第40話 イタズラの序章

まず、様々な予測を立てていこう。

エレノアの言葉の端々から推測するに、何かしらの良くないことが起きることが確実であり、それが決して無視できるものでないということだ。


でも、だ。正直俺にとっての無視できないことなんてかなり限られてくる。

正直に言おう。俺は別にあの世界樹の根本にある村が滅んだって、尚且つそれによってエルリアが死んでしまうにしても、俺にとっては些細なことでしかない。恐らく目の前に今すぐ殺されてしまうであろうエルフがいたって、助けることによって自らの命が脅かされてしまう可能性が1%でも発生するなら絶対にその選択は選ばないとハッキリと言える。

よく言うトロッコ問題で例えよう。

目の前にエルリア含む村のエルフ全員と、澪一人。そのどちらかを選択したことによって得る結果が生死に関わること。そうして自分にはどちらかを選ぶ権利がある。

もし……もしも、そんな極端なシチュエーションに遭遇してしまったとしても、俺は決して迷わない。確実に、澪を取る。その澪のポジションが櫂であろうと、リトナであろうと、クアドラであろうと同じこと。


まぁ、つまり、


「(確実に澪が関わってくるんだよなぁ……)」


いつからこうも彼女は問題事に首を突っ込んでしまう性格になったのか。あの最初期の復讐しか目的がなかった頃の荒んでいた澪は何処へ。


「ま、実はお節介で困ってる子をほっとけないみたいな主人公メンタルが案外元々の性格だったりするのかもな。……っと着いた着いた。一日ぶりのエルフ村。ってうわぁ、朝っぱらにも関わらず酒に潰れちゃって。……奥さんに起こられても知らんぞー」

「お、奥さ……ん?…………やっべ、そうだ!!今日は俺が家事を担当する日だったんだ!ちょ、お、起こしてくれてありがとな!」

「おー、転んで怪我すんなよ」


どうやらこの世界でも夫は奥さんの尻に敷かれて生きているらしい。左手の薬指に指輪があったことからまさかとは思って声をかけてみたものの、その予想は当たった。

しかし、まさか結婚指輪の文化もあるとは思わなんだ。浴衣と同じく澪が輸入してきたのかね。


辺りを見渡しながら、日本との共通点がちょこちょこと見つかってくことに変な感覚を覚えながらも、とうとう目的の場所へとたどり着く。

そこは、昨日サルクスと出会った例の噴水のある場所だ。


「よっこいせ」


妙にジジくさい声が出ながら、俺は昨日と全く同じベンチの同じポジションに腰を下ろす。約束の時間からの大体十分前には着けたとは思うが―――


「なんじゃ、ジジくさい声なんか出しおって。まだまだ若いんだから」

「……若いとか関係ありませんよ。あと今回もしっかり気配を消してきましたね。それも、昨日よりもより一層」

「ホッ、当たり前じゃろ?これは男と男の企み事、誰にもバレる訳にはいかんしな。ほれ、早く行くぞ」

「はいよっと」


そうしてすぐに俺らは同じ道を辿って王宮へと向かう。その間に色々と段取りの確認をしたり、細かなポイントを示し合わせた。その時に、


「少し、今日は星の導きが悪いので何かしらの準備はしておいたほうが良いかも知れませんね」

「星の導き?」


と、言うものの、これはヴィオラから唯一教えてもらった占星術の一つで、スキルにも頼らず星の位置だけで未来を予測する方法なのだが、ヴィオラ曰く、「運命星には絶対に一つ以上仲の悪い星が存在している」とのことだ。しかもその仲の悪い星というのは常に変化し続けており、本来ならそれを《占星術》スキルで把握するのだが、ただ俺はそのスキルも持っていないため、その仲の悪い星というのも数日前ヴィオラから教えてもらったものだ。

勿論さっきも言った通り仲の悪い星は常に変化しているため今もその星という確証もない。確証が出たのはエレノアからの言葉を聞いたときだ。


「ふぅむ、そういうことなら儂も警備を増やしてみよう」

「ま、占星術スキルもない占星術素人の俺が言ったことなんてもっと軽く見てください」

「そういうわけにもいかんよ。そもそも占星術スキルという存在が世間では広まっているものではないし、それに勝手に生まれるものでもない。誰かに教えもらって初めてスキルとして芽生えるのだ。……お主、あのヴィオラ=シャルロットから教えて貰ったんじゃろ?」

「へぇ……知ってるんですか」

「そうじゃな。の仲じゃ。たまに儂も仕事に行き詰まった時彼女の世話になっておるぞ」

「へ、へぇー……」


途中で聞いてはいけないことも聞いてしまった気がするが、そんなこんなもありいつの間にか王宮の近くへと来ていた。

全体が視界に収まりきらない所まで着くと、サルクスは突然以前とは違う道を辿り始める。


「ん、王宮向こうだけどこっちで良いんすか?」

「さっきも言ったじゃろ、誰にもバレる訳にはいかないと」

「いや……マジで誰にも言ってないのかよ。いい大人が迷惑しますねぇ。今の時間結構王宮の中わちゃわちゃしてるんじゃないんですか?」

「確かにな。でも儂の仕事はちゃんと終わらせてきたし、やることやったらそれこそ自由にさせてもらっても良いとは思うがの」


言ってることは分からんでもない。

そんな屁理屈に納得しそうになっていると、サルクスはスピードを緩めること無く突然右に曲がり、薄暗い路地へと進んでいく。

動きに一切の迷いがないことから、結構な常習犯だと伺えた。相対してこちらは少し戸惑いながらサルクスの背中を追う。


裏路地、と聞くと汚かったりものが物が捨てられて結構荒れている先入観があったが、思ったよりも……というか表通りよりも綺麗になっていた。

村という小規模故にそういったことも起きていないのか、なんて思っていたら、


「なんでこの路地だけ綺麗だって不思議に思ったじゃろ。答えは簡単。家が汚かったらお主も掃除するだろう?」

「……つまり……いやなんでもない。言葉に出して言うことでもなかった」

「ホッホッホッ」


人気のない裏路地でジジイの朗らかな笑いが木霊する。


その後は特に何かあるわけでもなく、かと言って何もないと言えるようなものでもなかった。つまりずっと中身のない会話をしていた。話している途中、ふと我に返って相手の立場を思い出すが、どうにも俺の中の王の像と重ならず、かと言って持ちうる実力は本物なので、どうでも最後までこの会話でサルクスを読み取ることはできなかった。


