第30話 空を刺す刀
「(あぁ、なんだろう。いつもよりも頭が冴え渡る。《予測補助》もスキルレベルが上がってたけどその影響か)」
ちらりと維持し続けているステータスのウィンドウを見てみたら、そこには脅威の『INT :39(+30050)』の数字が表示されていた。
「わお」
つまるところ、スキルレベルが一上がるごとに発動中のインテリジェンスも一万上昇していく計算になる。
ハハッ、とんでもねぇや。
「(……さて)」
心の中で一度、気合を注入してから認識の修正のために軽く刀を垂直に放り投げる。
「やっぱ……足りないな」
ボソリと呟くと、今度はヴィオラの方を横目でちらりと視線を送り、
「方角、お願い」
「あいよ」
言われた方のヴィオラはそれだけを言うと、あくまで苦笑いは崩さずに、手に持っていた木の枝で俺の足元にガリガリと線を書いていく。その線は不思議なほどに真っ直ぐで、土の上にも関わらずハッキリと濃く見えた。
「ありがと」
視線はヴィオラの方を向いていない。
にも関わらずヴィオラはプラプラと木の枝を持っていない方の手を振ってこちらに背を向けて離れていくだけだった。
「(……ほんとに、マジでありがとう)」
再度、心中で感謝を呟く。
……さて、これで準備は殆ど整った。
指定された方角を目を細めて凝らして見る。
「……距離は10万4978メートル。1メートルを……この刀を元に正確に計算」
大体この刀が80センチと聞いているから……1メートルはこれくらいか。……よし。
「そして……予測補助による軌道修正、距離確認、必要能力値の割り出し……そうだな、あぁでも…………そうだ」
ここで予測補助によるインテリジェンス上昇のお陰か、もっと別の可能性が思考の合間に割り込んできた。そしてそれは手ではねのけるどころか、「アジリティー特化」を目指している自分にとっては最良とも言える選択肢で―――
「そうだ……これか正解は」
そう考えた時には俺の手は既に行動に移していた。
……そう、
ステータスポイントの全てを
「(なんだか全く別の考え方をする……だけど全く同じ自分が生まれたみたいな感覚だな)」
その表現の仕方はなんだか物々しいが、それに対して特に悪い気はしない。
実際に今までの自分では思いつかないような発想がそのスキルからは生まれてくるが、それを自分のものだとすんなりと納得することができる。元々俺がそれほど逆張りをする性格ではないとしても、だ。
だが生まれた考えは酷く俺の気に入るような……まるでゲームの仕様の隙をつくような、ひねくれたヤツじゃないと生まれないような考え。
一手、それがほんの少しズレただけで澪の命が危ぶまれると言うのに、俺はいつの間にか無意識に笑みを浮かべていた。
それに気がついた時、集中すべく刀を持ってない方の手のひらで口を覆い隠すようにして動きを固定する。
だがそれでも俺は笑うことを止めなかった。
「……別に、良いか。……姉様、これから話すことは独り言だと捉えてくれ。何も返事もしないでほしい」
「なんだい、その変なお願いごとは」
それからは何も話す気配もなくなった。
そうして、静かな時が流れるこの空間に、一つの言葉を響かせる。
「“生きろ。生きて後悔しないことをしろ。ただ後悔することが一つでもあったなら、生きることは諦めていい。人生は、後悔の重しを背負ったままでは楽しめるものも楽しめない”」
俺の父さんの言葉だ。
これを呟くたびに俺は思うことがある。
―――父さんは何かを後悔したことがあったのだろうか?
「……覚悟も決まった」
何か重要な決め事をする度に俺はこの言葉に救われてきた。
あんな山奥に引っ越すときだってそうだ。
父さんが生きていたときも、そして死んでしまった後も。
俺は澪の居るであろう方角の反対の方向へと走り出した。
これからあの青年がやろうとしていることは占星術で見えていた。
それは彼の持つスキルを使ってジオクルスの場所まで高速移動する光景だ。
だがその場合、人間禁制の古代聖エルフ種族の地に無断で立ち入ってしまった罪で長い間投獄されたのち、彼の言う澪の助けでようやく外に出れるというものだ。
だがそれでは古代聖エルフの彼に対する好感度は底辺まで行き、そしてそれを補助した第一王女の支持率も下がってしまい、結果的には彼らへの評判は悪いという感じになってしまうのだ。
だが今から彼がやろうとしていることは明らかに違う。
「(ハハッ!こうも簡単に未来が変わるものなのか!)」
ヴィオラは内心、これから何が起こるのか楽しみにしていた。
彼女にとって、未来とはそれほど不明瞭なものでもない。占星術を使えばある程度の未来も観測できるし、間違えることはない。
ただそれでは楽しめるものも楽しめなくなってしまう。
ワクワクしながらこれから何が起こるのかを眺めていると、背中にちょんちょんと突っつかれる感触があった。
「ん?リトナか、どうしたんだい?」
「えっと、これから……あ、あの御方は何をしようとしているのでしょうか?」
「それはアタシにも解らん」
「えっ!?お師匠様にも分からないことが」
「いんや、解ろうとしていないだけさ。これから面白いことが起きるのに展開を知っていちゃあ面白くな―――」
そこで、ヴィオラの言葉は途切れた。
浩哉が動き出したのだ。
ただし、それは彼女の予想、もしくは占った結果とはあまりにも異なっていた。
目標の方角と真反対に走り出したのだ。
