第39話 見送られて

その夜は、クアドラの言った通り布団について尋ねてみると急いで敷く準備をしてくれた。流石に寝るのはこちらなのに敷いてもらうのは悪いと思い、布団の場所だけ聞こうとしたが、クアドラが一度パチンッと指を鳴らしてどこからともなく布団が現れ未知の力で何にも触れること無く勝手に布団が並べられていく様を見たらそんなことも言えなくなってしまった今日このごろ。

そして布団という割には高級ベッドもびっくりのフカフカ具合に、久しぶりに屋根のある場所で寝れたというのも相まって速攻で寝てしまった。


そして次の日の朝。

特に脳が怠けることもなく、驚くほどにスッキリとした目覚め。

最高の朝だ。


「(とは言っても、まだ夜明け前。ショートスリーパーにはまだ早すぎたかね)」


だが、ショートスリーパーと言ってもこの体質は後天的なもので、ものだ。普通はもっと遺伝子レベルで先天的なものなんだから絶対に有り得ないことなんだろうけど。

自分のあり得なさに、若干の苦笑いを浮かべながら立ち上がり、カーテンを開け外の様子を窓から覗いてみる。が、ものの見事に太陽は見えていない。若干薄ーく明かりが届いてるかなってくらい。


「んー……この時間帯の星は映えるねぇ」


星詠眼の効果だろうけど、この時間でも深夜の新月の時のように眩く星が見えている。というかそろそろこの眼の意味がよく分からなくなってくるな。ただ星が見えるだけ?いやそんなことはありえない。あの占星術というぶっ壊れスキルから派生して生まれた眼だぞ。今はレベルが1だからこれほどの効果しかないのなら、この眼の真髄は一体どんなものなのだろうか……?


「ま、気にしたって仕方ねぇか。未知と言ったら……コレの方が未解明極まりないしな」


そうして俺が見つめるものは、右手の親指にはめられた灰色の鈍く光る特に装飾も存在していない指輪だ。


「どうしてあるのかも分からん。効果もステータス上で見れる能力値のVIT+100しか判明してない。というか正式名称すらも。……いったい、『鋼鉄の英雄』はどんな意図を持って俺にこれを託したのかね?」


少しだけ考えてみるが、一切の手がかりもないその思考に早々に切りをつけ、クアドラが目覚めるまで星の光で本を読むことにした。

一冊手に取り、軽くジャンプして平屋の屋根に飛び乗る。


「へぇ、ダメ元で来てみたけど思ったより汚くない。というか雨がついた跡すら見えん。……うーん、これがマジック」


この世界に来て理解の及ばない事象に関しては全てスキルか魔法の影響によるものだろうと自己判断している。魔法はヴィオラからの話でこの世界に存在していることは確認済み。だから俺が自己判断していることもあながち間違いではないと思っている。


「……他の人には見えない星の光でこの薄暗いなか鮮明に文字が読めるのはどういうことなんだろうね」


こんな理解の出来ない事象も、いつかきっと俺にも理解できる時が来るのだろうか?





















とかなんとか言いつつも。根底の問題として文字の違いなる大きな弊害があったわけで、《予測補助》を使おうにも挿絵も何も書かれていないので予測も仕様がないということで取り敢えず文字の種類と適当な法則性を《予測補助》で見つけ出したところでその時間の読書は終わりを迎えた。

その時は考古学者が遺跡の文字を解読してるの人の気持ちが味わえただけだが、朝食の合間に文字について確認をとってみたことろ、なんか少しだけ英語に似ている部分があるなと思った。


「……あのさーヒロヤ。キミってもしかしなくとも……天才?」

「んー自分じゃよく分からんが、まぁ……よくそう言われてたな」


学校に通ってた頃は特に家庭内学習をせずとも授業だけでそこそこいい点数は取れてたし。でもそうなると俺からしたら天才ってよりかは要領がいいって感じのだけな気がするんだよね。


「ま、本物の天才ってのはまた別に存在してるのよ。一つ例に挙げるとしたら……絶対に挫けない心を持つ努力の天才?それでそいつ自身も地味に多方面で才能はあったから総合的に見たらどんな天才よりも能力的にはそいつがダントツで一番だったな」

「へぇ、そんな人が……」


まぁ、櫂なんだけど。


「でもそんなヤツでも女の心を読み取るのだけは下手くそだったな。そこだけは、がむしゃらに取り敢えず挑戦するという精神が仇になったというわけだ」


今では奏音ちゃんと仲良くしているものの、最初期は中々に衝突があり、俺が間に入ってやらないと速攻で別れんじゃねぇかと危惧したほどだ。俺としてもそれはあまり都合がよろしくないので、わざわざ仲を取り持っていたのだが、いつの間にか俺がいなくとも二人だけで仲良く出来ているのだから女心は俺もよく分からない。心境の変化が急過ぎるんじゃ。


という感じの話をしていると、いつの間にかサルクスと約束していた時間に近づいてきた。


「……もうそろそろか」

「おや、もう行くのかい?授与式を見に行くにしてもまだ少しばかり早いんじゃ……」

「フッ、少しここの王様と仕掛けごとをしようと思ってな。その準備のために早くいくんだ」


いったい澪はどんな反応してくれるんだろうね。驚いてくれたら一番良いんだけど、なんだか案外淡白に「あ、そこにいたんだ。ほら、早く帰るよ」と無表情で言われるような気もしないでもないのが怖いところ。一年近くも経過してるんだし、流石に久々の再開でそんな反応されたらなんだか悲しくなっちゃうよ、俺。


