第18話 米が欲しい……!
河原から少し離れた森の中でパチパチと小気味よいリズムで乾いた音が辺りを木霊する。
さて、今晩の夕食はちょうどいいタイミングで現れた豚の形相をした肥満体型の人形の魔物―――恐らくオークと思われる―――のバラ肉と、その辺から千切った野草を焼肉のタレで和えたものに、いつかの町で手に入れた乾パン。
因みにだが、この料理の過程の殆どで《予測補助》を利用している。火をつけるのだって、普段なら焚き火すら作ったことのない俺でも、枝に含まれる水分量や最高効率の動きだったりを予測し、直感も含めた五感をフルに使った結果、火が出来るのに一分もかからないのは便利としか言いようがない。
こんなことにも使える《予測補助》を便利の一言で片付けて良いものなのか、最近分からなくなりつつあるが……まぁ使えるものは使おう精神の俺にはそれほど問題にならない。
最近はスキルを長時間使わなければ脳にダメージが届くこともないということが判明したので、前よりも利用頻度は格段に上がった。
……さて、そんなことよりも今は澪が俺の作った料理を見てしかめっ面をしていることのほうが問題だ。
「……どうしたよ。食う側が作った料理に文句を言うなよ」
「いや、……うん。文句はない。いつも通り美味しそうだし、やっぱりオークの肉は現実でも美味しそうなんだなって思うだけ。……でも……」
そこで言葉を切り、ガックシと項垂れるように顔を下に向けた。
そして次の言葉を聞いた瞬間、俺ですら「あ……」という声を漏らしてしまった。
その言葉とは―――
「米が欲しい……!」
どれだけ復讐心を抱こうと―――まぁ最近は特にその傾向も薄れているが―――、どれだけ顔に出る表情が希薄だろうと、その想いだけは日本人としての血か、声に悔しさを滲ませてまで言う事らしい。
「米……米かぁ……」
「あの……その『米』ってなんですか?」
唐突に俺の中で姿を強調し始めた米の存在に、腕を組んで想いを馳せていると、不意に別方向から声が飛んできた。
「米というのは食材の一種と捉えてもよろしいのですか?」
という米も知らないこの人はさっき川で水浴びをしていたらしい美少女エルフさん。
名をエルリア=サルクス=フィオ=デラ……でら…………まぁ兎に角そんな長い名前で正確なヤツはもう記憶の彼方に飛んでった。
ただファーストネームは一番最初のエルリアらしいので、俺らもエルリアと呼ばしてもらってる。ただこんなにも名前が長いのも勿論理由があるらしく、彼女曰く、
『私は「古代聖エルフ種族」の王族で習わしとして第一王女の名前は歴代の皇帝の名前を冠するんです。理由は分からないですけどね』
だそうだ。
「食材……まぁ食材と言えば食材だな。いや食材か?ま、パンと同じくくりとして考えろ」
「……?」
俺の言葉に想像がつかなかったのか、わかりやすく顔をしかめてみせる。
わかりやすく言ったつもりが、余計に混乱させてしまったようだ。
「まぁ米自体は今の時代パックご飯というものがあるからそれほど困るようなものでもないけど……つかそもそもとしてあの非常食の代表みたいなやつが店に残ってるかどうかが問題になってくるんだよなぁ。俺も実は前探してみたけど全部取られてたし」
「うそ……」
その現実を突きつけるような言葉を聞いて嘘みたいに肩を落とす澪。
「……そんなに米食いたかったのかよ」
「いやだって……こんな米が進むようなオカズが目の前にあって日本人として米を欲しがらないほうがおかしいでしょ」
「言わんとすることはわからんでもない」
確かに米を求める心には全面的に同意する。
だがそこまで項垂れるか?とは思うが……。
そんな澪の知られざる一面が発揮されている最中、今までの会話についてこれなかったエルリアが、なんとなく申し訳なさげにそ~っと手を上げて、
「あのー、そろそろ食べませんか?」
と。
「(……それもそうだ。飯を前にして俺らは一体なにをしていたのだろう)」
そう思った俺は澪に向き直って声をかけようとしたその時、
キュー、という可愛らしい音がエルリアのお腹から聞こえてきた。
「「「…………」」」
しばし流れる気まずい沈黙。
まぁ、なんだ……やっぱ美少女のお腹は音もかわいいんだな。
「…………そ、そうだな。パックご飯は次町が見えたら探してやるから。ほれ、今は乾パンで我慢しろ」
「……うん」
「……!」
俺はまるで何事もなかったかのようにエルリアの意見に賛同するようにして会話を継続させる。澪の方もそのお腹の音を聞いたら流石に米を議論する気も起きなくなったのか、素直にご飯を食べ始めた。
……うん、肉が美味い。焼肉のタレは様々だな。
エルフの王族としてなんたることか。しかも目の前のヒロヤとミオという名の人間で失態を見せてしまったのにも関わらず、まるでそれをなかったことのように扱ってくれた。
エルフに対して人間が優しい世界。
……やはりここは私らの世界とは違う世界なのか。
そう思ったところで、思わず頬が緩む。
「(人間の態度が私らエルフに優しいというだけで世界そのものすら違うと感じてしまうのだから、本来我々が住んでいた世界の人間がどれだけエルフに対して酷い扱いをしていたのかがよく分かりますね)」
