第25話 奇異な運命

「うおっ……これはまた……」


思わず、俺は現在進行系で落下中にも関わらず、そして先程まで言いようのない怒りに震えていたにも関わらず、だ。あまりの非現実的なその景色に感嘆の声を吐く。


まず空。青白くそこに在り、天を満たすその色の中に燦々と輝きに満ちたその恒星。

見てくれは間違いなく地球の太陽と同じだが、本質は決して違うのだろう。

だが明らかにその空に異質とも呼べる存在が浮かんでいた。


二つの大きさの違う衛星が寄り添い合うようにしてそこにあった。


そうして、今度は地上の様子を拝んでやろうと少しだけ身体の姿勢を直し、逆にうつ伏せの体勢に移り変わると、今度は二つの月以上にあり得ないものが見えた。


「デッカイ木だなぁ。こっちの世界の認識でアレに名前をつけるとしたら確実に『世界樹』になるだろうな」


天まで伸びるほどのバカでかい木だ。

ただ、よくある普通の木をそのまま大きくしたようなものではなく、幾つものツルのようなものが螺旋状に絡まり合いながら伸びているといった感じだ。よく絵本である「ジャックの豆の木」が思い浮かんだ。


「(ってアレ……マジで大気圏突き抜けてねぇか?いやどうなってんだよ……ってそんなことは後回し後回し)」


視点を真下に向け、落下予定の場所を見据える。


「下は……海、じゃねぇや。これ湖だな。しかも規模から考えるにそこそこの深さ……お?希望出てきたか?」


とは言っても、高い場所から海に衝突した場合、それはコンクリートに着地するのとそれほど大差はないと聞くように、普通の人間なら下が水でも助かりようがないだろう。


―――そう、普通の人間ならね。


「ほいステータス確認。現在時点での俺の防御力バイタリティーはプラス値合わせて計600。少なくともこの数値は高い崖から転がり落ちても無傷だった数値だぞ!頑張れ俺の能力値!」


ここでほんの少しでも生存率を上げるための、《予測補助》起動。からの予測演算。


「うーーーん?あと直撃まで三十秒くらいかな。体勢は……面を避けて点にするか」


となると体勢はまっすぐ縦に……


「うわっ!すげぇ加速。時間が十秒縮んだ」


この事実が表すこと即ち。


滞空時間短縮。

そして死亡率の増加。

やばいアホやっちまった。


ただしそう思った時には、時すでに遅しというやつで……。


さて、ここで疑問提示クエスチョン。俺は生き残ることができるのだろうか?

正解アンサーは―――





















ここはさっき浩哉が着地する予定としていた湖から少し離れたログハウス。

その中には一人の妙齢の女性と一人の少女がいた。

女性の方は、背中まで伸びているであろう髪の毛を後ろで三つ編みにして肩に乗せ、服装は黒を基調としたごく普通の若者が着るような服装だ。しかし、妙齢の女性と言っても、その実頬の辺りにほんの少しシワが刻まれているだけなので、元々の童顔と今着ている服装、そして髪型も相まって実際の年齢よりもかなり若く見える。

対して少女の方はところどころツギハギだらけの、いかにも馬車に乗る前のシンデレラのような印象だが、これは先の女性に虐められているわけでもなんでもなく、魔法薬の失敗で服の繊維が痛むことが多いので傷ついても良い服を着ているだけである。勿論少女もお洒落な服を何着も持ち合わせている。


