第15話 道中の、何気ない一場面

これは櫂から良く言われている話なんだが……。

俺って実はかなりの「人たらし」らしい。

特にどうという理由もなく、ただ単に好感を持てるというかなんというか……とにかく嫌いになることはないそうな。


俺自身はこれと言って詳細も知らないことなんだけど、こういうことが中学の時にあったそうだ。


俺の所属していたクラスに、その時にある不登校の生徒がいた。

その生徒は、櫂曰く中学一年生の頃に学校の部活の先輩から酷くいじめれていたそうだ。それが原因で一年生の終わり辺りから引きこもりになり、そして学年が変わり、その先輩たちも社会的な死を与えられたとしても、その生徒は学校に来ることはなかったそうだ。


それを憂いた櫂はある日俺に一緒にその生徒の家に言って学校に来るよう説得しに行こうと言い出した。

俺は無理に説得するのもかえって本人に悪影響になるし、一歩対応を間違えたらその生徒は一生学校を嫌いになる。だから時間が経って、本人自身が自分の気持ちに納得いって、それでようやく自分自身が行こうと思ってからにしよう、と俺は言った。

その時は俺の両親も健康そのもので、特に荒んでなかった時代だったので俺も見知らぬ誰かを気遣うような真似も出来たのだが、一向に櫂が俺の意見に同調することはなかった。


「いや、今誰かがその子を救いに行かねぇと心の傷は一生治らねぇ。これは推測で言ってんじゃない。確信を持ってるから行こうって言ってんだよ」


一体なんの確信があってそう断言出来て、そしてなぜ一人で行こうとせずに俺を誘おうとするのか、まだその時は理解出来なかった。


だがそんだけ豪語されて行かないわけにもいかず、せめてもの足掻きで「両親に止められたら俺らも素直に引き返そう」という約束だけをとりつけて俺らはその日、例の生徒の家に向かった。

だが櫂には悪いが、その時の俺の心の中にはその生徒の家の前に着く直前になっても、説得が成功するヴィジョンが全くと言って良いほど見えなかった。


まず最初に結果から話すとすると、その行いは成功したと言っていいと思う。

不思議なことに。どうしてだろうね。今になって思い返してみても、あのスムーズさは実は学校で虐められて無くてただ単に学校に行くタイミング逃しただけの感じだったけど。

ただ、その当時のその生徒の母の様子から見ても、俺らを生徒の部屋まで案内したのはきっと藁にも縋る想いだったのだろうから、その事実に間違いはないはずなのだ。


俺がしたことも、ただその時が欲しそうだった言葉を幾つか投げかけてみただけ。その中には完全にいじめられっ子に与えるべきでない言葉も幾つか混じってたはずだ。

その子が求めているものと、その子に最適な言葉というのはあまりにもかけ離れている場面が多い。何が正解、と突き詰めると切りがないが、あくまでも俺はその場しのぎのために使ったに過ぎない。


俺はその日は言いたいことと、欲しがってた言葉を与えるだけ与えて、無責任にも即行で帰宅した。


ただ人間というのは不思議なもので、仲の良かったクラスメイトが慰めに来ても、イジメっ子たちに関する悲報を聞いても一切家を出ようとしなかった彼女が、次の日には櫂と一緒に登校しているのだから、本当に不思議なものだ。


―――まぁ、実はそれが今の櫂の彼女の奏音ちゃんだったりするわけなのだが。



























「面白い話っつったらこんなもんかね。面白いというか不思議な話だな」

「ふーん」

「おい、せめてもうちょっと興味ありそうな話をしろよ。澪が『何かあなたのことについて話して』って言ったんだろうが」

「でもそれってあなたの話じゃなくてあなたのお友達の話じゃない」

「導入部分はちゃんと言ってただろうが。『人に好かれやすい体質だ』って」


旅の道中というのはどうしても暇になるもので、こんな終末世界ではよりできることも限られてくる。特に娯楽道具なんかも持っている訳では無いし、あのまま一人旅を続けていたらどんな孤独感に苛まれていたことかは想像に難くない。


