第44話 思い浮かんだのは

私がその宰相と初めて出会ったのは、この村に来て結構遅くではあったと思う。

今考えれば、それは宰相が私と会いたくないがために私との衝突を避けていたのだと理解できる。

出会った時の、私の中の宰相への印象は、率直に言えば『胡散臭いジジイ』。作り笑いが絶えず、いつもこちらに向ける表情は本来のものに笑顔を覆ったような偽物。

ただそれはだけであって、王様や他の……それこそ王宮の門番には仮面を外し、嘘偽りのない彼本来の笑顔を見せていた。

以前はあまり人の顔なんて見る癖はなかったのだが、それこそ浩哉の癖がこちらにも移ったということなのか。普段浩哉はこちらの顔をよく見るから、こちらもよく浩哉の顔を見ていたのがきっと原因だろう。ただそれのお陰で宰相の見える裏の顔がすんなりと自分の中で納得できるのだから、また一つ、浩哉に感謝しなければいけないことが増えた。


「会いたいな、早く」


そんな正直な気持ちを恥ずかしがることもなく真顔で澪は呟く。

今澪がいるのは古代聖エルフ種族があつまる村の郊外、その森の一角。宰相から渡された地図を片手に、軽快な動きで木の枝を次から次に飛び乗って移動していく。


移動しながら、周りの森の様子を確認する。


「(残党オークの姿はなし。頭を倒したことで残った部下は散り散りにこの森を出ていったのかな)」


私たちがこの村に招待された最大の理由。

それはこの森―――レイディアの森の最大勢力だったオークの国を滅ぼすことであった。

この世界のオークも、私たちの世界のオークとそれほど認識の違いはない。なんなら洞窟を潜る前に浩哉と一緒に川で倒したオーク。それが住民となり国を形成しているようなものだ。

知能は猿程度、つまり人間で言うと三歳児程度で、食欲、睡眠欲、性欲を兼ね備えた知的生命体。見た目は豚のような顔をしており、そこは我々の思うオークと同じだが、最初に見てびっくりしたのが、体型も個体差があることだ。

最初見たオークのようにだらしない体つきの、「ありがち」なオークもいれば、筋骨隆々でムキムキなやつもいるし、身長だって高いのもいれば低いのもいる。

要するに人間とあまり違いはなかったと言える。

オークの総数だって、流石の生殖能力と言えるくらいには多かったし、大体だけど十万以上はいるのではないかと予想されていた。

今思い返してみても、オークにそれほどの知能が備わっていなかったことがこちらの一番の勝因だと言えよう。


「(オークの王を倒したら、その瞬間他のオークもみんな逃げていったし。それほどあの王のカリスマ性が高かったのか、それとも……)」


直接にとどめを刺し、オークの王と最も近づけた私だからこそ、あの目は並大抵のものではない。なんなら並の人間よりも聡明に感じた。


きっと……この刀が空から降ってきていなかったら、私はあの時死んでいただろう。


「ん……そろそろかな」


少しだけ視界が開けてくる。

密集した木と木の間に比較的小さな湖が現れる。いや、規模から考えて泉と言う方が正しいだろう。


澪はその泉が完全に視野に収まるその一歩手前の枝で止まる。

そう言えばまだ先日レベルアップした際に手に入れたステータスポイントの割り振りが済んでいないことを思い出したからだ。戦闘前だし、ついでにという感じでステータスを展開する。


 ―――――――――――――――

小暮こぐれ みお Lv.138《2.1%》


職業 《魔刀師》


HP:170/170 MP:793/793

STR:4954+4263

VIT :394+261

DEX:1531

AGI :2971+2523(+50)

INT :431


ステータスポイント:138


《パッシブスキル》

・身体強化 Lv.87

・魔力操作 Lv.15

・魔刀術 Lv.4

・霊風の加護 Lv.2


《アクティブスキル》

・弱点看破 Lv.23

・明鏡止水 Lv.Max

一閃断波ディスティネーション Lv.Max

・ゼファール式抜刀術 Lv.4

・空間把握 Lv.9


《称号》

・古代聖エルフ種族の信頼を得し者

・オークスレイヤー


 ―――――――――――――――


「……なんか色々増えてる」


主に称号の面で、だ。

一度ステータスから視線を外し、例の泉の方角に目を向ける。

目的の魔物は……まだ姿を現す気配もない。

恐らくすぐには来ることもないだろう。そう結論づけた澪は、意識をステータスの方に向けるために枝の上で腰を下ろし、足を放り出す。


そして今度はその追加された称号の詳細を確認しようと、心の中で念じて確認しようとした。……だが。


「(やっぱり、見れない)」


称号だけではない。

不思議なことに、その機能がこちらでは使えないのだ。

だが、それ以外にも何かこのステータスで使えなくなったものがあるかと言われたらそんなこともない。

ステータスポイントの割り振りだってできるし、一度試したが職業の変更だって可能だ。

これがなんらかの不具合によるものなのか。初めの方はそう思ったが、どうやら違うらしく、この世界の……というか村のエルフの人たちは、最初からスキルや称号の詳細なんて見ることはできていない。


