第32話 無責任
しかし、ここで勘の良いガキである俺はそのニタニタ笑みを見てあることに気がついた。
しかして、それは決して俺にとっては良いものとは言えず、思わず怪訝な表情を浮かべた。
「これもしかしなくとも……仕組んだな?」
「御名答」
その答え合わせにヴィオラは一切悪びれることなく言う。
もはや清々しさまで感じるその態度には好感は持てるものの、ここまで意地の悪いイタズラをされようものなら俺も黙ってはいられない。
何より、俺はこういったやり方があまり好きではないのだ。
「…………あんまり人の心を利用すんなよな」
思いがけず本心から放ったその言葉に、
「……っ」
ヴィオラに少なくない動揺が走る。
「分かっててやったことじゃないのかよ」
呆れるようにして言いながら視線を外す。
半眼にし、見るものにとっては睨みつけているような表情でヴィオラを伺っていたが、ヴィオラのその変化は恐らく俺でなくとも読み取れるほど判りやすかった。
「……俺はな、元々俺がいた世界ではそういった人間の部分を感じたくなかったし、それによる己への無責任で、ナイフを振り回すような……そういうのを避けるために……というかそんなことはどうでもいいか」
結局、何が言いたいのか。
それはヴィオラを直接動揺させるに至った先の言葉が最も正しい。
「若輩者もいいところの俺が言うのもなんだがけどな。当たり前だけどこんなものは抱かない方が良いに決まってる」
「…………」
気まずそうに目を伏せながら俺の話に耳を傾けていたヴィオラから一度目を逸らし、この薄暗い空間の中、開け放たれたドアに立ち塞がっているように立っている彼女の背中から薄く漏れ出た微量な光が淡く照らしているリトナの顔に、焦点を当てた。
そうすると、この空間の中では目を凝らさないと見えないものが見えてきた。
紛れもない、涙の痕だ。
「貴女がリトナに何をどう言ってこうさせたのかは俺にとっちゃあ知る由もないし、別段知らなくても構わない。……リトナはまだ他人の域を出ないからな」
「……っ、アンタ」
「分かってる。起きてるリトナの前でこんなこと言うわけないだろ」
「じゃあ……!アンタはなんで気づいて……」
「ただ俺は、人の顔を良く見てるだけだ」
気づいていた。
勿論、最初のうち……それこそ初対面での顔合わせた時は彼女の行動になんら理解できなかった。
ただ少しだけ、彼女の去り際の時の表情がどうしても胸に引っかかり、そうして記憶の中のものとリトナの表情を見比べていたところ、ふと気がついたのだ。
それが、いつも奏音ちゃんが櫂に向ける表情と同じものだということに―――
「なぁ」
「……なんだい?」
「取り敢えず、ここで話を切り上げようぜ。こんなことを話題に会話していても楽しい話に繋がりやしない。そして、さっきのことについて責任を感じてるのなら可及的速やかに俺はヴィオラに頼みたいことがある」
「こっちとしてもそれは構わんが……ないだい、急に早口になって」
「そりゃ、早口にもなる」
―――トイレ行かせて。
かなり。かなーり危なかったがトイレには間に合った。流石にこの年になって、というのとそれに加えて他人の家というのが俺の膀胱が耐えきった原因に違いない。そう思えるほどの後の達成感だった。小学生の頃、授業の間に唐突に尿意を催した時に先生にそのことを言うのを躊躇って言わずに一時間の授業を乗り切りトイレに駆け込んだ時のあの達成感―――……なんでよりによってこんな思い出で懐かしみを覚えてるんだろ、俺。
そうして、結局その後はなんだかんだでリトナは起きずに。
そしてなんだかんだでおこがましいとクドクド言われつつも夕食はごちそうになった。因みに、食べたのはヴィオラの手作り料理だったが……それがめちゃめちゃに美味かったのに変なギャップを感じた。急な偏見だけどこういった二人は基本的に小さい方がやると思い込んでいた。アニメに思考が侵食されすぎか?
