第42話 改めて、思い返して、
改めて見れば、その紫を纏う宝石を囲んでいたガラスの形が他のものとは特異な形状をしていたのも俺の目を引いた要因の一つだろう。他の物はただの立方体だったり、そのような単純な形が多いのだが、こればかりは……何面体だ?これ。
小さくその言葉を呟いた俺は、生唾を飲み込みながらゆっくりとそのガラスに手を伸ばす。恐れは、なかった。
すると、指先が触れたその瞬間、不思議なことにそのガラスはまるでゲームのようにパリン!という透き通るような音を奏でながら派手に散っていった。それと同時にそれを縛り付けていた鎖も開放され、ジャラジャラと不快な音を立てながら、まるで主人をなくしてしまった従者が項垂れるようにどこから伸びているかも分からないそれは地面へと落ちていった。
その一連の現象に息を飲む。
だがここで臆する訳にはいかず、ガラスが割れてもその場に浮いて空中に留まり続けていた宝石に手を伸ばした。
静かに触れ、慎重に右の手のひらで握りしめる。
「(確かに……これは精霊だ。……妖精ではない。エレノアが言ったものとはまた違う存在……。でも、だ。なんで俺はそのことを知っている?)」
まるで小学生の頃に学んだ四則演算のように、俺の頭の中にその情報は常識として染み付いていた。
そして―――この精霊をこの宝石から開放する方法も。
「(恐らくその不思議現象の全ての根幹はクアドラから貰ったこの眼なんだろうが……この場に於いてはまぁ都合が良いな。良すぎるとも言えるが、というかエレノアはこうなることも予想出来ていたのかね?)」
こんな場面に於いても、分からないことしかない。
何一つ分かりもしない……が。
「(澪をそれで救えるなら、いくらでも利用してやろうじゃないの。解明はあとにすればええんじゃい!)」
一筋の光が見えたことで、俺の心の中にも結構な余裕が出てきた。
少しばかり頬が強張るも、それでも笑みを浮かべることはできる。誰も見てないこの場面で浮かべる笑みは、己を強く奮い立たせる。
とは言っても、この精霊を開放する方法は全然難しくもなく、ただ単に『鍵』となる言葉を呟くだけで良い。いや、だけで良いという言葉には語弊がある。その鍵を入手するのが本来はひどく困難なものではあるのだが……。
そう思いながらも、俺は握りしめていた宝石を俺の前に掲げ小さく、語りかけるように言葉を使う。
「……なんで俺はお前の名前を知ってるんだろうな。気持ち悪い、とは言わんが……それでも俺は気になって仕方ねぇよ。……なぁ?『ルナリア』」
その刹那、紫色の宝石が一瞬だけピカリと光ったかと思うと、その後は上から徐々に砂状になっていっては消えていき、中の精霊が完全に姿を見せるのにそれほど時間はかからなかった。
「んー……んぅ」
宝石が完全に砂になり、姿を現したのは宝石の色の紫がよく似合うような静かな印象の精霊だった。エレノアのように、現実の人間をそのままコンパクトサイズに調整したような感じで背格好はエレノアよりかは少し高い。もしもサイズを人間サイズに戻したら澪と同じくらいのそこそこ高いお姉さん系の見た目になりそう。
髪は黒に深い紫のメッシュが見え、この世界にもそのような概念があるかは分からないが、襟足だけ長くした、所謂ウルフカットのような感じになっている。
「起こして悪かったなルナリア。すまんけど少しだけ力を貸して―――」
そこで俺の言いかけた言葉は停止する。
その理由は至極当然。あまりにも自然に話しかけていた。初対面云々よりも、俺は間違いなくこんな地で話しかけることなんて全くと言っていいほどない。それは他人を信用しない癖からきているものなのだが……ううん?あまりにも自分の中の認識と記憶と、それから……なんか色々なことが交差し過ぎて邂逅したばかりなのに頭がパンクしそうだ。
だが目の前のルナリアは俺のそのおかしな様子を気にすることなく一度大きなあくびをし、キョロキョロと辺りを見回してその気怠げな瞳で俺を見つけると、
「ふむ、今度のご主人はキミか。よろしく頼むよ」
そう言って、その小さな手を微笑みながら遠慮なしに差し出してくる。
握手、ということで構わないと認識した俺は多少たじろぎながらも、一度手のひらを差し出す。
「ふふ、逆にここで手のひらを差し出してくるのは珍しいよ。普通はサイズの違いに遠慮して人差し指を出すものなんだけどね?」
「いや……なんでだろうな?」
「……?」
疑問に疑問で返す俺に、当たり前だがルナリアは首を傾げてみせる。
「俺も一度出そうとした手を引っ込めて人差し指にしようと思ったんだが……なぜかこのままでもいいような気がしたんだ」
「それはなぜ?」
「なんだろう……ただの気まぐれとも違う、なんかこう……確かな確信はあったんだ。ただその根拠は俺も分からん」
不思議……というかどこか清々しい気分さえ感じられてくる。
感情とかいう浅いものではない俺のナニカが反応している……としか今は言えない。
「…………なるほど。キミ、名前はなんて?」
「真部……浩哉」
「ヒロヤ」
「……なんだ?」
「ヒロヤ……ヒロヤか」
あぁなんだ。ただ単に反芻させてるだけか。
ただ……それにしても……
「……ん?なんだい、そんなにボクのことを見つめて」
「いやなんか……綺麗な衣装だなって思ってな」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄だね。それで……キミには何かやらなければいけないことがあったんだろう?そのためにボクを起こしたんじゃないのかい?」