ではどうやってその効果を知るのか。

……シンプルにトライアルアンドエラーらしい。


ただ、この機能が制限されているこの世界、もっとも困るのがアクティブスキルの使用MPの不可視だ。

折角スキルを持っているのに、上限が低いせいでそもそもスキルが使えない。新しくスキルを得たとしてもMPが足りないせいで使えない。

そんなことが固有スキルでは知ることすらできないのは中々にハードモードだ。


この魔刀師という職業だって、刀に深く精通しているゼファールさんがいなかったら最大限使いこなすことすらできなかった。


ゲームはあまり攻略情報は見ずに自力で攻略派だが、こういう場面ではやはり攻略本は欲しくなる。


「はぁ……久しぶりにゲームしたいなぁ。一年も経ってるんだし、現実に戻ったらテレビゲームもできるようになってないかな」


実はこの澪、中々のゲーム好き。年末年始親戚が集まり行われるゲーム大会では一度も負けたことのないツワモノ。そのせいで殿堂入りし、親戚内でチャンピョン的なポジションにいたのは、澪のちっちゃな勲章である。


「……来た」


今まで感じたことのない異質な気配を察知し、己の中の警戒レベルを一気にマックスまで引き上げる。

静かな森の鳥の声しか聞こえない森の中で、水を掻き分ける音が何よりも異常に感じられた。

姿を隠した状態で、顔だけをほんの少し出し敵の姿を視認する。


見えたのは、黒いモヤで包まれた正体不明の人形の魔物。いや、あれは魔物なのか?そう印象付ける、禍々しいとも言えない……強いて言うなら、それは『無』。存在のないなにかが実体を得たような、この世界のものではないものがそこにいた。


「(……どうしよう、あれ)」


見た目だけの情報だけでは勝てるか勝てないかの判断もできない。

だが、私の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。


あれは勝てない、早く逃げろ、と。


「(とにかく、帰って報告を……!)」


逃げることは恥ではない。死んでしまうことの方が恥。そうエスカから耳にタコができるほど聞かされた私は、それ以上考えることもなく、その魔物とは真逆の方向に身体を向けて―――



そうして一目散に逃げようとしたその刹那、腹部に何か熱っぽいものを感じた。

そのぽっと浮かんできた疑問を解決するために顔を下に向けた私の目に映ったものは……



「…………え」


腹部に深々と突き刺さった矢だった。

数瞬遅れて、痛みが体中を駆け巡る。


「……っ!ってやばっ……」


その痛みに一瞬でも気を取られてしまったせいで、枝から枝に飛び乗ろうと準備していた私の身体は力が一瞬にして抜けてしまい、その結果枝から落ちてしまう。

なんとか空中で体勢は整え、頭から落ちるようなことだけは免れたが……。


「そう……っだよね」


なるべく泉から遠くで観察はしていたが、流石にこの落下音を聞き取れないほど聴覚は悪くないらしく、木々の幹を縫って見えるその泉にいた魔物は明らかにこちらを認識していた。

早く逃げろと本能は叫ぶ。だが今の着地の衝撃で傷口がひどく痛み、まともに体が動きそうにない。敵の攻撃を避け続け、あまりVIT防御力を伸ばしていなかった影響がここで来たか。


それに何より、この矢。そして落ちる瞬間に見えてしまったこの矢を放った主。


「(緑色の装束で顔や体も見えなかったけど……あの矢を放った後も弓をずっと構えてるあの癖。ゲルダの側近のエルフ……か)」


つまり私を生きて村に帰す気はさらさらなかった。ここで村に戻れたとしても果たして私は生きていれるのか。

そんなことを考えていると突然体中に、今までの痛み以上の痛みが絶え間なく湧いて出てくる。その痛みに耐えきれず、澪はその場に倒れ込んだ。


「(ぐっ……!は……しかもご丁寧に毒まで……。……《明鏡止水》」


スキルを発動させる。その瞬間、さっきまでの痛みが嘘のように消えてなくなった。


状態異常回復スキル。《明鏡止水》。身体が異常と認識した全ての症状を一気に回復させるスキル。ただし、消費MPは500のため、そうポンポンと使えるものでもない。

つまり、この場に於いてはただの足掻きにしか過ぎない。


「……っづ……!はぁ……はぁ……」


考えている通りに動かない身体に必死に鞭打って立ち上がろうとする。ただ思ったより自分のHPが削られてしまっているせいか、途中で全身の力が抜けてまた倒れ込んでしまう。


「はぁ……こんなことなら……もっとHPも、上げておけばよかった。はぁ……あのゲームの最新作やりたかった」


過去の自分に後悔しながらも呟くのは嘘偽りのない今の率直な想い。そうしていると、ふと頭上に思い浮かぶのは浩哉の呆れるような顔。


「こんな死に際なのに思うことがそれかよ。なんかもっとないの?一年間村で過ごしてきた思い出とかさぁ」

「ん……思わないかな。思うとしたら、こうやって……浩哉の……」


浩哉の…………………………浩哉……浩哉?


「浩哉?」

「おう」

「…………幻聴?」

「違う。ま、取り敢えず寝てろ。意識ある状態で運んだら多分それめちゃくちゃ痛いだろうし。と、言うわけでルナリアよろしく」

「え、ちょっと―――」


待って。そんな言葉すらも待ってくれずに、私の意識は浩哉の言葉を最後に段々と歪んでいく。これが死に際で生み出した幻聴なら、幻と言えども浩哉ともっと話したかった。

だが、そんな死にかけの人間の想いも神様には伝わることはなく、現実は容赦なく叩き落とすのだった。











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