第37話 人脈は何よりも大事だとその日悟った
俺は今、ひっじょーに困り果てている。
何に困ってるって?そんな君に分かり易い例えをしてみよう。
まず、あなたは金も人脈も持たず、異国の地に放り出されたとします。
その夜をあなたはどうやって乗り越えますか?
「いーや……どうしよ」
途方に暮れるとはまさにこのことである。
俺自身、基本的には特に図々しい性格でもなく、申し訳なさげな表情をして相手の良心に漬け込み誰かの家にお邪魔する……なんてことは俺にはできない。澪に無理矢理付いてったのは……それこそ単独行動の命の危険さがあったが故のイレギュラーだったので、図々しくもカルガモの赤ちゃんの如く後をついて行った。
「(別に一晩くらい酒飲みに混じって寝ても良いが……それだと明日のコンディションに影響が出そう)」
かと言って、王宮の中は澪とばったり出くわす可能性もあるのでお邪魔もできない。
ここのお祭りもピークに達し、屋台だけでなく様々な出し物がそこら中で行われていた。
しかして、そんな中で、
「あのー、一晩でいいので一泊させてもらえませんかね」
とか赤の他人が言うのは流石に図々しいこと極まりない。
恐らくそこで、『救国の騎士』の名を出して、その相手の善意に漬け込むこともできなくはないだろうが、俺の良心と、あと後々なんか色々ボロが出て澪の名声に傷をつけるのも嫌なので勿論やろうとも思わない。
「んー……特に失うものもないし適当な路地裏でも……いや、流石にダメだな。起きたらなんか変なとこに移送されてそ」
起きたらここ以外のどこかに居たとか、それこそ洒落にならん。
両腕を組みながら、なにかいい案はないものかと頭を捻らせていると、唐突にどこからか自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
気の所為……ではない。気の所為ではないのなら、この場で俺の名前を知っている人物となると限りなく絞られてくる。
だったら……
「クアドラか?」
俺の知るエルフのうちの三人目に出会った人物に見当をつけ、辺りをぐるりと見渡してみると、人混みの中から手のひらだけがひょいと出て、左右にそれが振られるのが見えた。
釣られるようにして人混みをかき分けながらその目印に向かって近づくと、案の定そこには一際小柄なクアドラが埋もれているのが見えた。
「ちょっ……!い、一度手を取って貰えるかい……!?」
俺が近づいてきたのが確認できると、そんなことを言い始める。
取り敢えず引っ張り出してほしいのかと思い、差し出された手の首を掴む。
すると、いきなりどこからか鈴の音が波紋するのが感じられた。
そしてその刹那、景色が瞬時に変化する。
「……はあ」
その超常的な現象に、特に驚くでもな、俺の反応は一つ息が漏れただけだった。
いったい、この世界に来てから色々なことを経験しすぎたせいでこんなことでは動じない身体になってしまったらしい。
恐らく今後何度も経験するであろうことではあるので、こういった突発的なことに対しては慣れておいた方が良いのかも知れないが。
「ふぅ……いやはや、酷い目にあったよ。他の町でもああいった祭り事には何回も経験してきたがまさかこの場で経験するとは思いもよらなかった」
クアドラはそう言いながら、身につけていたコートのような身にまとっている上着を脱ぎ、タンスを開けてハンガーに掛ける。
「ここは……お前の家か?」
「そうだね。この村の少し外れにある川の近くにある平屋さ。久しぶりにこの村に帰ってきたけど、取り壊されてないようでなによりだ。おっと、そこの椅子に腰かけてくれたまえ。今からコーヒーを持ってくるけど何かオーダーはあるかい?」
「いや、ない」
「そうか。では僕のオススメブレンドをもてなそう。あぁ、あと特に見られて困るものもないからそこらの本を適当に呼んで時間を潰してくれたまえ。……久しぶりに友を招いたから柄にもなく張り切ってしまうね。キミもそう思うだろう?」
ボソリと小さな声で呟いたのち、本当に嬉しそうに笑顔になりながらキッチンに立って作業をし始める。
この村にたどり着く数日間も、彼はこうして独り言を呟いている時がたまにあるが、俺には見えない何かと会話しているのだろうか?……いや、普通にありえる。というかそうじゃないとクアドラは長い時を生き過ぎて寂しさのあまり心の中にイマジナリーなフレンドを作ってそいつを会話している悲しいやつになってしまう。
「ん?どうかしたのかい?」
あまりにジッとクアドラの方を見すぎたせいか、こちらに声をかけてきた。
「少し質問したいことができたな」
「お、なんでも聞いてくれたまえ!千年以上生きる僕にとって知らないことなんて殆どないに等しいからね」
自慢気に胸を張って、声高らかに自分の知識を自慢する。彼に会ったばかりのときも、色々なことを尋ねていった。……が、今用事があるのは彼の知識ではなく彼自身のことについてだ。
右手を前に出し、彼の全身を囲うようにして指で円を描く。
「恐らく……その辺にいるであろうナニカ。普通に気になったから教えてくれない?」
「ん……んー……そうだね。……まぁどうせこの家まで招いたんだ。彼ら彼女らについても教えても構わないか。……キミも、そう思わないかい?」
少しばかり悩んだのち、一度俺から視線を外し何も存在しない虚空を見て俺の知らない“ナニカ”に同意を求めている。俺からしたら、彼が空中に向かって頷いたり、そして笑ったりして……オブラートなベールを剥がして発言するとしたらただの気味が悪いやつにしか見えん。
見えないものしか心の底から信じられない俺のこの誤解を晴らしてくれ……!