そう。そうなんだ。それについては忘れているつもりはない。常に心の中にそのことはあったし澪についての心配は絶えない。だが―――
「その通りには違いなんだがな。でもな、何故か……不思議とルナリアが一緒にいることでこの状況への不安はもうないんだ。まるで焦る必要がないと分かりきってるかのように……どうしてなんだろうな?」
「……ふむ。そこまで信用して貰ってるからには、ボクも頑張らねばならないね」
確かにルナリアのことは信頼している。ただこの場面では俺の言いたいこととは少し違う感じに納得してしまっていることは否めない。数瞬考えた後、この疑問は恐らく俺にしか感じようもないので、ここらで一度心の奥にしまっておくことを決定させた。そうでもしないと、俺の意識がそちらにリソースを割いてしまいそうで困る。
だがそんな俺の心配をかき消すかのように、ルナリアは俺の言葉を聞いて自信ありげに笑うと、ふわりと舞って行く先は鍵のかかったこの宝物庫と思われる部屋の大きな扉の前。
そこにその小さな手を触れる。
俺も追うようにしてついて行っているため彼女の背中しか見えないが、それにしても俺が彼女のその行動を理解することは何一つできそうになかった。
俺が彼女に追いつき、その隣に位置すると、彼女は突然何かを思い出したかのように「あっ」と小さく声をあげる。
「ん、どした?」
「そういえば重要なことをしていなかったことを思い出してね。ヒロヤ、このボクが見えるということは少なくとも
妖精眼?…………あぁ、なんか聞いたことある言葉だなと思ったら昨日クアドラが言ってたやつか。
「
「神霊眼?……聞いたことはない……が、ボクが見えるということはまぁ構わないだろう。ヒロヤ、一度ステータスを開いて職業の変更をお願いしたい」
それに俺は「了解」と答え、一度自分のステータスウィンドウを開き、以前したように自分の職業欄―――
すると俺の前に数多もの職業が書かれたウィンドウが音も無く展開される。
「一応開けたが……職業の変更と言っても何選ぶんだ?」
「フェリオス……は違った。一次職は確か……そうだ……!『精霊術師』というやつだ。それを選んでくれ」
「オッケ」
精霊術師、ね。いかにもその通りじゃないか。ルナリアが最初に言った『フェリオス』という単語も気になるっちゃ気になるが、そんなことにいちいち引っかかってたら何も進まん。
「精霊術師……精霊術師……いや多いな。それに文字もちっせ……!」
ここで一番の難点はやはり職業欄にある職名の大きさがとても小さいこと。……神様アプデ待ってます。
そこで苦戦すること十秒。思いの外早く見つかった。
「お、あったあった。これを長押しすると……」
出てくるのは職業の解説。
そこにはこう書かれていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『精霊術師』 《1次職》
効果:精霊との親密度の上昇
必要スキル:なし
必要ステータス:なし
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……あれ?こんだけ……か。
「取り敢えずこれ選べばいいのか?」
その職業のあまりの……良く言えばシンプル。悪い言い方をするなら効果がこれっぽっちの弱い職業。
そんな俺の不安がにじみ出たような発言から察したのか、
「あぁ。取り敢えずそれを選んで」
その言葉を強調し、ニコリと微笑んで答える。
まだ不安は拭いきれないが、言われたとおりに行動をする。
一瞬、この数カ月間そこそこお世話になってきた『観測者』が頭によぎる。……が。
「(悪いが俺は特にこういう時の取捨選択に遠慮はないんだ。俺に惜しいと思わせるんならあと三年はお世話にならねぇとな)」
こういう人間なので、仕方ない。
だが、そんな心の中の『観測者』はその言葉を聞いてすすり泣いてしまっている!どうする!?
「(泣いてるところ悪いが……さようなら、と。またいつか会えると良いね)」
そんな心持ちの俺は一切の迷いのない動作で、精霊術師の説明があるウィンドウの『精霊術師』に一度触れ、『Yes』と『No』の選択肢が出る時でさえ、逡巡もクソもなく俺は『Yes』を選択した。無情だね(他人事)。
ただその後、全ての事件が終わったのちに浩哉は気づいた。
―――そう言えばあの職業レベル1じゃないと取得出来ないんじゃなかったっけ?
「……んー……体感特に変化はない?」
「……大体の職業は能力値になんかしらの補正が付くものなんだけど……ヒロヤ、キミはいったいどんな職業だったんだい?」
「レベル上げがクソ面倒なことになるどちらかと言ったらデメリットの方が大きい職」
「ホントにどうしてその職を選んでた?」
今更思い返してみてもどうして俺は職業を変更しなかったのだろう?戦闘での経験を積めば積むほどなんか別の方に盗られるし、結局その理解度っていうのもあのメタルスライムでしかほぼマックスまで行かなかったし。というかそれほど長引く戦闘をする前に俺逃げるしなぁ。
……とことん俺と相性の悪い職業だった。誰だよ俺に合ってるとか言ったやつ。
……俺だな。
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