第34話 クアドラ

ヴィオラによると、今この場所―――『レイディアの森』という樹木溢れる雄大な自然に満ち溢れたこの区域はなんとこの大陸の約四分の一を占めているらしい。

独自の生態系が確率され、他の大陸では拝むことすらできないような生物、もしくは魔物がこの一帯には当たり前のように暮らしているそうな。

そして、勿論のことそんな生き物には地球に限らずこの星でも希少価値なるものが付けられ、この大陸の真反対の、海を挟んでそこにあるこの星で一番に広いことが観測された名のしれた大陸にある、それまた名のしれた大国ではこの森の中でも個体数の少ない生き物がその国の一貴族の全財産と天秤にかけても一匹の生き物の方が勝るほどにまで価値が高まっていると噂されるまでには希少価値が付いている。


……さて、こんな話を聞いたら、お金にがめつく、尚且つ罪を犯すことに抵抗のない人ならば我先にと船でもなんでも使ってこの森に侵入してくるだろう。

しかし、現実にはそんな醜いことは一切起きていない。


その秘密はこの森の中央部に位置している世界樹、『ジオクルス』の加護によるものだ。


世界樹から絶えず漏れ出る魔力は植物の植生を促し、生物の肉体の促進をも加速させる。目的としては星の中心からの引力で一緒に世界中から随時中心に集められている

魔力を木の根から土を経由して吸い取ってまた空気中に放出しているからだ。そうでもしないと空気中の魔力が枯渇し、最悪一点に集められた魔力が爆発して星諸共消し飛ばす可能性があるからだそうだ。


「世界樹の起源としては、先のようなことが起きる可能性を未然に潰しておくために神が生み落とした神界からの恵み。そしてその考えを神に願い出たのが、純然だる人間種の身ながらに神の域まで到達していた『アルベルト=シュリンゲル』という人間だった」


―――ってヴィオラから借りた聖書からの抜粋。





















「……この話は?」

「もちろん聞いたことあるさ。自慢じゃないけどこの世の名のある書物の全てを暗記してるからね。……ってそうじゃなくて!僕が聞きたいのは君のいた世界の話!」

「いや〜俺ちょっと世界史日本史は苦手で……」


長い耳をピクリピクリと微妙に動かしながらプンスコしている俺と同じくらい……もしくは少し下くらいの見目の美少年は、見ても分かる通りエルフである。

白銀の、腰まで伸びた髪に細目をしており、背は小さく身体も枝のように細いものの、病的な印象は受けない。外人のような高い鼻で、恐らく目鼻立ちも黄金比と言われるまでに整っている。


出会いは今日から遡って四日ほど前。人形でなんか黒いモヤみたいなのを纏ってたなんかヤバそうなやつに襲われていた彼を掻っ攫って助け出したのがファーストコンタクト。

最初は助け出してなんかエルフ繋がりでエルリアのことでも知ってるかな、なんて思って聞いてみたらなんとこれからその例の村に帰るところではないか。そんなところでお得意の話術を駆使して交友を深め、口利きしてもらえる約束をとりつけ今に至るというわけだ。


「つかまだ聞きたいこととかあるのかよ。俺この数日間で結構いろんなこと話したぜ?なぁ、『クアドラ』」


呆れ気味に言葉を放つが、クアドラと呼ばれた少年はおくびも気にしてないようで、


「フッ、千年以上も生きていると新しいことに貪欲になってくるのだよ。長命種ゆえの悩みだね」

「その悩みが原因でわざわざ安全な村から飛び出してまで新しいものを求め、そしてそれでも知ることには限度があるという理由で今は吟遊詩人をやりながら世界を旅してるってとこまでは聞いたな」

「仕方ないだろう。僕は他のみんなと比べて身体が弱いんだから」

「その言葉も一度は聞いた。……次に俺が言う言葉は分かってるな?」

「『だったら大人しくしておけ』だろ?お生憎様、僕はそれほどお淑やかな性格をしていないんだ。身体の状態と性格が密接な関係にあると誰かが提唱したなら僕をその人物の前に持っていくと良い。きっと言葉を噤むだろうね」

「そもそもお前の存在自体がイレギュラーなんだ。きっと、エルフ種を知っている知能ある種族の全員に持ってったら口を噤むに決まってるだろうよ。知ってるぞ、エルフの平均寿命は五百年だって」