そんなことにならないように祈っていたら、どこからともなく現れたエレノアがこちらの様子を見て不思議そうな表情を浮かべる。


「んー?あれ、ヒロヤ何か用事でもあるの?」

「少しな。エレノアも授与式に行くのか?」

「行かないわねぇ、特に用事もあるわけじゃないし。それにもしアタシの存在が精霊術師とかに見られたら大変な騒ぎになりそうだからね」

「へぇ、結構凄い存在だったんだな。でも考えたらそれもそうか、ほぼ未来予知みたいなことをバンバンできる存在が凄くないわけないか」


そこまで言ったのち、エレノアの性格からするに何かしらの反発があるのかと思っていたが、以外にも返ってきたのは「そうよ〜」という気の抜けるような声だった。


「……そこで『分かったならアタシのことを崇めなさい!』的なことは言わねぇんだな」

「あぁ、それね。それ作ったキャラ」

「って作ってたのかよあれ!」

「当たり前じゃない。そんなの初対面の人にしかしないわよ、めんどくさい」

「ハハッ、エレノアはこう見えても結構めんどくさがりだからね。さしずめ僕は彼女の召使だよ」


それにしてはクアドラのエレノアに対しての態度も遠慮がないというか。そしてエレノアの方もその態度に一切不満を抱いてる様子はない。時間が生み出した関係性というやつかね?


「……そろそろ行かなくちゃな」


チラリと時計を一瞥し、これ以上駄弁る時間がないことを確認する。一応時間はまだあるものの、できるだけ余裕を持って動きたい。


「道は大丈夫かい?言ってくれたら村まで連れてってあげるけど……」

「いや、大丈夫だ。というか世界樹に向かって行きゃいいだけだからそれほど難しいものでもないだろ」

「それもそうだね。それじゃ、忘れ物はしないように」

「お前は俺のオカンか」


ほんの少し言葉を交わして、ようやくこの部屋を出る。

準備と言ってもこの世界に来た時に全ての物を失くし―――落下によるカバンの紛失―――、服も特に変化もない。

つまり手ぶら。ハンズフリー。

そんな俺が忘れ物の何を心配すると言うのか。


そうして俺は靴を履き、つま先を数回地面に叩きつけて履き具合を調整しているところで、


「ちょっと待って!」


突然後ろからエレノアの呼び声がかかる。


「ん、どうした?」

「いや、……ちょっと、ね?アタシってほら、もう未来見るみたいなことできるじゃん?だから一回アンタがどんなことしようとしてるのか見てみたらさ。……ね?」

「そうだな。…………おい待て、なんか言わんとしていることが分かってきたぞ」

「だ、大丈夫よ!最終的には全て解決してアンタの友達と一緒にそっちの世界に帰れてる。だからそこは安心してちょうだい!」

「だからその言い分だと確実に何かは起きるということだよな!?」

「そ……うなるわね……」

「んーーーまーじか。ここまで殆ど平和にこれてたというのに……」


なるほどね。最終的に何も起こらず帰してはくれないと。この世界にきてからの異変のピークは澪死亡危機だと思っていたのに……!


「……因みにその最終的には全て解決のその言葉は俺が行動をした上での結果か?」

「アタシもあまり大きく未来に変化は起こしたくないから多くのことは言えないけど……その質問に対してはイエスとだけ答えておくわ」


なるほどなるほど。

……遠回しに「お前が動かないとハッピーエンドは迎えられないからな」か……。


「まぁ、知れただけ良しとするか。というかエレノアが俺にその事実を教えたことでさっきと結末が変わったって可能性は?」

「それは……うん!ない。大丈夫!」

「そこまで知れただけでも上出来か。ここはエレノアを褒めるべきか?」


そう言ってみたが、以外にもその言葉にエレノアの表情は曇るばかりだ。

思わず俺は訝しげな視線をエレノアに向ける。そしてエレノアの方も俺の視線に気が付き、誤魔化しきれないと悟ったのかポツリポツリと話し始めた。


「えっと……その……本来このアタシが見た結末ってにしか過ぎないの。だからあの時あの瞬間はアナタにとって良い結果になっていたとしても、その結末を知ってしまったアナタはアタシが見たアナタと大きく違う行動を取ってしまう。……未来は常に変化するものなの。だから……」

「そこまでだよ、エレノア」


そこで言葉を切ったのは、先程から傍観に徹していたクアドラだった。


「これ以上の言葉はこれからその問題を解決しにいく勇者にとっては余計なお世話だよ。物語の主人公は、そんな一時の未来に縋り続けているカッコ悪いものではないだろう?」

「クアドラ?」

「ハッ、俺が主人公って雰囲気かよ?」


相変わらず、その細目にも関わらず言っていることはイケメンである。


「―――って言ってるよ、クアドラ」

「こんな時でもお前はねぇ……」

「いや、僕が彼女にお願いしたんだ。責めないでおくれ」

「そんなつもりはねぇよ。俺のアホくさい心理覗いて元気づけるため、だろ?……当たりなら結構。ま、俺も元気出させるためにクサイセリフを吐くわけじゃないが……そんなコロコロと未来が変わるなら……エレノア、俺がお前の見た未来よりも良い未来に導いてやるよ。それなら問題ないだろ?」

「……っ!そう……ね。それなら何も問題ないわ。ふふっ、逆に良いことしかないじゃない」


いつの間にか、エレノアの顔には笑顔が浮かんでいた。

その後ろでクアドラのほっとした表情が垣間見えた。

やはりいつ見てもいいコンビだなと思う。


……俺と櫂、そして俺と澪もそうなりたいものだと、この瞬間、そう思った。


「ほら、さっさと行きなさい!そしてまたいつか会いに来てね」

「あぁ、また時間が空いたら会いに来るわ」


エルフ一人に妖精一人。

その二人の二つの笑顔に見送られながら、俺はこの家から一歩踏み出すのだった。





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