第26話 未来の改変とリアルタイムアタックと

次に俺が目覚めた場所は、俺の想像の斜め上と言わざるを得ないが、逆に深く納得するような所だった。

そこは以前も夢で見た荒廃した世界。

夢も希望も全てが潰えたような場所で、俺の身体は青い空を仰いでいた。


「(前と同じ……感じっぽい。ってことは俺生きてるのか?マジか完全に死んだと思ってたわ)」


浩哉本人はかなり生に執着するような性格だが、結構バッサリと諦めのつくような性格でもあるため、もし死んだとしても死んだことに対しての後悔というのはないのだろう。


「(ま、生きてるなら生きてるで僥倖。多分だけどあの状況で自然の力だけで生き残るってのはまずないだろうから通りすがりの誰かが助けてくれたってのが濃厚だな。いやはや、偶然に感謝しないとねぇ)」


そう思っていると、突然に肩を思いっきり叩かれ俺の身体は大きく前につんのめった。驚いているのもつかの間、俺の身体がその叩いてきた張本人の方に視線を向けながら忌々しげに言い放つ。


「おい、いきなりなにすんだよ


「(……んん??えっ?コイツが櫂かよ。……あんま俺の見てる櫂とそんな見た目変わんないな。ま、でもそりゃそうか)」


節々の体つきや微妙な髪型の変化などはあるものの、特に名前を言われずとも現状の記憶だけで判断できるくらいには今とおんなじような風貌をしていた。

だが櫂の様子を見るに、その顔には訝しげな表情が浮かんでいて、まるで目の前の人間が「宇宙人に今さっき会った」と言ったのを聞いたような―――


なんて思っていると、その眼前にいる櫂はとある不思議なことを言い出した。


「ハッ、お前がいきなり変なことを言い出して急に座り込むからだろ?なんだよ、急に『過去の自分にスキルを教える』って」


「(スキルを教える?)」


俺はその言葉を再度自分の中で噛み砕くようにして意識する。

一体その言葉が何を意味しているのか。反射的にその答えを考えていたが、自分で思案するまでもなく、本来の自分自身の口からその答えが吐き出された。


「まだお前には話してないことなんだけどな。……俺は昔、二回だけ、変な夢を見たことがあるんだ。自分だけど自分じゃない、夢のようでその実夢のようでない不思議な夢」


その言葉を聞いた瞬間、思わず心臓が飛び跳ねるような錯覚に陥る。

だが、勿論そんな俺の心情を察することなく、本来の俺は言葉を止めることはない。


「あの時の光景は未だにハッキリと思い出せる。一回目は初めてレベルアップしたときだ。夢の中の俺はデカい怪物のようなものに見たことのないスキルを使って遠くで見えた人影とともに応戦していた。《閃刃の受諾サウザンド・アクセプト》とかな」

「オイ、待て。そのスキルって……」

「そうだな。今俺が主力としているスキルと全く同じだ」


その言葉で、なんとなく今見ている夢の全貌が掴めたような気がした。実際には何故今こんな夢を見ているのかは全く分からないので全ては理解できない。

ただ、これだけは確実に言える。


これは“未来”の俺なんだ。


未来の俺はそんな事実を語っても尚、表情は未だに淡々としている。


「そして二回目」


そこで一度言葉を切り、未来の俺は空を見上げた。

櫂に話しかけられる以前と同じ格好だ。


「この景色、この光景だ」

「……ん?……ってことはよォ……」


未来の櫂はそう言うと、未来の俺の視界を遮るようにして俺の身体の近くに立ち、笑顔で見下ろした。


「今は過去の浩哉と今の浩哉が同時にこの光景を見てるってことか?」

「……あぁ、そうだな。恐らく過去の俺も今の俺とおんなじようなことを思ってるんだろうよ」


そこで、この夢を見てから初めて未来の俺は表情に変化を見せた。呆れながらの苦笑いだが、それを見た櫂は一層笑顔の度合いが強まった。


「フッ、懐かしいな、その表情。てか久々に見た気がするぜ、それ。埼玉で久々に会ったときからあまり表情に変化を見せなくなったからな。会わぬうちに何かがあったんだろうと思ってあの時は何も聞かずにいたけどさ」

「…………まぁ、そうだな。ま、実際に何かあったんだよ」


しばし言葉を濁した俺は、そう言うとゆっくりと立ち上がった。


「後でゆっくりと語ってやるよ。ただし、今はやるべきことがある。……さぁ、過去の俺、ここから重要なことを話すからよく聞いとけ」


あぁ、なんとなくやろうとしてることは分かったよ。いくら成長したと言えど、この俺も今の俺の延長線でしかない。さすれば、さっきの言動から繋いでいくと―――


「スキルを教える。教えるスキルの名称は《眩耀ルーミア》だ」

「ちょ!待てよ!」


横からの櫂の制止が入るが、そんなものは気にしないとばかりに俺はスキルを発動させた。


「(……はぁ?)」


いつの間にか、身体が宙に浮いていた。


「このスキルの本質は時の流れの体感速度の遅延と光の速度での空間の移動の二つだ」


こんな異次元なことが起きているにも関わらず、俺の声色には抑揚一つすらない。

状況がいまいち掴めずに、困惑していると、またしても景色が瞬間的に切り替わる。


「(マジかこれっ……!もはや感覚がテレビのチャンネル切り替えてんのと同じだぞ。てか体感速度の遅延はなんなんだよ!)」

「あぁそうだ。スキルレベルについてなんだが、上がるごとにその恩恵は体感速度の遅延の部分に適応される。だから今の俺には普通に空中を移動しているように感じるが、過去の俺はいきなり景色が切り替わったように感じるだろうな」

