第38話 妖精
妖精、とは。
クアドラが言うには世界樹によって世界に放出された魔力が自然のエネルギーと結びついた際に偶に具現化される自然そのもののような存在らしい。
大抵はそれぞれの妖精に自然エネルギーに応じた属性があり、目の前にいるエレノアは『木』属性らしい。他にも
「いやその中だと六しかないわよ」
「ってことは……水と地と、火木土……金?」
「違うわよ。天よ、天」
「天……天?」
全くもって想像できないその属性に対してどんなものかと考えながら、いつの間にか机の上に置いてあったコーヒーを飲む。
「ん!?なんっだこれ……うますぎだろ……!」
「フフッ、喜んでもらえたようでなによりだ」
「ねぇクアドラ、アタシのコーヒーは?」
「もちろん持ってきたさ、はいこれ」
そう言って、手に持っていたものを机の上に置いた。
「おぉ、エレノア専用のカップだ。もしかしなくともハンドメイド?」
「まぁ、見ても分かる通り結構大変だったよ。でもこんなものを作っただけで喜んで貰えるならいくらでも作れるよ」
「はぁ……もう言動が一個一個イケメンすぎんだろ」
「ヒロヤも見習いなさい。三千年も生きてきて、こんな綺麗な心を持てるエルフなんてそうそういないんだから」
「三千年!?」
千年以上とは言っていたものの、まさかそこまでとは思ってもおらず思わず大きな声を出して持っていたコーヒーを溢しそうになってしまった。
三千年って……こっちの世界の神の子まだ生まれてないじゃん。紀元前だぞ。
「へぇ、そっちの世界には神の子なんて存在もいるのね。神が子供を生むのねぇ」
「だからナチュラルに心を読むのを……まぁ良いか。別に隠すような秘密もあるわけじゃあるまいし」
実際そうなのだが、心を読まれていると思うと自分の黒れっ……いやなんでもない。なんでもないよ?
「そう?」
このままだと普通に恥ずかしいことを心の中で呟きそうなので別のことを考えさせてもらいます。
「あら、残念。アタシからしたらアナタの心の中は結構新鮮で読んでて楽しいんだけどねぇ」
「はいはい、じゃあそんなイタズラ好きな妖精さんに面白いものを見せるから。心を読めるなら……俺のステータスを覗き見ることも可能なんじゃないの?」
「むっ、たしかに……それも興味があるわね……」
「と、いうことで……ほいっと」
いつものように軽いノリでステータスを映し出す。
―――――――――――――――
職業 《
HP:55 MP:370/370
STR:126(+50)
VIT :107(+550)
DEX:248(+50)
AGI :692(+50)
INT :39(+50)
ステータスポイント:0
《パッシブスキル》
・
・
・
《アクティブスキル》
・予測補助 Lv.3
・
《称号》
・絶級ダンジョンの完全攻略者
・『鋼鉄の英雄』と絆を結びし者
―――――――――――――――
「おー、これが……ってかそう言えばさークアドラ、ステータスって他の人に見せることは出来ないの?」
「無理だね。ステータスは神が創造した超常的な仕組み。そもそも僕らにはこの力を使って自分の力を見ることしか出来ない。神が作ったものを理解することなんて出来ない」
クアドラの言い方に少し引っかかりを感じたが、特に重要なことでもないと判断し、現在進行系で俺のステータスを俺の心を経由して見ているであろうエレノアが目を向ける。……だが。
「待って!……もう少しだけ、ステータスの方を見続けてくれない……?」
「……?分かった」
そう言われてしまったので、俺は再度ステータスを視野に入れる。
その際、やっぱり注目してしまうのが、見慣れないこの『
「いや……違うの……」
「……違う?」
ポツリと聞こえてきたか細い声に、思わず声を低くして聞き返す。
「あ、アタシは……こんなスキル見たことがない……」
「見たことがない……ねぇ。……クアドラ!一個聞くぞ。
「
「クアドラでも知らないの……?」