「ん?」


妙齢の女性はそんな声を漏らしたのち、今行っていた作業を止め窓の付近へと近づき外を除いた。

そして直後に、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる


「どういたしましたか?お師匠様」

「いや、面白いがこの世界にやってきたと思ってね」

「面白い運命?お師匠様また何か視えたんですか?」

「えぇ、とっても面白いものが」


満足気に呟いたその女性は、さっさと踵を返してまた自らの作業に戻る。

が、その前に一言。


「あぁ、そうそう。リトナ、その作業が終わったら例の湖に行っておいで」

「えぇ!?あ、あそこお師匠様が怖い魔物がいるから絶対に近づくなって言ってた場所じゃないですか!いやですよ!私怖いのが嫌いなの知ってますよね!?」

「ハッハッハッ!そんな心配しなくても大丈夫だよ。アタシが大丈夫だって言ってんだ。アタシが間違ったことを言ったことがあったかい?」

「いや、でもぉ……」

「なぁに、心配する必要はないよ。ほら、窓の外を見てみな」


唐突に意味の分からないことを言われた少女は不満な表情になりながらも、椅子を立ち上がり、窓の外の景色を目を凝らして確認する。


だがその直後、



ドゴンッ!!!!という衝撃音とともに湖の方から大きな水柱が立ち昇った。



そしてそれを見た少女はワナワナと震えだして、声を張る。


「アレのどこが安全だって言うんですかっ!!絶対に危ないやつじゃないですかぁ!!」


そう叫んでも、そのお師匠様はハッハッハッ!と笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。


そのお師匠様の様子から察するにここでグダグダ言っても何も進展しないことを少女はこの場所で十年近く過ごした経験から既に知っていた。


「……っ……はぁ、分かりましたよ。行けばいいんでしょ。行くだけで良いんですよね?」

「そう、行くだけでいいのさ。そこでリトナが何をしようとアタシは咎めないよ」

「……?」


少女はこの十数年、同じ場所で同じように暮らしているが未だに彼女のことは分からないことだらけだ。そんなわからないことだらけの少女にとって今の言葉の真意を読み取るなんてできるわけもなく、懐疑心を抱きつつも少女は手ぶらで家を出る。

もちろん湖はすぐそこだし、こんな辺境に誰も人なんてこないだろうという考えのもとでの手ぶらだし、なんなら着替えすらしていない。


―――果たして、そんな少女には湖の近くで人が倒れているなんて一体予想できただろうか?



















さて、ではこの数分前の出来事を浩哉視点で語ってみよう。

急激に速度が増し、ミサイルのように湖に飛び込んでいった浩哉の命運や如何に。


「ぷはっ!……うえっ、なんかグチョった……」


正解は、本人の心配をよそに全くの無傷で生還するという結果に終わった。

ただし、一つだけ。

本人にとっても、またこれは神にとっても予想し得ないであろう出来事が起こっていたのだ。


「……うわぁ……なんか明らかにやべーやつが浮かび上がってきたんだけど。っておい…………いや、まさか……はぁ……まさかもクソもないわな」


幸か不幸かの偶然にか、はたまた怒涛と押し寄せてくる絶え間ない出来事に対してか、俺は深い深いため息をついて取り敢えずで納得する。


その認識というのは言わずもがな、だ。


改めてジロジロと見てみると、その姿はぱっと見は蛇に近いが、蛇には絶対に持っていないヒレや鱗があり、顔面は長く龍の面影を彷彿とさせるようなものだった。そしてなんと驚くことにその体長。簡易的な目測でも五メートル以上はくだらない。


「あのバカでかい木が『ユグドラシル』って名前がつくならこの化け物は明らかに『リヴァイアサン』だろ。はぁ……つくずくここが異世界だって実感するn」


と、失笑ものの出来事の連続に呆れていると、文句の独り言すら待たずに何度目か分からないイレギュラーが俺を襲った。



【警告:ステータスと身体との齟齬が確認されました。ただいまより肉体の改竄を行います。ただちに安全な場所まで移動してください】



「んあっ!?えっ……ま、待て!!」


聞き覚えのあるアナウンスさんの声を聞いて、いち早くこれから俺の身に起きることを把握したが、当たり前のようにシステムは俺の「待て」の言葉を容赦なく切り捨てて、馬鹿げた睡魔が俺を襲う。


「ああっ……!三徹くらいした時の眠気ぇ……」


今度は親切にアナウンスから眠気が来たが、どうせならもっと早くに言ってほしいものだと切実に思いつつも、俺は眠気に抗いながら全力で水面を泳ぐ。


……そう、忘れてはならないのがここは湖のかなり真ん中の方だということだ。

ここで眠ったら目覚めた先が異世界でもなんでもなく黄泉の国なのは火を見るよりも明らか。


断言しよう。

俺は恐らくさっきの落下中よりも必死だ。

なんなら冗談ではなくさっきの絶望的状況よりも今の状況の方が死を感じている。それこそ無駄口を叩く余裕もないほどに。


「くっ……!あ、あと少し……あ、もうダメかも」


いや諦めるな!諦めたら試合終了だと某監督も言っていた。……いやこの場合は諦めたらそこで俺の人生終了なんだが。


くそぉ!頑張れ俺ぇ!!



ゴポポポポポ……



……最後に俺の耳に聞こえた音はそんな儚い音だった。





















だがその一分後。

ガサゴソと足元の草を足でかき分けながらその場に少女が到着し、


「…………へぇ?……人ぉ!?」


無事浩哉は地上へと引き上げられたそうだ。





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