レベル弱者、実は結構最強寄り―――死にたくないので逃げるために素早さ極振りを敢行する―――

桜庭古達

第一章 親友に出会うまでの長い道のり

第一章第一節

第1話 生きたがりの俺は―――


「ん〜〜〜?」


とある日の土曜日。

前日夜更かしし過ぎて時計の針が頂点で重なり合う頃に目が覚めた俺は、ほぼ無意識で付けたテレビのお昼のニュースでこの時間帯なら普段ならいつもやっているコーナーがやっていないことにまず違和感を覚えた。


「なんだ?……地震か?いやでもそんな気配全然なかったし……」


寝起きでまだ頭が働いていない俺はテレビの音は聞こえているものの、どんな内容をアナウンサーの人が話しているのかは全く理解ができなかった。


「取り敢えず顔でも洗うか」


分からないものは分からないので、兎に角この止まった脳でも遂行できるいつものルーティンを行う。


顔を洗って、歯を磨いて、パジャマから部屋着に着替えて。


そうやっているうちに段々と思考能力も目覚め始める。


「そういや、さっきのニュースはなんだったんだろ」


一人暮らしの身として、お金は持ち合わせているものの余計な出費は避けたいため、電子機器、例えばテレビなんかを見てもいないのにつけっぱなしなんて蛮行は勿論しない。

だからテレビの設置してあるリビングに戻ってもそのニュースを聞くことはなかった。だからまず最初にその異変に気づいたのは、テレビを見てではなく、自分の持っているスマホを確認したらだった。


「えーっと、ってなんだこの着信の量は。かいが夜中にスタ連でもしたのか?」


スタ連。正式名称スタンプ連打。某連絡アプリで行える迷惑行為のことで、余程仲の良い友達じゃないと即刻ブロック案件なので良い子の皆は絶対にやらないようにしよう。


「ってそんなことはどうでもよくて、ってあれ……スタ連じゃない……。『ようやくレベル5までアップしたぜ!』?なんだこれ、ゲームの話か?」


疑問に思い、素直にこちらも返信をする。


『おい、突然なんの話だ』

『急に俺の知らないゲームの話し始めるんじゃないよ』


なんのゲームやってるんだ俺も混ぜろ、の『せ』に濁点をつけようとしていたところで、既読がつく。

だが返ってきた返事は思いもよらないものだった。


『浩哉お前生きてたのか!!?』


「……はぁ?」


唐突な生存確認。

その異常な字面に困惑していると、櫂から電話がかかってきた。


顔を顰めながらも、俺はその電話に応じる。


「おい突然なんだ。生きてるに決まってるだろ。今日はたまたま昨日夜更かししてて起きるのが遅くなっただけだ」

『……本物の浩哉だ』


その声を皮切りに、向こうから鼻をすするようなズビズビした音が継続的に聞こえてくる。


「お前まさか泣いてるのか?なんだ俺が死ぬ夢でも見たか?」

『いやまさか……冗談だろ?』

「何がだ」

『浩哉まさかまだニュース見てないのか?』

「見てないぞ。寝起きだからな」


いつもの学校で話しているようなノリでこちらは会話しているつもりだが、何か噛み合ってないような気がしてならない。


「取り敢えず……ニュース見れば良いのか?」

『あ、あぁ、そうしてくれ』


何が何もか分からないでいる俺は取り敢えずニュースを見るという選択をとる。スマホは切らずにスピーカーにして机の上に置き、寝ぼけた状態でソファの上に放ったリモコンを再度手に収めてテレビをつける。


そこに映ったのは先程見たばかりのアナウンサーの人。

だが聞こえてきた内容は全くもって信じられないようなことだった。


『自衛隊は今日未明に突然現れた未確認生物を「ステータス」の情報を元に“魔物”と命名。現在特別注意報が発令された地域に関しては逃げ遅れた住民に関しては自宅待機を要請しているとのこと。これまでの情報から魔物の移動範囲については―――』


「えぇ……」


眉間にシワが寄ったまま、困惑の声が口から漏れ出る。


『分かったか浩哉。これが今現実で起きていることだ。試しに「ステータス」と言ってみろ』

「いやそれこそ……起きるわけ無いだろ!」

『いやいや、マジで一回騙されたと思って!』

「んなバカな。そんなゲームじゃあるまいし。……『ステータス』ってうわっ!!……マジで出た」


ダメ元で小さな声で呟いてみたが、それをキッカケにして半透明な横長の板が目の前に登場してくる。

それによって、今まで現実味のなかったテレビや櫂の言葉が一気に現実のものとして俺の今までの価値観を襲う。


「なん、だこれ?『スキル』、『能力値』、『HPヒットポイント』に『MPマジックポイント』。いや……ハハ……、は、なんだこれは……ホントにただのゲームじゃないか……」