クアドラのそのセリフに反応したエレノアは、むむむと唸りながら先程よりもより一層眉を潜めて表情を険しくさせる。
なんだかそのエレノアの異様とも言えるほどの剣幕に疑問を持った俺は、まだ読みかけなのか、その本を途中から読もうとしていたクアドラに向けてこっそりと耳打ちする。
「なぁ、なんであんなことになってんだ?特に変なことでもないだろ」
「……そうだね、確かに、普通の……それこそ彼女の正体を司ってるものを知らないとそういう感想が思い浮かぶだろうね」
「……と、いうと」
「彼女……エレノアという妖精は『真理』を司ってるんだ」
「真理?」
「ああ、簡単に言うと彼女は全ての物事の結果を知っている。それが例え未来の出来事であれ過去であれ。しかも彼女は『知恵』の妖精から生まれた存在。故にこの世の全ての事柄を知っていると言っても過言ではない。彼女に知らないことはないはずなんだ」
「はぁ……なんだそりゃ、結果を司るとか……それじゃあつまり俺がジャンプし、その秒数という結果を知りたい。でもそれがエレノアには俺がジャンプする前にその秒数を知っている……という認識で構わないか?」
「そういうこと。しかもそれが一切の予測するための材料もなしに完全に当てられるんだ。彼女が心を読めるのもそういう仕組みがあってのこと」
「思考、そしてその言語化された考えが結果として認識される……というわけね。こりゃ、シュレディンガーもびっくりの存在だな……」
流石のこれには数多のびっくり現象を目に収めてきた俺も感嘆の声を漏らさずを得ない。
これ以上俺からの問いかけがないと判断したクアドラは、再度本を読もうとまた本を開き……その数秒後、何かを思い出したかのようにハッとした表情を見せる。
「そういえば……トイレはそこのドア。お風呂は向こうの扉の先、眠たくなったら布団を敷くから言ってね。宿の当てもなかったんでしょ?」
「いやっ……!それはマジでそれはありがたい。感謝してる」
「ハハハ!なんだか内容が籠もって無くない?」
「と、言うと思ってそんなお前に俺に一つだけなんでもいうこと聞かせられる権利をやろう。中々ねぇぞ?こんな権利」
てか俺が頼み込む前に察して俺をこの家に招いたのも俺の事情を知ってこそか?……いや―――
「エレノアもありがとな」
「えっ?ど、どういたしまし……て?」
「エレノアにもやろうか?俺に言う事聞かせられる権利」
「お、良いじゃない!ふふっ、これでどんなことやらせようかしら」
どうやらエレノアは俺と同じく切り替えがすこぶる早い人種なようで、彼女の注目は俺のスキルではなくその権利にとっくに興味が移っていた。
「むふふ、アレをさせても良いし……コレも……」
「おい、少しは容赦してくれよ?」
「それは承知しかねるわねぇ。アナタが言ったのよ、なんでも言う事聞かせられるって」
「せめて俺の尊厳と命だけは守られるくらいの命令で頼むわ」
「考えておくわ〜」
こちらに背を向け軽い調子でそう言うと、エレノアはクアドラのもとへ行きその小さな肩にちょこんと膝を抱えて座り込む。
「……真理を司る妖精が読書、ね」
やはり、実際に読むのと結果を直接知るのでは大きく変わってくるのか。まぁそれもそうか。特に物語本なんて結果よりもその結果に辿り着く前の道筋が大半を占めているようなものだし。
さて、と。やることもないしそろそろ風呂にでも入るか―――
「あ、脱いだ物は床に置いてある籠に置いてちょうだい!」
「着替えとタオルは後で持っていくから気にしないでくれ」
……改めて心が読めるってすげーや。俺まだ立ち上がってしかないぞ。
「はあーいい湯だった。でもまさかの露天風呂かよしかよ。しかも広いし。……お、鏡。そう言えば
何も思うこともなく、ただ純粋に自分の瞳の色を確認しようとしていた俺の心に驚愕の光を穿ったのは、信じられないくらいに深緑色に染まった俺の二つの瞳だった。
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