第43話 宰相
「ま、それは良いとして次だ次。テンポよくいくぞ」
忘れちゃいけねぇが、現在進行系で結構切迫してる場面なのだ。
澪が死にそうになっているところで華麗に―――とかはいらんのよ。そんなギリギリの場面で間に合わせるのは主人公の特権なんだから。どっちかっつったら一歩間違えたらこの場面、主人公の敵の過去で「この事件をキッカケに、彼は人を恨むようになったのだ」とかいう説明が入っちゃうやつ。
「それもそうだね。それじゃあ次は……と言っても特に難しいことはない。単にボクとキミが干渉し合えば良いのさ」
「ふぅん。んで、それで結局どうなんだよ」
「ふふ、それはお楽しみさ。と言っても、大体こうなるという予想はついてるけど正確にはボクにも把握は出来ないんだよね」
答えを知っているのに教えないあたり、中々に意地悪な正確とみた。見た目がオネエサンなのにその性格は……ギャップがあってイイですネ……!
「それじゃあ……はい」
「お、握手の構え」
「さっき握手しそびれたからね。あぁ、できれば人差し指じゃなくて手のひらで頼むよ」
「なんだそのこだわりは」
少々呆れを含ませた苦笑いを浮かべながら、ちょうど俺の顔の高さにいるルナリアに右の手を差し出す。
「これからも末永くよろしくね、ヒロヤ」
「……あぁ」
……末永く、ね。
「……契約ってか?」
「いんや、末永くって言ったでしょ?キミも男だし……結婚?」
「なんでそれが一番に例として出たのかは度し難いが……ま、それなら俺らは愛し合うことが前提条件になるな」
『汝、妻を一生を愛することを誓いますか?』結婚式の際、神父が新郎新婦にそう告げるが、そこで「はい」と言って一生を愛した夫婦が本当にいるのかね?
「だったら……こっちの方が雰囲気的に合っているかな?」
そんなことを考えていたら、その言葉の意味を理解するのにワンテンポ遅れてしまった。いや、理解できていても、俺は多分だが納得はできなかった。
ルナリアが俺の口元に近づき―――
「似合っていますよ、ミオ」
「そう?こんな服着たのは初めてだけど……」
エルリアの部屋兼これからの授与式に向けての準備室で、白を基調とした服を纏った澪はむず痒そうな表情を浮かべながら姿見に映った自分の姿を観察する。
それを側から見ていたエルリアは、小さく微笑を浮かべた。
「ふふ、澪も最初に比べて随分表情のレパートリーが増えましたね」
「そう?」
「えぇ。この村に来た頃はずっと無表情で子供たちからも気味悪がられていましたし」
「え……!?なにそれ、初耳」
「私も実は最初は結構怖い人なのではとずっと思ってましたし」
「……そんな変わったかな」
小さな声で呟くと、姿見の自分を睨みつけ始める。そこに映っているのは、一年前―――この村に来たばかりの自分と比べて少し変わった自分。正確には、一年という時間を経てちょっと大人になった姿。
「……でも、こうしてみると、自分でも結構変わったのは分かるかも。髪も結構伸びたし。身長もちょっと伸びた」
だが……。そう思ってフォーカスを鏡に映った自分から、そのすぐ後ろですでにドレスアップを済ませて澪の様子をニコニコしながら見守っているエルリアに変える。詳しく言えば、エルリアのある一点に。
「……?どうしましたか?」
「いや……」
それだけを言うと、今度はその視線を自分の足元に―――
「(胸は……うん、ちょっと大きくなったかな?)」
今はまだ自分の中で納得はいってないが、いつかは浩哉に見せても恥ずかしくないくらいに大きくなってほしいものだ。
「ねぇエルリア、どうやったらおっぱいって大きくなるのかな」
「え!?え……とそれは私に聞かれても……」
「だってエルリアおっぱいおっきいじゃん」
「わ、私はそれくらいの大きさの方が好きです……よ?ほら!戦う時もそんなに大きかったら邪魔じゃないですか……!私も胸当てがないと弓もまともに引けないですし……」
「……エルリア、それ遠慮に見せかけた自慢」
「うっ……うぅ……」
私のその一言で顔を赤くしながら俯いてしまう。
まくしたてるようにして弁明はしたが、実はそれが無自覚に周りの人間を傷つけているというのはないことでもない。私もこの村に来て人付き合いという面でそれはそれは苦労した。その結果『遠慮』というものは覚え、村の人たちに受け入れられるようになったのは良いことだが、それと同時に息苦しさも感じるのも事実。
「浩哉といた時はこんなこともなかったのにな」
腰に引っ提げた一本の刀に右手を触れさせる。
今、この場にいない私の数少ない友人の一人に思いを馳せる。
「どこにいるのでしょうね、ヒロヤ様は」
「この刀が届いたってことは恐らく浩哉もこの世界に来ているということ。つまり生きている。それが分かっただけでも私は満足だし……それに、この刀をピンポイントで私の下に届いたのは少なからず私の位置も把握できているということに他ならない。多分、ここで待ってればいつかは浩哉もやってくる」
「……来ない、ということは思わないのですか?」
「それは愚問。浩哉は私のことが大好きだからね。浩哉のことをよく見てたら分かるけど、浩哉は一度できた友達を裏切るなんてことは絶対にしない。死んでもしない」
かくいう私も、浩哉を裏切るなんて真似は絶対にしない。それほどまでに、私たちの間には絶対的な信頼関係が構築されている。
「それはまた……羨ましいですね。私にもそういう友人が一人は欲しいものです」
