第41話 暗闇の中で探る光
世の中そうトントン拍子にうまくいくことはない。俺はそれが物語の中の話だけだと思っていた。
勇者になって魔王を倒す。その間に数多くの問題が立ちふさがり、それを乗り越えて、魔王を倒す。何が有っても、順調にレベルを上げていって順調に仲間を得て……そんな物語はないはずだ。だって面白くないから。つまらないだろ?そんな順調に魔王を倒すなんて。なんて面白味がない。
だが現実は違う。そんな面白味なんて無くて良い。順調に、トントン拍子に事が進み、その過程で誰も悲しむことのないなんて平和なストーリー。それが現実に於いては一番良いに決まってる。
そしてそれは自分の手で掴むことができる。
万全に準備を重ね、どんな問題も事前に予知し起きないように立ち回って。そうしていたら問題なんて起こるはずもないのだ。
……そう、思っていた。
「いや、これは言い訳だな。実際こうなることを予知できていればこんなことにはならなかった。こんのくそったれ」
誰もいない、薄暗い空間で走り回っている俺は一人悪態をつく。もちろん、その悪態はこの事態を予想できていなかった自分に対してだ。
「敵は思ったよりも近くにいる、ってか。まさかアイツが黒幕だったとはなぁ。でもまぁ物語ではよくあることか」
一人になると独り言が増えるのはかつての一人暮らしだったときの癖か、どうも口数が多くなってしまう。
だがそんなことを気にしている時ではない。今はこの状況の改善に務めねば。
「何か……!ないのかよ……っ!」
浩哉がなぜ、このような薄暗い場所で一人焦って走り回っているのか。
それを知るには今より数分前まで遡る必要がある。
「よいっしょ!…………この部屋でよろしいので?」
「あぁ、ここが儂の寝室じゃ。よっこいせ」
「よっと」
先程までそこそこ長い秘密の経路を歩いていた浩哉とサルクスは、ようやく長い洞窟のような場所を通り抜け、そのゴール地点であるサルクスの部屋までたどり着いていた。
「は〜、高級そうなもんが置いてあるな。っていうかここどうなってんだよ。外の景色見る限りここ少なくとも二階以上でしょ。なんて床から出てこれるんですか?」
「それこそ魔法じゃよ。空間魔法でこことさっきの空間を繋いどる」
「へぇ、俺も習えば使えるようになりますかね?」
「どうかの〜。『魔法』は才能に左右されやすい分野じゃからの。『魔術』ならお主も扱えるやもしれぬが……いかんせんありゃあ儂でも全てを理解するのは難しいぞ」
「そんな永くを生きるエルフがねぇ」
「ま、儂ら『古代聖エルフ種族』そのものが魔法を不得手としとるから儂らの価値観で魔術を理解するのは難しいってだけであってお主ら人間種は分からんがな」
「なるほどねぇ」
雑談もそこそこに、時間もないからと言ってサルクスは早々にこの部屋の扉の前まで歩み寄る。
そしてほんの少しだけ扉と壁の間に隙間を作ってチラリと外の様子を伺う。
「……うむ、誰もいない。その隙に早く武器庫へとゆくぞ……!」
結構な老人がこんなこそこそと動いているのはなんとも言いようのない光景だが、その感想を飲み込んでその背中にひっそりとついていく。
そうして二つ目の角を曲がったところで、
「おや、サルクス様ここで何をしておられるので?」
あっさり見つかるというオチだとさ。
「げっ、ゲルダ!?どうしてここに……」
「公務の途中でいつの間にかいなくなっていた我が村の王を探していたのですよ。ほら、後もう少しなんですから頑張ってください……ってヒロヤ様?こんな時間にここで何をしておいでで……」
「それはだな……」
「あぁ……なるほど」
その短い間に何を察したのか、大きなため息をつきながら文字通り片手で頭を抱える。
「……大体分かりました。おおかた、サルクス様に巻き込まれたのでしょう。本来なら貴方はここにいてはいけない御方なんですから。王宮に厳重な警戒が敷かれているこの現状でどこから入ってきたのかは問い詰めませんが、とにかく早くここから出ていった方がよろしい……」
そこまで言葉を吐いたところで、突然、彼の口が止まる。そうして何かを考えるように、先程までこちらを捉えていた視線は虚空を捉え始める。
不自然なその動作に眉をひそめるが、短い期間ではあったため、そのことについてサルクスは特に疑問を抱いている様子もなかった。
「そうですね。サルクス様が何をお考えなのかは存じ上げませんが……この後の公務を完全に終わらせた上で、授与式にも一切関与しないと言うのなら目を瞑っても構いませんが」
「(……は?)」
あまりの意見の変えように思わず呆けた声を出しそうになったが、それは息を止めることで寸前で回避に成功する。
「お、おぉ!流石我が国の宰相、話が分かる。そうと決まれば儂はさっさと残りの仕事を終わらすから……あ、あとついでにヒロヤを武器庫へ案内をよろしくできるか?」
「……っ!了解いたしました。それでは……ヒロヤ様、こちらについて来てください」
「あ、あぁ……」
サルクスがうっきうきでどこかへとスキップ混じりで歩いていく反面、俺の心境は大きな疑問と困惑、少しばかりの恐怖で満たされていた。
さっきの急な心変わりはなんだ?それにどうしてサルクスはこの宰相の急な変化に疑問を抱かない?信頼故か?それとも……。
