第35話 古代聖エルフの村
エルフの村、と聞いて一体どんな想像がまず頭に浮かぶだろうか?
神聖な雰囲気?それとも木の温もりのような暖かな雰囲気?
俺の目の前にある光景も普段ならそう見えただろう。
「……これは」
この字面だけをもしくり抜くなら、例のエルリアが言っていた魔物に悲惨なまでに蹂躙され、見る形もなくエルフの人々も残虐なまでに殺されている、という想像がついてもおかしくない。
しかしそうならないのは、
「は、はは……」
その光景を見たクアドラが苦笑いを浮かべているからだ。
「…………なぁ、一つ聞いていいか?」
だが、この村出身の者であるクアドラが苦笑いの時点で目の前に広がる光景が決して良いものではないことも、真っ先に察せられるはずだ。
その光景を見て、たっぷり溜めて十秒。俺は一つの質問を隣のクアドラにぶつける。
「ここ……ホントにエルフの村で合ってる?お祭り中のドワーフの村とかじゃないよな?」
「さぁ……もしかしたら僕たちがエルフの村と思っていたものはもしかしたらドワーフの村で、そして僕は千年以上生きる古代聖エルフ種族『クアドラ=デラ=セントリア=ウェント=ディ=ゼクス』ではなく千年以上生きるドワーフ族の『クアドラ』かも知れないね」
「その異様なまでに長い名前……いや、今はそんなことどうでもいい。とにかくどうしてこうなったのかを誰かに聞こう」
「そ、そうだね」
現状を細かくではなく簡単に伝えるとするならば、目の前のそれは紛れもなくお祭りだ。露店が開かれ美男美女が皆笑いあいながら、皆が何かしらの食べ物飲み物を手に持ち、誰かしらと楽しく談笑とする。まさしく、『幸せ』の文字が浮かぶような光景がそこにはあった。
「いやっ、これも……良いんだけどさぁ」
近くのエルフに尋ねに行ったクアドラをよそに、雑巾を絞ったかのような声を漏らす。なんとも言いようのない気持ちが俺の胸の中を渦巻いているのだ。
「(ちょっと、想像してたのと違うじゃん?)」
俺はこの村にたどり着く前の数日間、澪やエルリアがいるであろう場所がどんなものか幾度となく想像してきた。
言うなれば、裏切られたようなものに近い。
「(悪くないっ。……悪くないんだけどぉ)」
「どうしたんだい?そんな苦虫を噛み潰したような顔をして」
「いや、ちょっと想像と違っ。……なんかすげぇ嬉しそうな顔してるな」
声のした方向に振り返ってみると、さっきとは一転、その表情はえらくニッコニコしていた。
「周りのやつらと同じような顔になってるぞ。理由が分かったなら俺にも説明してくれや」
そうして、クアドラは満面の笑みのまま、ついでに途中から気分が高まってきたせいか、身振り手振りも交えながら流暢に喋り始めた。
ただし、それはあまりにも長かったので、話し終わる頃には空が茜色に染まってきてしまっていた。
割愛すると、だ。
「数千年にもわたり古代聖エルフ種族を悩ませてきた元凶である魔物が討伐されたと……ね」
それも、ある一人の純粋な人間種の女が貢献したそうだ。
他種族を忌み嫌う古代聖エルフの一族が俺を見ても特に何も気にしていないのはその影響らしく、なんなら勝手にその女の仲間と思われものすんごく有効的な態度をとってくれる。
俺一人にも関わらず、だ。
クアドラ?あぁ、アイツなら「こうしちゃいられない!」とかなんとか言って俺に危害が加われることがないと確認してからどこかに行った。そりゃあもうアイツ病弱じゃなかったんだっけ?なんて思うくらいには素早い動作で。
「……とりあえず、話の内容も吟味し終わったことだし……ちょっと見て回るか」
お祭りはソロで何も買わずに雰囲気だけを楽しむタイプの俺は両手をポケットに突っ込みながらゆっくりと歩き出す。
場のボルテージが最高潮に達しているせいか、それともこのお祭りの雰囲気のどちらかのせいで半袖半ズボンにも関わらずじんわりと汗をかいてくる。
「(マジモンのお祭りじゃねぇか。……ってアレ……浴衣!?)」
特に何かを視界に入れようとせず、チラチラと辺りを見ていた所、余計に馴染みのあるものが追加されたせいで、田舎の祭り感が余計にプラスされてしまう。
もはや異世界とは言えない。ただの田舎のお祭りだコレ。
遠い目になりながらも、ちゃっかり楽しんでいる俺は、暫く歩いていると大きな噴水近くまでたどり着いた。
そこで休憩がてら、噴水を背に囲むように配置されていたベンチに腰を下ろす。
噴水の周りにも囲むようにして露店が開かれ、その近くを子供たちがはしゃぎながら走り回っているのがよく見える。そしてそのうちの一人がコケて、泣き出した子供のもとに親が近づき慰めるまでがよく見える。
……それを含めて、この場の全てが幸せに満ちていた。
「(なんか……旅行に行ってホテルの近くでたまたま行われていた大規模なお祭りに来たような気分。つかなんでこの世界に浴衣あるんだよ。恐らく澪が広めたもんだろうけど……まぁ眼福だから良いや)」
こんな景色は久方ぶりだ。
一年近く、それこそ両親が亡くなってしまってからはこういった人の集まるような場所に積極的に赴かなくなったことで、―――他人に触れることを拒絶した俺の意思によるものだが―――誰かの笑顔を見る機会が最近は全く無かった。それこそ澪もあまり笑わないので、本当の意味で笑顔を目にしたのはつい最近……エレノアと出会ってからだ。
