第36話 救国の騎士

ほんのちょっと前に、なーんか気になるワードが聞こえたことだろう。


「おや、その御方は、もしかして……」

「ふむ、鋭いのお主。そう、コイツがあの『救国の騎士』がずっと言っていた人間の男じゃ」

「やっぱり!只者じゃないと思ったんですよ」


王宮の門の前に佇んでいた青年からも。


「サルクス様!お仕事を公務を抜け出してどこに……っとその方は?」

「『救国の騎士』が良く言うてた例の男じゃ」

「ほう……この方があの『救国の騎士』様がおっしゃっていた……」


国の凄そうな地位のインテリ眼鏡の初老の人も。


「じいちゃーん!!ってあれ?そいつ誰?」

「聞いて驚くな……コイツがあの『救国の騎士』が良く言っていた例の男じゃ!」

「えっ!?コイツがっ?」


なんか生意気そうなケツに毛も生えていないガキンチョも、だ。


みんなみんな知っている、『救国の騎士』サマ。

い、いったいだれなんだー(棒読み)。


因みにさっきのガキンチョに関しては初対面の弱々しそうなヤツに対しては年上だろうが関係なしに生意気盛るので少しだけ理解わからせてやった。


「お、お主もえげつないことするのぉ……」

「経験上あそこで理解らせないとこの先ずっと舐められる目に遭うからな。本人にその気は無くても一度舐めたらその態度はずっと続いていくもんなんすよ」

「その言い方をするに……経験済みか?」

「経験済みです」


特にあの姪。小さいころから甘やかしたせいでどうにも俺に対しての尊敬が足りていない。今は幾分良くなったが、小学生の頃はまぁ酷かった。

そのことを今でも後悔はしている。

している……が、


「(反省してねぇんだよなぁ……)」


紆余曲折を経て、今のアイツは幸せを得ている。しかし、それで大人しくなると思えば俺への態度にあまり変化は起きていないのだ。

つまり、人間の性格は並大抵以上のことが起きても中々変わらないというわけだ。


「……ま、お主も色々あったということじゃな。儂と同じじゃ」

「恐らく数百倍はある年の差を同じにしないでください」


なんて会話を挟みつつも、広い王宮の中を暫く歩いた。

その道中も、同じようなことが多々あった。その度に、このさっきの宰相みたいな格好をした人が言っていたこの『サルクス様』は同じようなことを言う。



あの『救国の騎士』が言うてた男。



い、いったいどこのどいつなんだー。


「ほれ、ついたぞ。この扉の先にお主の求めてるものがある」


なんて思考も束の間、両側に比較的大きな扉が連続して続く廊下の途中で、サルクスはそう言うと一つの両開きの扉の前で立ち止まった。


「別に、求めてるってもんじゃないんですけど……ま、恐らくこの先にあなた達の言う『救国の騎士』サマがいるんですよね?」

「なんじゃ、もう見当がついとったんか。……とは言うものの、結構ヒントは散らばっておったな」

「こちらとしては前々からこの村に彼女が居るって情報はあるんですよ。そこでただ一人の人間種とか言われたらもうほぼ答え合わせみたいなもんじゃないすか」

「フォッフォッフォッ、それもそうじゃな。それじゃあ、ゆくぞ」


ニコニコと気の良さそうな表情を保ったまま、サルクスはそのドアの取っ手に手をかける……が、


「おっと、少し待ってください」


小声でそう言いながら、その手首を制するように優しく掴む。


「折角久しぶりの再開なんだからこうもあっさり出会ったら少し味気ないでしょうよ」

「……なるほどな」


さっきの気の良さそうな笑顔はどこへやら、俺の真意が分かるやいなや、一人のいたずらっ子の顔に様変わりだ。


「フッ、王様も、こういうのがお好きなようで」

「儂も王である前に一人の男じゃぞ?……して、何か策が?」

「勿論ですよ。こういうのはどうでしょう。―――」


ドアから一歩離れ、気配を押し殺しながらコショコショ話をする人間一人とエルフの老人が一人。一人二人が俺らの近くをすれ違ったが、サルクスがいることを確認すると、「またか……」みたいな呆れるような顔をして何事もなかったかのように通り過ぎていく。

それを横目に見ながら、コソコソと。


「―――という感じ、良さそうじゃないですか?」

「ふむ、それなら明日此度の戦いの授与式が控えておる。そこで―――」


なんだかこういった企み事をするのが久しぶりなので、柄にもなく興奮しながらあれこれ色々と画策していく。


意外と考えがまとまるのは早かった。


「――――――ってことでどうじゃ?」

「いいですねぇ。アイツの驚く顔が目に浮かびますよ」

「儂からしたらあの騎士の表情に変化が起きること自体が信じられんな。だが、それでこそやりがいがあるというもの!儂も遠くから見ておるぞ」

「フッ、任せてくださいよ」


そうして俺らは明日の準備をするためにその場を去った。

正直俺でさえも澪が驚きの表情を見せるなんて想像できないが、もしも見れたなら普通に嬉しい。


……だって、好きな人の表情は一種類よりも沢山あったほうが良いだろう?