「どうかいたしましたか?ヒロヤ様。体調が優れないように見えますが……」
「……っ、だ、大丈夫。特に問題はないさ」
「なら良かったです。それにしても、サルクス様には困りますね。こういった数百年に一度の祭典くらいは大人しくしてほしいものです」
そう言って、やれやれと言った感じで、再度進行方向へと顔を向ける。
……一瞬、一瞬だけ、この宰相に顔を見られた時完全に息が止まった。すぐに言葉は返したが、それも違和感しかなかっただろう。
注意深く人の顔を見て内心を観察する俺だからこそ、彼から俺に向けられた感情がハッキリと伝わった。
あれは殺意だ。
しかも丁寧に隠されている。殺意を抱いて数日、数年の奴が殺意を完全に隠すなんて芸当できる訳がない。それほどまでに、アイツは俺……いや、人間を恨んでいたのか。
「(は、はは……。いや……初めてだわ。こんな殺意を誰かから向けられたの。なんか理屈やらじゃなく……ただひたすらに恐ろしい)」
ぶるりと、特段寒くもないのに身体が震える。
その時、俺は久しぶりに『恐怖』という感情を抱いた。
その後はその宰相に言われるがまま紹介された部屋に入り、電気もつけること無くバタンと扉を閉められ鍵をかけられた訳だ。あまりに一連の流れがスムーズ過ぎたせいで閉じ込められるのは分かってたがその手際の良さに少し放心しちゃったよ。
「はぁ……あそこで俺があの王様仲間を信頼し過ぎなんだよなぁ。あの宰相って言われてた人も根は悪い人じゃかろうなんだけど……人間種
とは言うものの、現在結構緊迫している場面。
サルクスがいなくなった時の俺を見る視線。その奥に蔓延った殺意の光。アレにはちょいとビビったね。まさか何も接点のない者からこんだけ殺意を向けられるとは思わなんだ。
まぁ、つまりは、だ。
アイツは確実に澪を殺すつもりでいる。
恐らく俺を閉じ込めたのもアイツがなんらかの計画を立てていて、その障害になりそうな俺を計画に干渉させないようにここに閉じ込めたというわけか。
だがそれがわかったところで、ここで一番の問題となるのはその宰相がいつ澪を殺すのかがまだ不明だということだ。授与式の最中かもしれんし、その待機している時にもしかしたら殺されるのかも分からない。何かしらのもっと細かい情報が分かれば考えようがあったものの……ああクソッ!焦るな俺。
さっきまでなかった明確な恐れが、言語化したことで容赦なく俺の心を刺してくる。
そんな自分を落ち着かせるために一度深呼吸をする。
……さて、クリア条件、失敗条件共に分かったとこで、兎にも角にも現状把握。
時間短縮のために《予測補助》起動。
辺りをぐるりと見渡し、この部屋に何が配置されどんな構造になっているかを記憶に叩き込む。
「見た感じ……物置?にしてはなんか煌びやかな物もあって……内から開けることも出来ない厳重な鍵……宝物庫的な?」
んー何もない場所というよりかはマシか。
《予測補助》を解除し、何か使えそうなものがないか早足で探索を行う。
「(いやその前にどこかしら脱出できる換気口みたいなもの……ない。だったら扉の破壊が一番効率的か?いやでもそしたら衛兵にバレて捕まるオチ……いやもっと考えろ……)」
段々と目が暗闇に慣れていく中で見えるのは、光が当たれば反射するような剣や弓。それに身に着けたら何かしらの効果が付きそうな宝石の部類。それら一つ一つがガラスのような透明な物に囲われてそこかしこに浮いていた。たまにそのガラスがどこからか伸びている鎖に繋がれてあたかも封印のようなことをされているものだってある。その一つ一つはあまりにも綺麗で、足を止めてしまうくらいに見惚れるようなものばかりだった。
「ハッ……!もっと心に余裕がある時に眺めてたかったな」
小さな声でそう吐き捨てながら、強く歯を食いしばる。
もしかしたらこの場には何もこの状況を打破する手立てなんてないのかもしれない。そんな絶望が心の中に巣食うが、それでも俺はこの暗闇を駆け抜ける。
「はぁ……はぁ……。くっ……!クソッ!」
暫く……それこそ長い時間辺りを見たが、いかんせんこの広い宝物庫内では、一つずつ見て回るのでは時間がかかりすぎる。その焦りが段々と俺の息遣いを荒くさせた。
走って、見て。そしてまた走り出す。
そんなことを続けている間は、時間がとても短いように感じられ、なんならこの数秒後すぐに授与式が始まり、澪が殺されてしまう。そんなようにも感じられてくる。そんなわけがない……と否定できないのが、俺のその負の思考を助長させ、更に焦りへと増幅させる。
だがそんな中、ある一つのものが俺の足を止めた。
「なんだ?……あれ、は……」
それはガラスに覆われたもので、だが決して他とは大きな差があるものでもなく、だが俺の目にはそれを見落とすだけの小さな存在でもなかった。不思議と、その一つの宝石に惹かれていったのだ。
目を細めながら、少しずつ歩を進める。焦らなければならない場面なのに、それを目にした途端、それに勢いよく近づいてはならないような気がしたのだ。
近づいていくと、ただの宝石だと思っていたそれはある存在を映し出していた。
希望が、形を得て俺の目の前に現れる。
「せい……れい?」
俺は思わずそんな言葉を口にした。
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