「なんか……涙出そ」
笑顔のまま、ボソリと呟いたその小さな言葉は幸せの雑踏にかき消される。
感動故ではない。自分があまりにも極端な生き方をしたせいで、こんなにも美しいものを否定していた自分自身に対しての情けなさで、だ。
少し前の俺は……結構な臆病だったらしい。思えば俺が櫂のもとへ向かおうと行動を起こしたのも、魔物という脅威が身近に迫りつつあるからこそだったな。
過去の自分に嘲笑を送っていると、いきなり隣に気配を感じた。
「隣、良いかね?」
「……っ、とか言いつつもう座っちゃってるじゃないですか。それに、お爺さんに座るなと言うほどの畜生でもないですよ。……人間ですけど」
「フォッフォッフォ、儂がそんな種族如きで差別を行う器の小さい
「はい」
「フォッ!正直な子は儂は好きじゃよ」
そうしてその老人はまるで人が良さそうなニコニコした表情を浮かべながら、顎から伸びる白い髭を撫でた。
対して俺は……
「(はぁっ?……えっ、えぇ……)」
とんでもないくらいに困惑していた。ついでに恐怖さえも感じていた。
……この老人に対して、表面上は軽口を言い合ったりしていつもの自分の態度を、ペースを崩さないようにしているが、実は内心心臓バックバクである。
隣に座られるまで全く気配が読めなかったのがまずおかしい。こんな人混みの中で気配もクソもあるかと思うが、レベルが上がった俺は目は、《予測補助》を起動させた状態なら目を瞑ったまま戦うことだって全然できる。無論平常時も、全体的な精度は落ちるが、自分を中心にして物理的な距離が近いほど精度は上がり、ベンチの隣にいつどんな人間が座ったのかも分かる。
ただこのジイに関してはいつ座ったのかすらも感じ取れなかった。一つだけ分かっていることは、俺が気配を感じ取る前に、このジイは既に俺の隣に座っていたということ。
まだあるぞ。
「ところで……その俺にだけ発してる圧を止めることって出来ますかね。ほら、見てくださいよ」
そう言って俺はその老人の前に両手を見せ、一気に脱力させる。
すると、自分でも驚くくらいにブルブルと震えだした。
「力入れてないとこんなに震えるんですけど……あとなんか冷や汗凄いし」
「逆にそれだけで済むのが儂は凄いと思うがな」
老人はニヤリと意地の悪そうな表情をしてそう言うと、ようやっと圧を解いてくれた。
「スキル《帝王の示し》と、言ってな。言わば相手の精神力を測ることのできるスキル。フォッフォッフォッ、便利じゃぞ、これ。威厳を示すのにピッタリじゃわい」
先程からサンタさんのような笑い方をする名も分からないこの老人はその後もケラケラと笑いながら、足をダランとだらしなく伸ばした。
「ただ、なんでも使い方が大事とよく言うにな。このスキルはパッシブスキルによるものなんだが……なんと方向性をも指定できたりするんじゃよ」
「んで、それで俺を一点集中と」
「フッ、誇って良いぞ。儂のこのスキルに耐えたのはこの村で片手の指に収まるくらいしかおらんのだからな」
「そりゃ……光栄なことでござんして」
「それに…………お主、もう儂のこのスキルに慣れとるじゃろ」
慣れた……慣れたかぁ……。
「身体が震えなくなったのが慣れたってんなら慣れましたね。相変わらず、お爺さんの底が見えないのでそう言った意味では普通にビビってますよ」
「当たり前じゃ、初対面で儂の底を読み取られたらそれこそ儂はとうとう年かと思ってこの席を譲るぞ。幸い、息子娘たちは優秀に育ってくれとる。……長女のエルリアがいい例じゃ」
「ふ〜ん。……ところで一つお伺いしたいことが」
「なんじゃ、言うてみ」
色々と話している途中でこのお爺さんについての素性は把握できた。そうなると底が見えないという点も納得でき、逆に当たり前すぎて安心したほどだ。
「特にお爺さんの正体は察せたのでそれは良いとして。……お爺さん、俺の正体について分かってて俺に近づいてきたんですか?」
「まぁ……このエルフしかいないこの村であの『救国の騎士』が言う情報と似通った人間がやってきたのだから99%の確信はあったな」
「だからって本人が来ますか?その……あの辺にいる人に連れてきてもらえば良かったじゃないですか」
「ほう?アイツが見えるのか?」
「いや見えるわけないでしょう。プロですよプロ。というか逆に感じ取られたらいけないでしょうよ」
「ハハッ!そうじゃな。後でアイツにはお叱りをするとしよう」
老人がそう言うと、明らかに気配が揺れ動いた。
「うわっ、ちょっとだけビビっちゃってるじゃないですか。こんな好々爺にどんな威厳があるんだか」
「フォッフォッフォッ!このオンオフが王を続けていける秘訣なのじゃよ。……さて、雑談もそろそろにして、行くか」
「ま、特にやることもないし、お邪魔するとしますかね」
俺は小さくそう言うと、ベンチを立ち上がった老人に追従する。
行く先は勿論、
「あそこかね?」
世界樹と呼ばれる、ジャックと豆の木のように螺旋を描きながら鎮座しているその根本、二本の木が頭を出したであろうその少しばかりスペースが空いたそこに、神々しいとまで言える木製の王宮がそこに存在していた。
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