第27話 鼓舞の仕方はため息で
閉じられていた瞳にまず最初に映し出された光景は、木で作られた落ち着いた色合いの天井だった。
「(まぁ……なんとなく予想はできてたけど……取り敢えず身体を起こすか)」
未来の俺の口ぶりから察するに心優しき誰かに水の中から運ばれたのだということが分かる。ただ、それ以上のことは何も分からないことには変わりないので、まず状況確認をするために身体を起こして辺りを確認しようとする……が。
「あ、目が覚めましたか?」
だがそこで、思ったよりも近くから見知らぬ声が聞こえた。
「……どなた様で?」
声の主に焦点を合わせてみると、ぱっと見は「幼い」という印象がまず最初に現れた。だがよくよく見てみると、なんとも言えない聖母のような包み込むような暖かなオーラを纏っており、庇護欲とを同時に感じさせる不思議な少女だった。
妙に引き込まれる印象の少女を特に表情も変えずにジッと見つめていたところ……なぜだか少女の耳が段々と赤くなっていって……
「……?」
疑問符を頭の上に浮かべながら、今度はその少女の目に焦点を合わせると、恥ずかしそうに目を逸らされてしまった。
「あのー」
正体を尋ねたのに返事がいつになっても現れないことから、思わずこちらから再度声をかけてみると、
「ひゃいっ!!な、なんでひょうか!」
「ひょう?」
「えっ!?あ、え……と……。ごっ!ごめんなさいっ!!」
まさしく脱兎のごとくこの場から離脱されてしまった。
最近の人間関係が三人しかない俺には、その少女の心象を測るにはあまりにも経験が足りなすぎたので、その時の俺にはただ呆けていることしかできなかった。
「(なっ、なんで!?)」
そして一方、少女の方はというと。
「(どうしてこんなにも顔が熱くなるの!!?)」
廊下の隅っこの方で、熱くなった頬を両手を使って冷まそうと頬に手を当てながらうずくまっていた。
端的に、且つ率直に俯瞰的にこの少女の心象を言葉で表すとするならば、それは紛れもなく「恋」だった。しかも一目惚れ。
浩哉の考えは当たらずといえども遠からずといった感じで、その少女の実年齢は実は浩哉の一個下の17歳。失礼だが印象が下に見えるのはただの個人差によるものだ。
しかし、その少女は生まれた時からあの「お師匠様」とこの家で過ごしてきた関係で、お師匠様以外の人間と関わったことが殆どなかった。しかも相手は異性の男。そして見目も浩哉はそれほど悪くない。というかかなり良いと言って良い部類。
少し使い方は違うが、深窓の佳人ならぬ深窓の少女である彼女は年頃のオンナノコにも関わらず一度も恋をしたことがなかったのだ。
「と、とりあえず深呼吸をして落ち着こう……」
そうして少女は素早い動作で立ち上がったのち、腕を使って大げさに深呼吸を始める。
だが、
『……どなた様で?』
その瞬間、ポッと茹で上がったタコのように顔全体が赤くなってしまった。
頭の中で浩哉のことを思い出しただけで、またその場にうずくまって悶え始める。
……そして、その様子を廊下の曲がり角のところから覗き込んでいる人物が一人。
「いやぁ〜……やはり時期尚早すぎたかね」
あまりの純粋っぷりに、リトナと呼ばれている人物を覗き見しながら「お師匠様」はため息を漏らしながら呟く。
元々、彼女にはある種の打算があった。
彼女はリトナを育てていくにつれて、リトナの人間関係の少なさにほんの少しの危機感を抱いていた。
彼女だって老い先短い身、とまでは言わないものの、リトナより先に朽ちるのは自明の理。そろそろリトナも一人で生きていく術を身につける頃合いだと思って彼女は今回の機会を利用して「男」という生物と縁を作らせようとしたのだ。
もとより彼女が見た『運命』ではその男は悪いやつではないことが分かっているので、まさかのことが起ころうとも悲劇的な未来を辿ることもないことは重々承知していたので彼女も特に心配はしていなかった。……していなかった、が。