腹時計で換算して、恐らく十分くらいだろう。

村中の裏路地という裏路地をぐるぐるしてようやくたどり着いた先は一つの家だった。裏路地の風景の一つとなっている、なんの特徴のない―――強いて言えば少し壁がボロい―――家だ。

その家の扉に、サルクスは特に声を出すこともなく静かに四回ノックをする。

しばらく待つと、サルクスと同じか、またそれ以上の年であろうエルフが扉を開けて姿を現した。


「お、今回は結構早かったな……ってそちらの御方は?」

「ああ、こやつが今回の儂のイタズラ仲間じゃ。見ても分かる通りあの『救国の騎士』とおんなじ人間種の少年だ」

「と、するとそちらがヒロヤ様ですか」


そう言ってその爺さんはこちらの方を見る。

これ以上はなにも言うことはなさそうなので、取り敢えず間を埋めるためにこちらも自己紹介を―――


「ん……んん!!?」

「うおっ」


なんて思っていたら、その爺さんが突然こちらに勢いよく顔を寄せてきて、俺の目をまじまじと凝視する。いやガチ恋距離やめろ。


「(てか……いやすげぇ綺麗な緑色の目だな。丸いエメラルドがそのまま角膜にすり替わったかのような。でもそれ以上に周りの白がとんでもなく血走ってんのが残念―――)」

「お前っ!」

「はい?」

「その眼、その眼はどこで手に入れた!?というか誰から」

「落ち着けシュリンガル」


ぼーっとそんなことを考えている時にいきなり肩を掴まれたと思ったら、間髪入れずにサルクスの助け舟が入った。俺とそのシュリンガルとの間に手をねじ込むと、無理矢理距離をとらせる。


「急にどうしたんだシュリンガル、そんなに興奮して。お前らしくない。いくら人間種が珍しいからとそこまで興奮することでは……」

「ち、違う!そうじゃないんだ……。そうか、この眼は他の者からでは見えないのか……。なぁヒロヤ様、このあと少し時間があるか?あれば一つ……いや二つや三つ……とにかく聞きたいことがあるんだ」

「いやこの後は……」


用事があるので断ろうとしたが、みなまで言う前にサルクスが会話に割って入る。


「シュリンガルお前話を聞いてなかったか?おいヒロヤ。儂は少しおかしくなってしまったこいつを落ち着かせるから先に行っててくれ。そこに見える階段を降った先に見える道をずっと進んでくれればよい」

「……りょーかいです」


この時……この瞬間、ほんの少しだけだが初めてサルクスの本心が垣間見えた。

それほどまでにサルクスはこの状況に焦っているということだが、俺が今この瞬間首を突っ込んでも面倒にしかならないと確信したので、素直にサルクスのガイドに従うことにし二人の横を通って視界に映る階段を下る。


本心が見えたと言っても、彼の性格までは覗けたわけではない。それでも一つだけわかったことがある。


「(サルクス、あいつは何かを俺に隠そうとしていた。……ただ果たして、それはこの眼の件かねぇ?なんか異常に俺の眼を見てたし)」


またしても、わからないことが一つ増えた。

というか今考えても最初の時点でおかしなことはあったのだ。



誰も俺のこの眼の色については触れないのだ。



ただ一人―――正確にはこの村で二人目―――の人間という大きな特徴を持った俺を、昨日は多くのエルフたちが記憶に残したはずだ。それなのに、目の色の変化というあからさまなものに誰も違和感を覚えない。ただもしかしたら誰も俺の目のことなんか見ておらず、エルフではよく見られる緑色の目が元々の目の色だと考えていたことも、ないこともないのかも知れない。

ただ、サルクス。彼は決してそんなことは起こり得ない。

彼も人間と同じような思考を持つ生物。突発的な予期せぬことが起こったならば動揺の一つや二つ見せるだろう。それこそさっきのように。


長い階段を下り終わると、確かにサルクスが言ったように道が見えた。石で天井と壁が囲われ、人が二人分ちょうど並べるくらいの短い幅だが、奥は真っ黒だった。この場も、さっき来た場所からの淡い光のお陰でなんとか状況の確認はできるが、それでも視界が暗いことには変わりない。


「懐中電灯もねぇのにどうやって前に進めって言うんだよ」


このまま壁に手を置いてでも前に進もうかと思っていたその時だった。

まるで映画のワンシーンかのように、自動で壁にくっついていたランプの蝋燭に火が手前から順々につき始めたのだ。


「ハハッ、なんかこういう典型的なファンタジーはやっぱ興奮するねぇ」


初めは驚いたものの、やっぱりこういうのを実際にこの目で見ると興奮の方が勝る。


「雰囲気もあるし、これから楽しいイタズラをすると思うとやっぱり心が躍るわ」


今は、取り敢えず保留にしておこう。

色々と落ち着いたら、サルクスも教えてくれるだろう。


そう考えて、浩哉は気持ち早足に薄暗い道を辿っていくのだった。





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