そんで、今現在は……
「うーん、いい天気。日本と違って有害物質もなしで元々田舎暮らししてた俺でも空気の違いを感じてる」
前日の起きた時間は結構遅い時間だったらしく、特に寝る気も起きなかったからその辺を散策していたらいつの間にか朝日が登っていたところだ。
「(この辺りには魔物はいない……これが当たり前のことで当たり前のように魔物が
蔓延ってたこっちの世界がおかしいのか?)」
それともシンプルにこの辺りに魔物がいないだけか。
案外一番遅くに出たこの第三の考えが正しいのか、なんて疑問に思いつつも、夜間の散策を経てこの辺の地形を理解した俺はある場所に向かっていた。
夜間の街灯も何もない場所での散策は危険じゃなかったのか?
そんな問いかけがもしあったとするなら、結論で言うとこの《眼》がないと結構危なかった。
この場所は案外木そのものの高さはそれほどだったが、確実に『森』と言えるほどの数はあったわけで、真剣に迷いそうになった。
月と思われる衛星の光も木の葉に遮られ、木の元では足元は殆ど見えなかった。
横から太陽の光が燦々と輝く中、ほんの少しばかり木が開け空が確認できる場所に来た俺は手をポケットに突っ込み、一つの木の幹を背中に置きながら薄い青の空を捉える。
「(いやホント、占星術スキルを持ってない俺からしたら星を見るだけの目だと思ってたけど……いつ何時でも関係なく星を瞳に写せるんだから使いようによっては結構便利かもしれんな)」
一つ、俺はあの家を出る前に保険として家のドアから見える星の配置を覚えておいた。そしてそれを命綱にし、帰る時にはその配置を《予測補助》を使って正確に思い出してその記憶に当てはまる場所を模索しながら歩いているといつの間にか帰れるという訳さ。
そうして俺はポケットに手を入れたまま、また歩き出す。
四、五分程度だろうか。
そうして行き着いた先は……例の湖だった。
だがしかし、そこは湖と言うにはあまりにも……
「うっわぁ……」
思わず……というか本当に無意識に声が出た。
その声は驚愕、嫌悪……とりあえず負の感情であることは間違いはない。
「真っ赤」
あまりにも、あまりにも赤。赤というより紅。
綺麗なんて言葉は似ても似つかないほどの湖がそこにはあった。
そしてその中心に浮かんでいるのが、
「湖に落ちた時……なーんか足に……こう、ズボッと、抜けたような感覚が、ね?」
特に誰もいないのに言葉に疑問符をつけているあたり、現状を目の前にしてもこれが己がやったと認められないからか。
……いや、今は精神的な余裕もある。現実から目を背けるのはやめよう。
これは俺がやった。
その上で俺が今できることはなにもない。自然の自浄作用に任せよう。そうしよう(無責任)。
「……まずまず、そもそもとしてあんな高い所から重力に従って加速しながら落ちてきたのに無傷なのがまずおかしい。あれ?今の俺の
ステータス展開。からの能力値確認。
「107プラスで550。合計657」
う〜ん、分かんね。
俺は別に考察は好きだけど検証はそれほど好き……というか得意じゃないんだよね。特に数字が絡むと面倒で仕方がない。
「まぁ《予測補助》使いながらちょっとずつ情報集めてったら正確な防御力も割り出せるんだろうけど……」
忘れてはならないのがこのスキル、普通にアクティブスキルなんだから消費MPなるものが存在してるんだよね。一応一秒間に1MPの消費とか、恐らくかなり燃費の良い部類のスキルなんだろうが、夜間での度重なるスキルの行使により、いくら細切れにしたとしても、いくらレベルアップでMPの総量が増えたとしても、使用回が増えれば相対的な消費MPも勿論上がるわけで、つまるところ―――
MP:12/370
MPがもうねぇんだわ。
「はぁ……流石に使いすぎたな。でも命が助かってると思えば全然安いか」
逆にこれが原因で《予測補助》が使えずに命に危険が迫ったらそれこそ笑えないが。
「……明日にすっか」
その結果、一日ほど予定を遅らせることに決めた。
本当なら朝ごはんを食べた上でお暇しようとしたが……まぁ不安材料はない方が良いに決まってる。後先考えずにスキルを使いまくった自分のせいだが、占星術が使えるヴィオラがいる現在、澪の安否確認くらいは彼女の占星術スキルでどうとでもなることが分かったので急いで行く必要もない。
……ただし。
素直に澪に会いたいという気持ちはある。
「恋い焦がれる……とはまた違う気がするがな」
恋を知らない俺が言えることじゃないがな。
そんなことを思いながら、俺はあの家へと戻るのだった。
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