「(まさかこんなことになるとは……アタシの占星術も衰えちまったのかね)」
まさかリトナが初対面の男に好意を抱くとは思わなんだ。
しかもライクどころの話ではない。
「(はぁ〜〜〜。ま、別れの経験も……いや、必要のない経験はいらない。……そうだな、こりゃ完全にアタシのせいだ。泣きついてきたら存分に慰めてやるとするかねぇ)」
心の中で大きなため息をついた彼女は、踵を返してあるものを取りに行くためにその場を後にしたのだった。
「う〜ん、そりゃ簡単に女子の気持ちが理解できたら世の中に離婚の二文字も存在しねぇか」
分からないことをいつまで引きずっていても仕様がないと理解している浩哉は、さっさとやるべきタスクを消化すべく、今ベッドの上でもできることを行っていく。
その一つとして……
「レベルアップしたらステータス確認だろそりゃ」
ドアの向こうの珪肺がないことを確認してから、顔をニンマリさせながら呟く。
……いや俺気配読んでね?……これもレベルアップの影響……!
「……着々と人外への道を辿りつつあるな……俺」
よくよく考えたら興奮してる場合じゃないなこれ。なんかいつか空飛べるようになりそ―――
「……………………すっ、ステータス確認を……!」
唐突に降って湧いてきた人外ルートへの道を払拭するかのごとく頭を振ってその可能性を消し去り、そうじゃないことを証明すべく急いでステータスのウィンドウを目の前に出す。
―――――――――――――――
職業 《
HP:55 MP:370/370
STR:126(+50)
VIT :107(+550)
DEX:248(+50)
AGI :580(+50)
INT :39(+50)
ステータスポイント:112
《パッシブスキル》
・
《アクティブスキル》
・予測補助 Lv.3
・
《称号》
・絶級ダンジョンの完全攻略者
・『鋼鉄の英雄』と絆を結びし者
―――――――――――――――
「あーーー……ね。………………ちゃんとあるね」
一度目を擦って見間違いなのではと愚考するが、そんなことはない。ちゃんとある。
「おーれこんな人外じみた力いらねぇよ〜。てか絶対序盤でこんな力手に入れるべきじゃねぇよ。もっとこんなの……!なんか厳しい修行の末にやっとこさ手に入れたり?誰かの仲間の犠牲があってその悔しさを糧に手に入れるもんだ―――」
と、そこまで言ったところでふと気がついた。
そして静かに黙り込む。
「(未来の俺も……いや、考えても仕方がない。託されたんだから自分のためにも、後悔しないようにしねぇとなぁ〜)」
再度、決心が固まる。
未来の俺も今の俺も、どちらも結局は同一人物に代わりはないのだから、アイツのために頑張っていることはそれは自分のためにも等しい。
未来の自分の言ったことをもう一度、自分の中で反芻させる。
そして思わずガリガリと頭を掻いた。
「はぁ〜〜〜。そもそも復讐とか言ってたやつの行く先なんて碌なもんじゃない。なのに……なんでついてったんだろうなぁ。今は違うとか言ってたけど、それでも復讐目的で身につけた力には不思議と面倒な運命も絡みついてくる。この辺はどうしてか、フィクションもノンフィクションも同じなんだよなぁ……」
そう言い終わったのち、二度目のドでかいため息を意図的に体外に放出させる。
果たして、このため息が澪を取り巻く運命に聞こえたのだろうか?
いや、自分でやっといてなんだが聞こえちゃいないだろう。そもそもとして、言っといてなんだがこのため息にそんな意図は込めちゃいない。
「(自分なりの、自分への鼓舞だ)」
要するに、
“仕方ねぇなぁ。いっちょ、頑張りますか!”
だ。
思わず、自然と笑みが漏れていた。
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