第31話 起きたらそこには

先程行ったことを端的に説明するならば、それは「走る時に生み出された運動エネルギーを利用した」と言えるだろう。

だが、これこそ言うは易く行うは難し。


まず最初に目標とした方角と真反対の方向に走り出して、助走のための距離を稼ぐ。そうして《予測補助》で急な風向きの変動などなどの自然による影響を全て計算し予測してからちょうどのタイミングで盛りに盛ったあまりある素早さアジリティーを刀を放るための力に変換したのだ。

仕組みで言えばボールを投げる時にその飛距離を伸ばすために助走をつける、というのがそのまま当てはまるだろう。

ステータスポイントをストレングスに変換しなかったのはただの俺のエゴの問題だが、実際に力に振っていたら成功していたかも怪しい。

普通に考えたら直接投擲するための威力に繋がるストレングスを上げたほうがわざわざこんな大仰な助走なんぞつけずとも軽くポイッと投げるだけで到達していたかもしれない。《予測補助》があれば数値を元に、以前のレベルアップ時のストレングス値の上がり幅と今回のステータスポイントの振り幅の計算で刀を届かせるための正確なポイントの数値だって導き出せただろうし。


ただ俺には一つ懸念点があり、その影響による失敗の確率の方が高いと考えた故にアジリティーのステ振りという選択を取ったのだ。

それが、シンプルにそっちの方が《予測補助》による計算が面倒だったという話だ。

アジリティーの方は以前から何度もこのスキルによる計算を行っていたお陰でいくつかの計算が簡略化されていたがために、リソースを別に自然による影響のために計算に割けたりした。

まぁ簡単に言えばストレングスの数値の計算をやったことなかったから、ならやったことのあるアジリティーを運動エネルギーに利用した方が簡単だったというわけ。


「―――とまぁ、そんな感じかね」


と、そこで一度言葉を切り隣にあった水を使って喉を潤した。


「ふぅ……。せっかくステータスによって自分の能力値が数値化されてるんだからそれを使って計算するのも俺のスキルなら造作もない。物理演算なんてチョチョイのチョイよ」

「ははぁ……。まずアタシたちからしたら数値化されたステータスを使って計算するなんて思考にも至らないよ」


そうしてヴィオラは元々この部屋に備え付けてあった、意匠を凝らしてある椅子の背もたれに深くもたれかかる。

身体が動かなくなり―――正確には動く気力がなくなった―――、リトナによって魔法でこの部屋のベッドまで運ばれた際、暇つぶしとして、俺からは先程の出来事の細かな説明、そしてヴィオラからはこの世界の仕組みについて教えてもらっていたのだ。


「でもヴィオラの話で言うと、このステータスの存在が世に広まったのはかなり昔の話だったんだろ?俺の世界から見てもこの力はかなり破格……というか異次元の現象?だが……」

「いや、逆にだからだろうね。アタシたちは昔からあるからこそこの現象に慣れてしまっている。自分の力を可視化する以外にこの数字を利用しようとする考えすら浮かばないんじゃないかねぇ。それにこの世界には、『魔法』があるんだ」

「…………なるほどねぇ」


なんとなーく理解はできた。

恐らく異世界ありがちな現象である「魔法栄えてる代わりに科学が発展していない」現象だな?

よく科学の基礎に数学が存在しているというが、科学が全く栄えていないこの世界、その基礎である数学も魔法に比べたら全然メジャーなものでもないということか。


少しだけこの世界が分かってきた。というかよくある異世界モノのフィクションの物語で十分基礎の知識が補えそうだ。


「……なんだか色々と考えてたら頭が重くなってきたな。今日は結構頭使ったし、ちょいと昼寝でもしますかね」

「アンタ、ここが他人の家の……それもまた他人のベッドだってこと理解してるのかね」

「理解した上で拒絶されてないということはベッドでおこがましく寝ていいという認識でいるね。それじゃ、おやすみ〜。夕食になったら起こして」

「全く、敬語もいつの間にかなくなってるし、少しは年配の者への敬意というものを……ってもう寝てるのかい」


ヴィオラが呆れたふうに言いながら、ホントに寝ているのか確認するために席を立ち、顔を覗いてみてみるが、規則的な呼吸、そして動く気配がないことからマジで熟睡状態に入ってることが確認できた。