だが驚くべきはその速度。
「(はや―――)」
そう思った時にはもう既に彼は次の行動に移していた。
いきなり進行方向を真逆に変更したのだ。つまり元々定めていた方向へと。
そして―――
彼の手から槍が解き放たれた。
一本の刀が、空を穿った。
「……っはあ!!」
集中し過ぎて止まってしまっていた息を、再度動き出させる。
それと同時に耐え難い頭痛が脳を蝕んだ。
「(あぁあっ!……っくぅ……!!)」
ヤバい。クソ痛い。なんかもう例えるなら頭蓋骨を骨の裏から先端の尖った何かで骨を削られているような感覚…………あぁでもこんだけ考えられてるんだから特に問題もねぇや。取り敢えず《予測補助》を解除。
「あ、急に痛みが引いてきた」
そうは言ったものの、変な倦怠感は身体の中に残り続けており、例えると今度は一晩完徹したあとのベッドに向かうあの瞬間……それが今例えに出たってことは思ったより身体に悪い生活してたんだな、俺。
「あーもう何もやる気が出ん。土で汚れるとかもうどーでもいいや」
そう言いながら俺は全てを投げ出すようにしてゴロンと地面に寝転んだ。
怠いならそれに従って素直に休む。ここで変に我慢したところでここにはオネーサマことヴィオラしかいねぇんだし。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
なんて思っていると、明らかにオネーサマではない可愛らしい声が……
「(やべっ、この子の存在完全に忘れてた……。そう言えばこの子もいたんだったな。えっと確か名前は……そうだリトナだリトナ)」
「あぁ、うん。大丈夫、少し休めばどうにかなる」
「そ、そうですか……!よかった……」
俺の返答に、不思議なことに心の底からホッとしたような様子を見せる。
それを見て、こんなにも自分のことを案じてくれたのにこっちは名前もうろ覚えなことにちょっとだけ罪悪感を覚えた。
だが、今最重要なのはそこではない。
「(しっかし、なんだかんだで想像通りにいくもんだな。……いや、逆にうまく言ってもらわないと困る。唐突な風向きの変更もなしで、弾道も完璧。発射時のスピード威力、全てが計算通りにいったんだ)」
「……姉様」
「ヴィオラで良いよ。さっきの見せられちまったらアタシをやるのも簡単だろうしね」
一瞬だけ『やる』の漢字の変換が遅れてしまった。恐らく普段は絶対に聞くことのない言葉だからだろう。
「…………殺りませんよ。つかなんでそんな考えに至るんだよ。見方を変えれば貴女は俺の恩人とも言える人ですし」
「でも姉様って年でもないしねぇ」
「結構ノリノリだったじゃんか」
そう言いながらフッと笑った俺は、後隙もなしに少しだけ表情を引き締めた。
そして声色を変えて、問う。
「占い結果、変わりましたか?」
「あぁ、ちゃんと変わったよ。彼女は長生きするね」
「そう…………か。はぁ…………良かったぁ……」
それを聞いた俺は右手を握りしめ、ようやくそこで俺の緊張の糸は全て解けた。だが思ったよりも身体の限界を使ったららしく、それ以上の力が身体から出ることはなかった。
「あーーー身体がマジで動かん。ヴィオラ運んでくれ〜」
「無理に決まってるだろ。若いんだから自力でなんとかしな」
「そこをなんとか……なんかスーパーパワーでなんとかできないの?」
「と言っても、アタシは魔法学は修めてないしねぇ。というかアタシじゃなくてリトナに頼めば良いじゃないか。アンタをベッドまで運んでくれたのもリトナなんだから」
……と、そこで俺の頭に疑問符が浮かぶ。
こんなか弱そうな少女が俺を運んだ?
そこで俺は視線を無理矢理ヴィオラの方に向け、真剣な眼差しで問いかける。
「どんなふうに??」
「いや……普通に―――」
普通に?
とか思っていたら、
グイッと急激に身体が浮かび上がる感じがした。
「おおっ!?」
「こ、こんなふうに……です」
う、浮いた……!?
今自分は完全に宙に浮いている。未知の力で完全に浮いている。
いや……なんか……やべぇ地味に興奮するなコレ。語彙力喪失するわ。
「これが……例の、その、魔法ってやつ?」
「そうです。と言っても私が使える魔法なんてたかが知れてますけどね」
「へぇ……それでもすげぇや」
「……っ!」
自分に持ってないものを持っているというだけで人は羨むものだ。
「そうです……かね」
ただし、彼女の小さな表情の変化を見るに、あんまりそういったことは言われ慣れていなさそうな様子。
「(訳あり……かね。いやでも……そうだろうな。普通の少女がこんな辺鄙―――って言っちゃあ悪いがこんなところにヴィオラと二人暮らしとなると何かしらの『ワケ』は関わってくるわな)」
普段から人の様子を注意深く伺う俺だからこそ気づけた微妙な感情の揺れ。
だが、今の俺にはその『ワケ』に関わるほどの余裕はない。
如何に澪の危機は脱したといえど今の俺の優先順位は確実に澪の方が上。
無計画に手を差し伸べるほどの余裕も、良心も、そして力も、無責任さも、正直言ってないのだ。
「(ただし、それを完全にスルーするほどの無常さも、持ち合わせていないが)」
助けられるのならば、俺だって助けたい。
力はあるのだ。ヒーローになれる力が。
主人公ではないにしろ、誰かしらのヒーローにはなりたいとも思う年頃なのだから―――
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