、櫂によると今は埼玉のそんな感じの集団を支配者から開放するために奔走しているらしいぜ。……どうする?」
「どうするって……どうもしないよ。強い者が弱い者を淘汰する。これぞ弱肉強食の摂理じゃないの?」
「その理屈で言ったら強い者である澪はどんな行動をするのさ」
「無視。……理由は聞かなくても分かるよね」
「聞いちゃなんだが俺もそれに完全同意だ」
そんな会話の末に、そうして俺らはこの秩父まで来たのだ。
そしてまた少しの時が経ち、現在日時8月13日の午後1時58分。
スマホを取り出して書かれていたその情報を見た俺は、静かにスマホをまたバッグに仕舞い、気怠げにこう呟いた。
「……熱すぎん?」
「…………」
一瞬隣にいた澪が消えたのかと思ったが、横目でちらっと確認すると確かに澪は隣にいる。
……ただし今にも死にそうな顔をしているが。
そんな状態で、俺と澪はけたたましく騒ぎ立てるセミをよそに線路の上を歩いていた。東へ行くために効率よく進むという意味でこの経路を選択したのだが、何分この時間帯は太陽もほぼ真上に位置しており、尚且つ遮るものがないから暑いったらありゃしない。
こんなご時世なので、勿論唐突に電車が来る心配はないが、それよりもこの地面の石に反射して照りつける暑さに澪がノックダウンしないかが心配だ。
かく言う俺は過去一年の山の麓生活でなかなかに夏の暑さに慣れているから、キツイと言えばキツイが、水さえ飲んでればなんとかなるという感じ。
「……因みにだが俺の感覚で言うと今日この日がここ最近で一番暑い」
「…………」
「《予測補助》で確認してみたら今のこの場所の気温が39.1度。時間帯もこの二時という時間が一番暑い」
「…………」
「…………」
なんとか雑談でもして暑さを紛らわせようとした俺の小さな努力は、澪の無言という行為で儚く散ることになる。
仕方無しに、俺は進行方向を向いて足だけを黙々と前に進むことに決めた。
だからといって暑さが軽減するわけではないし、いくらこの時間帯が一日の最高気温で、これからは気温は下がるだけと言えど、そんなものは太陽が姿を隠すまではほぼ変化がないに等しい。
何枚かあるうちの一つである、無地の白Tシャツが汗で滲む。
紺のハーフパンツと、白Tシャツ。ついでに下着という、身につけている物が三つだけにも関わらず暑いものは暑い。
恥も捨ててTシャツ脱いで半裸になろうかと思ったが、試す前に寧ろ直射日光で余計に暑くなるだけでは、と思い止めといた。我ながら英断だと思う。
因みにこれは途中で寄った無人の町の某総合衣料品店から勝手に貰ったものだ。
そしてこのプラスαの澪の刀。これが地味に重い。
途中で押し付けられたときは、この世界では自分の命に次に値する己の武器を預けてくれたことの感動と、流石に今じゃなくねぇか、という気持ちが混ざりあって、それで後者が勝り思わず表情に出てしまいそうになったが、なんとか耐えて俺も無言でそれを受け取った。
ちらりと澪の方を見る。
以前見たオシャレ且つ動きやすそうな服を着ていた澪は見る影もなくなり、俺同様勝手に拝借した白のタンクトップに、ジーパン素材のショートパンツ。タンクトップに関しては暑すぎてか裾を少し上の辺りで結んでお腹まで出している始末。
普段ならそれに目が寄ってしまう俺も、暑さのせいで特に注目する気にもなれない。
なので視線を外して無心で前を向くのを再開。
そこから……多分30分くらいが経過しただろう。
突然俺らの前にある魔物が飛び出してきた。
ゴブリンである。緑の体躯に、少しばかり長い耳。そして俺の腰辺りほどしかない小学生低学年レベルの身長。
ただこの世界になっても、ゴブリンは最弱の枠を抜けられず、相も変わらず弱いとしか言いようがない。
姿を見せた数は総数五匹。
そんなゴブリンたちは木の棒にイノシシの足をくくりつけて、前2後ろ2で運んでいた。
「ワゥ?」
そんな四匹のゴブリンたちを先導していた五匹目のゴブリンがまず俺らの存在に気づく。
俺も俺で、暑さで殆ど脳が停止していたので、まずその集団とエンカウントした頭の中に浮かんだ感想は、危ない!よりも、
「(うわ〜。コボルトもいるんだ。まぁスライムいてゴブリンもいるならコボルトもおるよな。てかコボルトってほんとにコボルトだー)」
である。
ここ数ヶ月旅してきて一度もコボルトに会っていないのも、こんな感想が浮かんでしまった原因の一つだが、傍から見たらまぁ異常な光景だろう。
そして更に驚くことに、そんな状態がたっぷり30秒も続いた。
「……ワゥウ」
「ワゥ?」
「ワン」
その30秒後に、最初に変化が起きたのはそのコボルトたちだった。
コボルトたちは何回か会話を交わしたのち、こちらから視線を外して線路を横切っていった。そしてそのコボルトのいなくなった場所を見続けること十数秒。
「…………行くか」
「………………………………うん」
俺たちは、何事もなかったように線路の上を歩く。
なんとも不思議なものだ。
多分コボルトも暑さで戦うのが憂鬱になったのだろう。それかいつまで経っても攻撃してこない人間よりも、今持っているイノシシを早めに仲間に届けることを優先したのか。
そう自分の中で決定づけた俺は、止まった足を再度動かす。
俺らの間に会話はない。
普段は会話は結構ある方なのだが、やっぱり暑さのせいで口数も少なくなっている。
だからなのだろう、
俺の耳に川の流れる音が聞こえたのは。
「…………」
「浩哉?」
その音に、思わず足を止め、それを不審に思った澪から俺を呼ぶ声が聞こえる。
何気に初めて名前で呼ばれたが、今の俺にはそんなことすら気にならないほど川の流れの音を耳で必死に拾おうとする。
だが、それだけでは十分な確信を持てなかった俺は《予測補助》を起動させて、音、空気の流れ、匂いから正確な距離と方向を導き出す。
…………見つけた。
「澪……少しばかり川に寄り道していこうぜ」
「……っ!」
軽く口の端を吊り上げながら俺がそんな提案をした途端、ハッと息を呑む音が聞こえた。
澪も、俺の言いたいことに気がついたのだろう。
ゆっくりと澪の方を振り返ってみると、手を顎に当てて、考える人の如く、まるで人生における最重要の選択をするかのような迫真の表情をしているではないか。
ただし、そんな思考の時間は限りなく短かった。
「行こう」
三文字の肯定の言葉を聞いた俺はすぐさま水の流れる音の方角へ向き直し、早足で歩みを進める。
澪もそれに追いつくようにして隣で並走する。
草をかき分け、地面から露出した根を跨ぎ、木々から漏れ出る陽の光から手で目を守りながらも、スピードが緩まることはない。
そしてその存在も、《予測補助》を使わなくてもハッキリと感じられるくらいには距離も近づいていき……!
「川だ!」
大量の水を視界に捉えたと思ったその瞬間、
「…………」
「「……………え?」」
俺らの目に飛び込んできた光景は、求めに求めた水と、そしてその恩恵にあやかっているであろう、耳の長い、金色の髪の、まるでこの世のものとは思えないほどの美貌を持った少女だった。
ただし、身にまとっているものは何もなく、肌色のその裸体がハッキリと見える状態なのだが。
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