「じゃあ僕は一体何者なんだい?」

「きっと神様がパラメータをミスった特殊個体なんだろ」

「それだよ、僕が気になってるのは」


彼との会話は中身のなかった話に、唐突にスイッチが入って真剣なものになるから慣れない最初は戸惑ったものだ。

表情は、いつもとのおどけたものと差異はない。

ただし、声が変わるのだ。


「なぜ君たちの世界はこういった根拠のない事柄を全て神の行いにしようとする?少しばかり、不遜じゃないのかね」

「……人は……空白が嫌いだからじゃないのかね」


今の今まで木の幹に座って寄っかかって話していた俺の身体を地面に横にさせる。草の上だから特に土は気にならない。


「詩的なことを言うと……頑張って頑張って、頭を働かせ試行錯誤し、数多もの回数の試行を繰り返し、それでもどうにもならなかった時。もしくは己には何もできないと考えている時、人は縋りたくなるんだよ。そしてその対象は、未来永劫自分が縋れる相手の方が都合が良い。それだけの話じゃねぇの?」

「……ふむ、やはり僕には理解できないな」

「そりゃそうだ。というか分かってたまるかよ」

「そういう君も、神に縋ったりした時があったのかい?」

「そう思うか?」


疑問に疑問を重ねる。


「そうだね」


クアドラはそう呟くと、ゆっくりと立ち上がり俺を見下ろすように近くに立ち尽くす。そしてニコリと微笑んだ。

意味の分からない一連の行動に、思わず口を開く。


「なんだよ。そんなに見られると恥ずかしいだろ」

「いやいや、君の薄く淡い青の目の色に見惚れていただけさ。しかし、そんな目もやはり君の魅力を際立たせる一部でしかない。それほどまでに『ヒロヤ』という恒星が僕の眼前で眩く輝いている」

「……よくそんだけキザなセリフをそんなイケメン顔で言えるものだ。俺が女だったら間違いなく落ちてたね」

「ふふっ、惚れてくれても良いんだよ」

「この人たらしめ」


苦笑いをしながらそう言うと、起き上がって荷物をまとめる。


「おや、そんな片付けなくてもいいのに」

「いや流石に使わせてもらってるんだ。これくらいはさせろ」

「はぁ〜。そういう君も結構なイケメンだね。惚れてしまうよ」


こんなこと誰にもするわけじゃねぇよ。こんな言葉を言いそうになったが、改めて吟味してみても誤解を招くような感じがしたので、せめて言うのは澪くらいにしておこうと思った。

ただ、実際にそうであるのも確か。この世界に来て俺が友達認定したのはリトナとこのクアドラくらいなのだから。俺は聖人じゃないし、なんならくらいなのだ。


「(んー早く澪に会えないかね)」


様々な小道具―――歌を歌う際に使う楽器―――プラス村へのお土産を傷つかないように慎重に大きなリュックサック型のカバンに入れ込みながら、日に日に積もる澪への想いを心中で呟く。


この世界に来て早一週間とちょっと。

武器も何もないので自慢のスピードで駆け抜けようと最初は画策していたところ、思わぬ出会いがあったのでこんだけ時間がかかってしまったが、クアドラの見積もりならあと二日程度で例の村にたどり着けるそう。


「……よし」


綺麗に入れ込んだお陰で、取り出す前はパンパンになっていたカバンが、なんならもう少し何かが入りそうなくらいまでスペースが空いた。


「器用だね」

「ま、DEXはそこそこ高い方だからな」

「どれくらい?」

「えー……300くらいか?」

「君は…………少し不用心すぎやしないかい?」

「なんだよ、聞かれたから答えたんだろ?なんならレベルの方も言っていいぞ」


やはり、この世界でもステータスを誰かに尋ねるのはタブーなのだろう。ゲーマーからしたら協力プレイする時には見方がどんなスキルを持っているかが重要になってくるからもしレアスキルを手に入れた時なんか声を大にして自慢してたのに。


「いや、いいさ。それを聞いたら僕も言わなきゃいけないからね」

「別に言わなくて良いんだぞ。俺が勝手に言ってるだけなんだから」

「君はそう思うかも知れないけれど、それを僕自身が許さないんだ」


変なとこで真面目だなぁ。


「ま、そこまで言うなら俺も言わんが」

「そうしてくれると助かるね」


真面目に、だが思慮深い。そして時偶ふざけるユーモアのあるクアドラだからこそ、こんな千年以上も生きられたかも知れないな。

……ま、俺は信じてないけど。





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