ここまで非現実的なことが実際に起きてしまうと乾いた笑みしか出なくなる。否定しようがない。


「……『Lv.1 真部まなべ 浩哉ひろや』……お前がさっきここに書いてたレベル5になったってのはこれのことかよ……」

『そういうことだ。ようやく分かってくれたか?』

「あぁ、ここまできたら信じるなって言う方が無理な話だ。というか大抵こういう場合って通信網が詰まって連絡なんて通じないもんだと思ってたんだけど」

『まぁことが起きてから結構時間経ってるし……それに使う人が減ったせいでもあるんだろ』

「まさかそれって……」

『……まっ、ここからは口に出すことでもないわな』


確かに、その先は言わなくとも容易に言葉は想像できる。

思わず言葉に出そうとしたが、それを言ってしまうと既に直面していた現実に不安を抱いてしまいそうになるので、頭を振ってその考えを払い除ける。


「ここからどうするか」


そうしていると、今度はこれからのことについて不安を覚えてきた。


「なぁ、櫂。お前は今どこにいるんだ?」

『ん?あぁ今は家の近くのコンビニで昼飯食ってるところだ』

「……犯罪者」

『お前こんなときにそんなこと言うなよ!緊急時なんだからそれくらいは世間も許してくれるだろ』

「世間は許しても今どこかで怯えながら腹を空かせている子どもたちは多分恨むぞ」

『マジでやめてくれる!?』


話している内容はホントに現実にありそうなことであり不謹慎極まりないが、それでも「いつも通り」の会話の内容に使っているのだから悪く思わないでくれ。


「そうだなぁ。お前の近くのコンビニってあの公園の近くのやつか?」

『そうだが。……もしかして浩哉こっちに来る気か?』

「モチのロンだけど?」

『やめとけ!マジで魔物に襲われるぞ!俺が迎えに行ってやるからそこで待ってろ!』


と、言ってもねぇ?


そう思いながら俺は薄いカーテンを開いて、外の景色に目をやった。


「お前俺がどこに住んでると思ってんだ?結構な田舎だぞ」


見渡す限り緑一色である。

田んぼが見えて、畑も見えて、遠くの方には木々が生い茂っている完全なドの付くほどの田舎に俺は住んでいた。


『ぐっ……』


そのことを言うと、唸るような声がスマホの向こうから聞こえてくる。


「そっちにはお前の家族もいるし、なにより彼女がいる。お前がレベルを上げてる理由もその彼女を守るため―――とかカッコいいこと考えてんだろ」

『な!何故分かった!?』

「最近のお前の行動理念が奏音かのんちゃん寄りなんだよ。連日彼女自慢されてるこっちの身にもなってみろ?こっちの話し相手オジちゃんオバちゃんしかいねぇんだぞ!!」

『それもう百回聞いたわ!』


おっと危ない。あまりの理不尽さに心のうちに秘めていた本音が四十二回目の開放を果たしてしまった。精神を落ち着かせろ。一回深呼吸してー。


「ふ〜。こんなくだらない言い争いしてる場合じゃない。……でもまぁ、取り敢えず目標は定まったな」

『浩哉、本当に来る気なのか?』

「お前も俺のこと知ってるだろ?」


声に笑いを含ませながら、ドカッとソファに勢いよく座り込んで、言う。


「俺は生きたいんだよ。そのためにはレベルアップ必須。そしてこんなになってしまった世界で仲の良いやつとともに居るのはもっと必須。もともとこの死んだ父さんが持ってた田舎の別荘に越したのも長生きするためなんだぜ。そう考えると遠距離で勉強できる通信教育まじ様々だよな」

『はぁ……、長生きしたいがために極力人と関わらない。その悲しい生き方に俺はもうため息しか出ねぇよ』


呆れてろ、と吐き捨てるように言う。


『親友が心配してるのになんて言い草だよ……。ところで……お前ステータス構成は決めたのか?』

「ん。当たり前よ。というかいつも通りにしようかと思ってる」

『いつも通りぃだぁ?お前それこそ冗談言ってるようにしか……って。……なんだかこの時点でお前の真意が分かってしまう辺り俺も結構その思考に影響されてきてんだなって思うわ。最近漫画読んでて自己犠牲精神のキャラがどんだけビジュアル好みでも好きになれねぇんだもん』

「ハハッ!良いことだろ。自己犠牲しない精神を友が持ち合わせていて俺は嬉しいよ!」


親友の言葉に心の底から笑いが漏れる。


『なんだかこの思考、奏音が目の前でピンチになって「俺はここが食い止める、お前らは先に行け!」的なことがもしもの場面で出来なさそうだし』

「ハッ!それについては簡単な話よ。そんなことが起きてもいいくらいに自分が強くなれば自己犠牲もクソもない」

『……だな』

「この場面に、言葉をつけるとしたら『この言葉を聞いて櫂は一層強くなろうという思いが強まった。……そう、愛する彼女を守るために』……かな?」

『最後の最後まで茶化すなよ!!』


その怒りの言葉を最後に、彼からの電話は切れた。


「……ありがとな。お陰で心に余裕ができた」


伝わらない、伝えるつもりもない感謝の言葉を黒く染まった画面に投げかける。

口ではこう言っているものの、俺はもう見えて結構ビビリなのだ。ビビリが故に、櫂や奏音以外の関わりを持とうともしない。その関係を失うのが怖いから。


今のこの状況だって実は十分ビビリ散らかしている。

だって外に出たら自分の命を脅かし得る魔物が蔓延っているのだ。ビビらない訳がないだろう。……櫂も、きっとそのことは分かっている。


だからこそ言ったのだろう。


マジで来るのか?と。

お前の命を脅かす恐ろしい魔物が当たり前のようにいるこっちに来るのか?と。


「上等だよ」


こちらも決意を固める。

俺は、生きる。


長生きして親の遺言を完遂させる。


そのためには……


「レベルアップ。そして伸ばすステータスは」


その項目に目を向ける。

そこに映っているのは、大文字の英語で書かれた『AGIアジリティー』の三字。


「俺は強くなるために戦うんじゃない。生きるために戦うんだ。だから伸ばすべき項目はコレ一択。もう倒せるかどうかは二の次」


勝てなかった場合。

普段のゲームなら蘇生、もしくは逃亡。


しかしその二つの選択肢は現実世界に於いてほぼ叶わないと言って良い。

勝つか負けるか。生きるか死ぬか。


まずは『生きるか死ぬか』を生きる一色に変えようか。





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