「え、えぇっ!?ひ、ヒロヤ。僕のことそんな目で見ていたのかい?」
「ん、んん??どんな目でって……はっ?」
「と、とりあえず……ヒロヤ、一度目を瞑ってくれないか?」
「お、おう……」
言われるがままに瞼を閉じる。
何をされるのかと肩肘張って構えていると、瞼の上から手のひらで圧迫されるのを感じた。思わずビクッと身体が震える。
「フッ、何も緊張することはない。力を抜いて……ほら、僕に身を任せて」
な、なんかその言い方、エロいです……。あ、なんか吐息も聞こえる。ちょっ、耳元でなんか聞こえる。
なんてことを思いながら
「(おぉう……なんか目がじんわりを温もりで満たされていく……)」
言い方はあれだが小豆のアレをレンジで温めて目の上に載せた時のあの温もり。そうだそれだ。ホントにその感覚。しかも身体全体とかじゃなくホント目だけピンポイントにあったまるから……いや、ホントそれにしか感じられんくなってきた。
小豆の温もり……。
「終わったよヒロヤ……ヒロヤ?」
「……んあっ!お、おー」
「もしかしなくとも寝てたな?」
「わりぃ、小豆の温もり感じてたわ」
「……?」
おっと、これは確かに日本人しか通じないわな。純粋に首をひねらせてしまった。
「んでよ」
しかし、今はそれに言及する場面ではない。
「そいつが……お前が話していたやつの正体?」
「ちょっと!そいつって言い方はなによ!もっとこの崇高なるアタシを崇めなさい!」
「……むっちゃ口悪いやんけ」
目の前で盛大に胸を反らしながら人差し指をビシッ!という擬音が聞こえてきそうなくらいにこちらに向けている……妖精?
「そこにハテナ付けてるんじゃないわよ!見て分からないの?どこからどう見ても妖精じゃない。ほら、正体も分かったことだしさっさと崇めなさい」
「それしか言わんやんけ」
うーん。こういうタイプの妖精かぁ。
「そういうタイプってどんなタイプよ」
「心読むの止めてもろて」
「そこは仕方ないさ僕の顔に免じて許してやってくれないか?」
そう言ってニコッと笑うと、あまつさえウインクまで飛んでくる始末。別にそれでドキンと来ることもないが、普通にウインクは向けられると小っ恥ずかしい。
その後、彼は沸いたお湯でコーヒーを入れるためかまたキッチンに戻ってしまった。
そうなると、必然的に残ったのは俺とこの妖精の二人きり。
「……んで、よ」
「な、なによ……」
この妖精だ。
サイズは……ホント手のひらサイズ。500mlのペットボトルの高さ。
口は悪いが見目だけはホント美しいなこの妖精。
「……っ、ふふん」
目も大きいけどそれは決して顔のバランスを崩さない程度で……いや顔の配置綺麗すぎか?それに衣装も本人の美しさを際立たせて、それでいて緑色の新緑のような色の髪色とマッチしている白のところどころに金色の刺繍が目立つドレス。
「ちょ、ちょっとぉ〜」
んで絹のような透き通るような白い肌。やや吊り目だがそれもコンプレックスでもなんでもなく彼女の一つの個性としてそのビジュアルの支えになってるな。……見れば見るほど美しい、というか可愛い感じだな。
「え、えへへっ」
「ん?どうした……って……あっ、そういや心読めるのか……完っ全に忘れてた……」
「んー?アタシからしたら忘れてもらった方が良いんだけどねっ」
「…………あれ?とても上機嫌じゃないか。エレノア、何か良いことでもあったのかい?」
「……エレノア?」
聞き慣れない単語にもう一度言葉を反芻してしまうが、言った後でそれが彼女の名だということに気がつく。
「そういえば自己紹介してなかったわね。アタシの名前はエレノア。よろしくね」
そう言って、やや吊り目の彼女は頬を釣り上げ歯を見せながらニカッと笑った。
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