「(……少しキザ過ぎたな、これは)」





















いったい、どうしてこんなことになったのだろう。

いや、この結果に不満があるわけではない。しかし、彼らには得たものはあるが、私は得たものよりも失ったものの方が大きい。


今は授与式の前日。もう少し未来の私は、事前の練習で行った通り王様の前に跪き、国から褒美をもらうのだろう。それが勲章のようなものなのかはまだ知らされてはいないが、いずれ地球に帰る私にとってはそれはいずれ要らなくなるもので間違いないだろう。

今の私には、この刀と……できれば彼も。


窓の外の光景を見るために、一度椅子から立ち上がり側へと歩みを進める。

外に見えるのは、私たちが得た、勝利の光景だった。

自らの手で勝ち取り、そして掴んだ。


「やはり、ヒロヤ様に会えないのは不安でございますか?ミオ様」


エルリアの一声で、一気に意識が現実へと引き戻される。

彼女には背中しか見えていない、それも少しだけ俯いていただけなのに、見事に心のうちを暴かれてしまったのは偏に彼女と過ごしてきた時間が長かっただろうか。

……それもそうだ。なにせ、





「浩哉は……いったいどこにいるのかな?エルリア」

「それは…………本当に申し訳ありません」

「謝らないで。私はキミ達が必死になって、それも大変な時にも関わらず私の都合を優先してくれたのも知ってる」

「でっ、でも!私があなた達を巻き込みさえしなかったらっ!」

「いいの」


私はこれ以上口を開いたら自分を責めることしかしないであろう親友に近づき、その唇に人差し指を当てる。


「んっ」

「エルリア、アナタは私に多くのものを与えてもらってると思ってる。実際そうだし。……でもねそれと同じくらい、私もキミ達からいろんなことを貰ったの。だから責める必要なんてない。浩哉のことだからきっとどこかのタイミングでいつの間にか近くに現れてるよ」


その流れで、私はなだめるようにエルリアを抱擁する。


「ミオ……」

「私は大丈夫だから……ほら、もう泣かないの」

「うぅ……ぐすっ」


私の体温を感じるやいなや、向こうからも私の腰に手を回し、抱きしめる。身長差があるせいで、エルリアの頭が私の胸辺りにあり、どうしても子供をあやしてる感が傍から見たら拭えないが……でも実際そうだからちょうどいいか。






















そうして……場面は数メートル近く、ドアの向こう側に移り変わる。


「(うわぁ〜、百合だ百合。百合が咲き誇ってらぁ)」


モチのロンで、そんな精神年齢14歳みたいなことを考えていたのは、一度方向転換して数歩歩いたは良いものの、ホントにこの先に澪がいるのかの不安が拭いきれなかったわけであって、気配ゼロにして存在だけ確認しようとドアを静かに開けて見ていた御年18歳の浩哉くんだ。


しかしその数秒後、止めていた息が限界になってきたので、そっとドアを閉め、そーっとその場を後にした。

そうして来た道をそのまま辿り、外に出る。

外は既に太陽が沈み暗くなっていた。ただし、町の中に光は満ち満ちていたので、特にそれほど夜という印象も不思議と受けなかった。


「……っと、ふぅー。これもレベルアップの影響かね、肺活量が尋常じゃないくらい伸びてら」


溜め込んでいた空気を一気に吐き出し、一人呟く。

まだまだ限界ではないので、恐らく既存の息止めの世界記録は安々と超えられそう。


……だが、今はそんなことよりも注視すべき点が他にある。


「一年は経過してる…………ねぇ」


それを聞いた時思わず吹き出してしまいそうになったが、あの感じから察するに冗談でもなさそうだ。


「何が起きたんだ?」


しかし、その問いかけに答える者は誰もいない。

疑問だけが、沈んだばかりの薄暗い空気の中に消えて溶けていった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る