「そういや、澪はとある魔物に復讐するために強くなったり旅したりしてるんだっけ」

「そう。特に隠すことでもないから言うけど……家族の死体には身体の中心にポッカリと穴が空いていた」

「ほぉ〜。だったらそんな情報だけでも『一撃で身体に穴を空けるほどの力を持つ』ってことだけは推測できるな。そんな魔物が存在していること自体が恐ろしい」


軽く言ってみせるが、その実心の中では逆にそれ以外の情報が明かされていない、靄がかかった想像の出来ない姿形に身体が震える。

そしてそんな様子を敏感に感じ取った澪が、


「もしかして怖い?」

「こわ……!くないわけないだろ?」

「それどっち……」

「普通に怖い」


澪だから素直に言うが、生きたがりの俺からしたらそんな大型トラックによる交通事故が具現化したようなやつに死んでも会いたくない。ゲームではそういったフィード徘徊型のボスなんかは特に珍しいものでもないが、現実でろくに装備もレベルも足りない状態で出会ったらほぼ即死は免れない。

櫂がソロ討伐してみせた、あの世界の君臨者ワールズ・キングなるものも、なんだかんだで徹底した準備をしてから挑んだような状態で、後になって聞いた話だが、その戦いの裏にはとある人物も助太刀していたようで……?

そこんところはまだ櫂も把握しきれていないようだが、今のある程度強くなった櫂ならさっき話したような魔物に出会っても即死はないとは思う。


どれだけ想像しても想像できない澪の家族を殺した魔物に、深いため息をつく。


「やっぱり澪はこんな世界にならない方が良かったと思ってる?」

「当たり前」


そりゃそうか。

と、思っていると。


「……って数日前なら思ってた」

「……そりゃまた……なんで?」


澪の言葉に、一度進行方向に向いた視線が再度澪の方に向けられる。

澪は真正面を見たまま、言葉を続けた。


「正直、戦っていくにつれて……いや、正確に言うと時間が経つにつれてそれほど家族が死んだことについての悲しみが感じられなくなったの。私ってそれほど薄情な人間だったっけ、って常々思うけど、そんな後悔すらも魔物を殺していくと段々と無くなっていく。例の魔物に対しての復讐心も、なんだかもう殆ど感じられなくて……今では復讐じゃなくてただ単にこの世界で生きる一つの目標として機能している感じが凄いするかな」

「かと言って、澪はその家族のことを愛してなかったわけじゃないんだろ?」

「うん。大好き。友達の少なかった私にとっては家族こそがとてもかけがえのない存在だった。どうしてだろうね」

「……いや俺に聞くなよ。本人にも分からないことを」


となると今この少女は復讐を薪にして動いているわけではないということになる。

復讐を原動力に行動するのも良いことではないと思うが、それじゃあこの少女は今は何を拠り所にしているのだろうか。自分のことを誰にも気にかけないこの世界で。


「……なんか生きがいとか見つけたほうが良いぞ。それとも誰か一人くらい仲のいい友達はいなかったのか?」

「一人はいる」

「一人いる……かぁ」


澪の言葉をオウム返しするように繰り返してから、俺はあることに気がついた。


「(…………俺も似たようなものだったわ)」


親を早いうちに亡くし、たった一人の仲のいい友を持つ。


「ま、一人いたら十分だよな」

「あなたも例のお友達しかいないの?」

「人付き合いとか面倒でしかないしなぁ。自分のことを理解してくれる生涯の友に出会っただけでそいつの人生は人間全体の中でも上澄みの人生だろうよ」

「…………」


そんなことを言ってみると、不意に澪の足が止まる。

横目で澪の表情を見てみると、珍しくその顔に変化が現れていた。

……ただし暗い方でだが。


「どした」

「いや。ただその理屈で言ったら私の生涯の友である従姉妹を亡くしてしまった私はもう一生上澄みの人生送れないのかと思ってね」

「…………」


いや分かるか!そんな地雷。悲観的過ぎるだろ!

とは思うし、つい口に出しそうになってしまったが、寸前でその言葉を飲み込む。


「そんな難しいことじゃない。……ま、それを澪の『この世界で生きる一つの目標』

にしてみても良いんじゃないの?俺も、紹介くらいはできるが」

「……友達その人しかいないんじゃないの?」

「ハハッ!その話いつまで引きずるんだよ。さっきのその話聞いてたらなんとなく想像つくだろ」

「お友達の彼女?」

「そそ。結構気が合うと思うぜ」


そんな感じで、俺らの雑談もまだまだ続く。

自然が溢れ、人以外の生物が蔓延るこの環境では二人の声は一層より遠くまで聞こえていた。


そして、その二人組を遠くから眺めていた不自然なくらいに耳の辺りが伸びた人影があったりなかったり……。


この世界は広く、大きく、交わっていく。





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