「(詳しい説明ありがとな!!)」


あまりに身勝手な部分に思わず皮肉で感謝を述べるが、よくよく考えると身勝手なのは今も変わらない部分だということを思い出し、なんとも言えない気持ちになってしまう。


そしてその後も、詳しい説明とともに何度も景色が入れ替わった。そのお陰で、《眩耀ルーミア》なるスキルの理解度はほぼ完璧とも言える状態までになったが、それと同時に世界で起きている思わず目を背けたくなるような現実も知った。

中でも一番被害がひどかったのは、日本だった。


未来の俺は、どうしてこうなったのか、ポッキリと折れた東京タワーの上に浮きながら淡々と語った。


「島国ってのも災いしたんだろうな。唐突に魔物が現れた国内では殆どの人間がステータスという存在があったにも関わらず、戦うことを避け、そして醜いことに力を得た存在は人のために魔物に対して振るうのではなく、同じ人間に向かってその力を余すことなく存分に振るった。今ではもうこの島国には全くと言って良いほどに人はいない。幸いだったのがそういった問題を櫂が早期に解決してくれたことだな。建物への被害は魔物との戦いなんかで酷いもんだが、これは日本人が海外に逃げ込んだのちに俺らがつけたもんだ」


そこで俺は区切りをつけ、またなんの前触れもなく再度景色は変わる。

目の前に緑が広がり、鳥たちがさえずる森の中だった。平和の象徴と言われてもなんら不思議のないほどに落ち着いたこの場所に、今の俺には皆目見当もつかなかった。


心の中で眉をひそめながら、どこかで見たことあるっけな、なんて記憶を思い返していると、未来の俺はやはりなんの声色も変えず、思わず息が止まるようなことを言い出す。


「ここは、澪が死んだ場所だ」


「(………………は?)」


その言葉の意味を理解できずにいると、未来の俺は身体を真後ろに翻す。

そこには見慣れた刀が地面に刺さっていた。……そしてその奥の、墓石と思われる小さな石も。


「……あの時、二回目の夢から覚めた俺は俺を運んできてくれた人の好意で数日間そこに泊まらせてもらうことにした。エルフの村の場所もそこの家主の人が知っていたからその時の俺も特に急ぐ必要もないだろうと思ってゆっくりと準備を整えた上でその村へ向かった。……ただその時にはもう遅かった…………遅かったんだ」


暫くその墓石を眺めていた俺は、ポケットに入っていた小さな宝石らしきものを取り出して、ゆっくりと墓石に近づいた後、膝を曲げてそれを刀の側に置いた。

そして両の手を合わせて、静かに黙祷する。

その手には、確かな力がこもっていた。


「…………もうすぐ、お前は夢から覚める」


小さく、ほんとに小さくそう呟いた俺はドカッと地面にあぐらをかいて腰を下ろし、どこからともなく煙草とライターを取り出した。


「さて、これで未来を変える準備は整ったんだ。方向はあの世界樹、落ちてる時に落っことした澪の刀は起きた家の家主が持っている。あの人の性格からしたら頼めば何も言わずに寄越してくれるだろう」


その言葉で、未来の俺が言わんとすることも、理解できた。



成長してから表情の変化も消え、誰かへの思いやりの心もなくなった俺も、紛れもなく俺だ。さっきの言葉で、今まで未来の俺が行ってきた行動も全てが繋がった。

それと同時に、なぜ未来の俺は過去を変えることができるのだろうか?という疑問が浮かんだ。


だがそんな深い思考に入りかけた俺に発破をかけるように、未来の俺は少しだけ語気を強めて言う。


「いつ死んだかどうかは分からない。けど早めに行って損はないぞ。そのために俺はスキルを教えたんだ。スキルは主に強い願いや経験によって世界が応えた形、というふうに言われている。……願え、強く願えよ。澪を救いたいって」


俺の顔に、力が入る。


……正直、未だにこれだけ言われても俺は澪が死ぬ未来なんて全く想像ができなかった。あれだけの強さを誇るから?いや、それだけではないはずだ。


「(……………………信頼……だな、これは)」


なんとか言語化しようとして、出てきた言葉がこれだった。


「(そうだな。アイツを信じて頼るのも大事だが……少しだけ頼りすぎたな)」


これだけは反省だ。


そこで、唐突に視界は暗転する。

恐らくでもなく、ほぼ確実に俺が目覚めた先は知らない場所で、そして知らない人もいるのだろう。

だが未来の俺が言ったのだ。


未来を変える準備は整った、と。


「(RTA……かな)」


さて、そこでくだらないことを思考の間に挟んでしまうところ、俺はこんなシリアスなことがあっても変わらないなと思わずにはいられない。

いや、でも……そうだな、真剣に考えるよりも、ふざけて不真面目に、気軽に行ったほうが俺らしい気がする。


「(RTA、リアルタイムアタック。クリア条件は澪に出会うこと、だな。なんかやる気が出てきたぞ)」


なんてことを考えていたら、いつの間にか身体の自由を得ていた。きっと夢から覚めたのだろう。


「(さぁ、スタートだ)」





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