「はぁ……おこがましいという自覚があるならちょっとはそれらしい態度を見せてもいいんじゃないかね」


聞く相手がいなくなったこの空間で一人の声が静かに消えていく。


ただし、ここで浩哉が知らなければならなかった事実は、実はヴィオラは結構強かで意地の悪い性格をしていたということだ。

年下からこうも舐められた態度を取られようものなら、それ相応の態度を取らせていくのがこのヴィオラ=シャルロットという女。伊達に長い間生きていないというものだ。


少しの間顎に手を当て頭を捻った結果、オトシゴロの男によく効く『イタズラ』を思いついた。


「(フッ、少しはこの少年にお灸をすえてやるとしますかねぇ)」


ここで少し補足をすると、ヴィオラは目的のためならなんでも利用する性格の持ち主でもある。そしてそれが一番身近にいる人間だとしても―――





















「ん……くら……」


ふむ、どうやら夜まで眠っていたようだ。まぁ仕方ねぇか。アレ案外疲れるしな。

なんて呑気極まりないことを考えながら、トイレにでも行こうかななんて思考にたどり着き、取り敢えずベッドから身体を起こすことにした。

……だが。


「んん?うご……え?」


左腕が上がらない。左腕が上がらないということは必然的に身体そのものも起きるわけがなく、今度はベッドの方に引っ張られるようにして背中からゆっくりと倒れ込む。


「(寝起きで……あれ?マジでなんで?)」


寝起きで思考が動いていないことは理解しているものの、現状の整理は出来ずにボケっとなんとも気の抜けた表情になっていることを自覚しながら脳が覚醒するのを待つ。

そうして少ない時間が経ったところで、とある事実が俺を襲う。


「(これ……誰かいるな?)」


図らずも、添い寝。

未だに左腕の方は見れていないが、俺の(?)ベッドに入り込んだ何者かの正体はなんとなく予想は出来ていた。というか逆にそれ以外だと恐ろしいこと極まりない。


「リトナ?」


起こすために声をかけたのだから特に声量を抑えるわけでもなく声をかける。

しかし、


「おーい、リトナー」


声をかけただけじゃ起きずに、少しだけ身体を起こしてから追加で肩を持ってさすってみたが……あろうことかそれでも起きる気配はない。

すーすーと規則正しい寝息が聞こえてくるのだから健康的な睡眠なのには間違いはないのだから普通に考えれば何かしらの外的ショックを与えれば起きるは起きるはず。ただ、勿論俺には目の前で寝てる人を無理矢理そんなことをして起こすことはしない。


ただし、今の俺には微妙に無視できない問題を抱えていた。


「(参ったな……トイレに物凄く行きたい)」


そもそも俺は起きたらすぐにトイレに駆け込む派なのだ。そしてそれは恐らく俺の身体に習慣として身に沁みついており、特に膀胱に尿が溜まってなくとも尿意を感じてしまう身体になってしまっている。


チラリ、横目で薄暗い中リトナの方を見てみると、俺の左腕を抱きまくらにしてなんとも落ち着いた表情で眠っているリトナの顔が見えた。


「(なんか……美少女との添い寝なんて付き合ったり結婚したりしないと経験しないかなりのレアイベなんだけど……)」


贅沢言ってる自覚はある。

ただそれとこれとは話は別。

トイレに行きたいという人類の持つ共通の感情を無視することはできない。


「(……引き剥がすしかないか)」


トイレ行って戻ってきてもまだ寝ていたら再度ベッドに潜り込んだら良い話。


なんてことを考えながらこの状況を惜しみつつも右手でリトナの腕の拘束を緩ませようと動かしにかかる。


「……?」


が、そこでどこからか変な視線を感じる。

気の所為かと思い、再度緩ませにかかる……が。


「(アニメでも漫画でも、こういう時の『変な視線感じる』は絶対に誰かがどこからか覗いているのがお約束……っ!)」


この部屋はカーテンが備え付けられており、視界の隅っこで見えているがちゃんときっちり閉め切られている。幽霊亡霊の類はなし。だったら唯一のドアがほぼ確―――


「……いや何してんだそこで」

「おや、バレちまったかい」


ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら覗いていたヴィオラの姿がそこはいた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る