「……?何言ってるの、エルリア。既にいるじゃん」
「え……?」
私がそう言っても、本気で分かっていないような表情を浮かべている。
そんなエルリアに、私は大きくため息をついて、
「はぁ……こんな私たちは長い付き合いなのに友達とすら認識されていなかったなんて。友達と思っていたのは私だけだったのか……」
「え!い、いや、そんなつもりは……!」
「ほんとにないって言える?」
「そ、れは……」
それ以降の言葉が続くことはなく、なんとも気まずそうな表情になる。
流石に一年以上も一緒に過ごしてきたら、隣にいる人がどんな性格でどんな人間なのかを理解するのはこんな私でも簡単だ。だからエルリアがどんな気持ちでいるのかも、言葉にできなくともちゃんと伝わっている。
でも、それ以上に……。
「友達の一方通行は悲しいよ」
「…………わ、私は……!」
ただそこで、エルリアの言わんとしていることは突然聞こえてきた扉をノックする音によって遮られる。
「……私です。少しばかりよろしいでしょうか」
遮った人物は、声から察するにこの村の宰相に位置している実質的な村のナンバー2と言える『ゲルダ=シス』だ。
「ゲルダですか。どうしたのですか?」
「いえ、今回はミオ様に用がありまして。……ミオ様、よろしいですか?」
「……分かった」
扉の外にいるゲルダにも聞こえる程度の声量で返事をし、身体の向きを扉の方に向け歩き出す。だがそのまま扉に向かうのではなく、その椅子に腰掛けているエルリアの隣を通り過ぎようとしたところで、澪の足はピタリと止まった。
「答えは急がなくてもいいよ。……でも、私はずっとこの村に居続けるつもりはないから」
それだけを言って澪はまた歩き出した。
さっきも言った通り、この一年の付き合いを経てエルリアの大体のことは熟知しているつもりでいる。だから彼女に何が足りなくて、今何が必要なのかも分かる。
今彼女に足りないのが「誰かに頼る」ということだ。周りを信じれない環境で育ってきたせいか、それに彼女自身大抵のことはやればできる子なので、誰かに頼ることがうまくできていない。
そのためには、自分の主張を誰かに伝えるというのが第一歩として大事になってくる。もちろん、私だってこんな答えを強要するような真似はしたくない。できればずっと待ってる。……でも、それは叶わないこと。
エルリアから呼ばれた理由がもう解決された今、この場に留まっているのはあまり吉ではない。その最大の理由が……
「遅くなってごめん」
「いえ、もうすぐ授与式だというのにこちらが呼び出してしまったんですから。気にしないでください」
この男。ゲルダ=シア。
人間が憎くて憎くて仕方ない、人間種を絶滅させることが生きている理由みたいな復讐心の塊。
今でも忘れられない。ふとした瞬間に垣間見えてしまったこの男の憎悪の大きさには今でもすこしたじろいでしまうほどだ。
「それで……どんな用事?こんな大事な時に呼び出すほどの大事な用?」
「……えぇ。これはミオ様にしか頼めないことです」
憎き相手からこんな態度で接しられておくびにも表情に出ないその精神力には驚きしかないが、よくよく見たらオールバックにした髪の境目に、青筋が見えるのが伺える。
視線を巧みに動かしてあまり注視していることを悟られないようにしていると、ゲルダがさっさと本題を切り出してくる。
「実は……村の近くに正体不明の魔物が観測されました。数は一体ですがどの記録にもない、それこそ見たことのない魔物なのです」
「それを単独で倒してこいって?村の狩人たちはどうしたの?」
「それは……恥ずかしながら皆酒を飲んで動けない状態でして……。そのため頼れるミオ様を、と」
そんな情報を聞かされ、思わずため息が出る。
類を見ない出来事が起きて、その祝い事をしていると言えど……そこは怠っちゃだめでしょ。
心の中で大きなため息をつきながら呆れていると、目の前にいたゲルダが突然大きく頭を下げてきた。
「本当に申し訳ありません。不徳の致すところでございます」
「……分かったから頭を上げて。国の宰相がそんなホイホイ頭を下げては駄目でしょう」
「村を守ってくれるのなら、こんな頭を下げるなんて安いものです」
「(とは言っているものの……)」
実際どうなんだか。
こんな人間嫌いが人間に対して安々と頭を下げる?いや、ない。それこそ頭を下げるだけの私をそこの魔物に向かわせるだけの価値があるのか。そんな可能性があるから、私はその宰相の命令に従う義理も責任もない。でも、もしかしたらの可能性も逆を言ってしまえばあるということ。折角守ったこの村が、そんな魔物一匹で崩されるのなら、それこそ夢見が悪くなってしまう。だがここでイエスと言えば罠にハマりに行くようなもの……。
そうして、短い逡巡の中で澪の導き出した答えは。
「はぁ……分かった。その魔物の観測された場所ってどこ?」
「……っ!ありがとうございます!」
そう感謝の言葉を述べ、勢いよく上げた顔には少しばかりだが涙が浮かんでいるようにも見えた。
この宰相の復讐心を知っていなかったら、絶対に騙されていたであろう演技。冗談抜きで主演男優賞狙えそう。
そうして私は魔物が観測された場所が示された地図を手に持ち、王宮を出る。
この先に待ち受けている存在も知らずに―――
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