「……どうしたの?エルリア。不味かった?」
「おい、作った人間を前にしてよくもまぁそんなこと言えるな」
「い、いえ!むしろ初めて食べた味でとても美味しいです」
これは本当のことだ。
最初はエルフと明確に敵対している魔物の一つであるオーク種の肉を食べるのにかなりの抵抗があったが、ここまで形が違っていれば嫌悪感も抱かないし、なによりこの一緒に添えられている野草がいい味を出している。
オーク。
それは私たちのエルフの他、知能を持つ全ての生物の天敵の一種であり、人間よりも遥かに体躯が大きく、コミュニティを発展させるだけの少ない知能も持ち合わせている。……私の少なくとも私の世界のオークはそんな認識だった。
薄く切られたオークの肉が乗ったお皿を膝の上に置いたまま後ろを振り返ってみる。すると……
そこには全長4メートルはあるであろう身体に少しの傷もないオーク死体が首を切られた状態で転がっていた。
それを見てゴクリと喉を鳴らす。
それと同時に身震いすら覚えた。
「(やっぱり、彼らは私たちの世界の人間とは違う……こんな力は持ち合わせていない)」
何か、この世界の人類に『ステータス』以上の何か特別な秘密でもあるのだろうか。それともただ単に彼らがこの世界における人間の上澄みにあたるのか。
先程の光景は今でも鮮明に思い出せる。
「お、ちょうどいい食材みっけ。ほれ、澪、刀だぞ……ってなんでまだ服着てないんだよ。先行くぞ」
まず最初にオークを見つけたのはヒロヤだった。
オークは群れで生活する生き物で、単独で行動することは少ない。だが、一匹と言えどもそれは4メートルほどの身長を持ち、体重は言わずもがな。しかもその個体は手に棍棒というれっきとした『武器』を持ち合わせていた。
本来なら、見つけた時点で即刻逃げ出して国に報告して、ちゃんとした調査を行い周りに群れが存在していないことを確認してから騎士団を派遣したり、冒険者に依頼という形で討伐される。
だがヒロヤはあろうことか真っ先にオークの方へ歩いて向かっていった。
「なっ……!」
何してるの、早く逃げて!と声をかけようとしたが、隣にいたミオの人差し指がそっと唇に伸びて、警告の言葉を発するための口を塞がれてしまった。
「大丈夫、見てて」
表情をピクリとも変えずにミオは私にそう告げると、剣に似た刀身が沿ってある武器を鞘から抜き出して、河原を駆け出していった。
私も急いで援護に加わろうとしたが、着替えとともに置いておいた弓は遠くにあるので、すぐには加われない。だが、私の護衛を助けてくれた恩人のヒロヤとミオだけは決して死なせてはならない。
そんな想いで、私もすぐに弓を取るために駆け出そうとしたその時だった。
ドゴンッッッッ!!!!
という轟音が辺りに響き、大小様々な石が空を舞う。
ハッとしたように視線をそちらの方に向けてみると、そこには信じられない光景が映し出されていた。
オークの振り下ろしたであろう棍棒の上に、直立でヒロヤが立っていたのだ。
『ってかこのワンシーン凄い漫画みたいじゃね?こんなんリアルでできんのかよ。《予測補助》様々だな、うおっ!!』
なんてまるで目の前の脅威なんか目に入っていないかのような飄々とした様子のヒロヤに、オークの方も苛立ちを覚えたのか、乱暴に棍棒を上に振る。
そしてその反動で上空に投げ出されたヒロヤは、かなりの高さまで飛ばされてしまった。だが、ヒロヤ自身、素早い行動ができない空中という環境にも関わらず、その表情に焦りは微塵も感じられなかった。
寧ろ、全てがうまくいったかのような満足げな顔をして―――
「(……あ)」
刹那、私はついさっきまで全く認識していなかったもう一つの存在を思い出した。
ミオだ。
私は必死にミオの存在を視界に捉えようと辺りを見渡す。
見渡して…………見つけた。
「(オークの首のすぐ後ろに……ってあれ?オークの頭は??)」
ない。本来そこにあるはずのオークの頭が。
そうして、ほぼ無意識にその頭の行方を必死になるまで探して……探していると、ボトッ、という何かが落ちた音を耳が捉えた。
「え……?」
その音の正体が、私は不思議とオークの頭であることを目で確認する以上に確信し、そして目でその音の正体を捉えても、やっぱりそれはさっきまで胴体と繋がっていたオークの頭で間違いはなかった。
何が起きたのか。
私がそのことを初めて理解したのは、目や耳で得た情報を脳内で精査してではなく、ミオたちから聞いた言葉を理解して、初めて私は理解った。
逆に、
そうでもしないとミオが何をしたのかがその時の私には何一つ理解できなかった。一つ前のヒロヤの動きだってそうだ。
そして、そんな光景をこの二人が生み出したのだ。
「(この人たちならもしかしたらヤツを……)」
背中側に転がっていた、肉体が地味に欠けたオークの死体を見て唐突に、この場にはいない憎き相手を私は思い出した。
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