第29話 未来を―――
出てきた得物はここ最近では澪の次に視界に入れているもの……つまるところ、あの落下中にバッグと一緒に落としたであろう澪の刀だった。
「……流石異世界」
「ん?アンタの世界ではこういった物も存在してないのかい?」
「ないんですよそれが。……てか俺が別の世界から来たとか言いましたっけ?」
「言ってないな」
「じゃあどうして」
「占星術」
占星術便利すぎやしねぇか?最早なんでも知れるじゃん。
「……俺も占星術覚えれられるかね」
「ハッ、その眼があればいつかはスキル欄に勝手に湧いてくるさ。そのためにアタシはプレゼントとしてこの眼をやったわけだし、あとはそこそこの知能があれば使いこなせるさ。……ほれ、これがアンタの欲しかったものだろ?」
俺の呟きに色々と補正してくれたのち、アイツの言った通り何の問題もなく普通に渡してくれた。
「(あれ……これこんな軽かったけ)」
果たしてレベルアップによるストレングスの増加によってか、馴染みがあると言ってもいいそれを手に取った瞬間、なんだか異常に軽く感じられた。一瞬だけだが、その重みの軽減が澪から自分の武器を託された時の責任という名の重さも一緒に軽くなってしまったような気がして……それが一時でも自らの手を離れてしまったからだろうか?
「(いやそんなわけがない。……考えすぎにもほどがあるな)」
どうやらいつの間にか自分でも認識できないほどに感傷に浸っていたらしい。らしくないことを考えていた。
「ありがとうございます」
「良いってことよ。それよりも……そろそろ行ったほうが良いじゃないかい?」
「……《《何が見えたんですか》?」
突然に神妙な表情になり窓から外を見上げたヴィオラに、思わず問いかける。
恐らく、今現在進行形で占星術を行っているのだろう。
特にこれと言ったことはしていない。ただ星も何も見えない、強いて言うなら一つの大きな恒星と二つの衛星が浮かんでいるだけの青空を眺めているだけだ。
ただ……その瞳に映る光景は常人とは明らかに違うのだろう。
不穏な未来を告げられた俺は顔を歪めながらヴィオラのその様子を見つめていると、ヴィオラが不意に空から視線を外し、こちらの方を見ながら小さく手招きする。
速くも遅くもない足取りで近づいていくと、ヴィオラは窓越しに空を指さした。
「……っ!…………は」
自然に、息が漏れる。
釣られるようにその指先を視線でなぞっていくうちに視界が捉えたその光景は、今までの自分の中の常識をぶち壊すような衝撃的なものだった。
星が、浮かんでいた。
遠くで見える恒星の光が、この惑星を輝かせる恒星の光に負けず燦々と輝いていた。
驚きのあまり、何かを言葉にしようとしたが、それすらも今この場に於いて不自然な気がして、音にもならない呼吸だけで自分の今の心象を外に表す。
言葉にしようとも言葉にできない。
今自分の持っている言葉のボキャブラリーではこの衝撃を形にすることができない。
そこに浮かんでいるのは満天の星空のような荘厳も壮麗もない。どちらかと言えば大都市から少し外れの住宅街で、冬の真夜中でマンションのベランダから眺めるような点々としたという表現の方があっているだろう。
「スキルレベルがまだ低いからよく目を凝らさないと見えないだろうけどね、恐らくあの一等星は見えるはずだ」
どれ、という言葉は頭の中にない。先程の指はもう空を指していないのに、ヴィオラが言葉で示した星は不思議と理解できた。
「あれはザインという名前の星でね。アンタにとってはこれからの人生、あの星がいつもその中心に存在してくる重要な星だ」
ヴィオラ曰く、地球での占星術のやり方は微塵も分からないが、この世界での占星術はある一つの星と、その他の様々な遠くで見える恒星との配置によって占うそうだ。
そのある一つの星、というのは『運命星』と言うらしく、どんな生物にも一つだけ存在し、そしてその運命星が変わることはないらしい。
その後もヴィオラは端的に、かつ詳しく占星術の結果を教えてくれた。
そしてそれを聞いて俺が取った行動は―――
ヴィオラが言うことには、俺の今見える限りの未来は澪が殺されて後悔で悲しんでいる様らしい。
そこまでは未来の俺が言ったような結果と同じような感じだ。
ただし、俺はあの時重要なことを聞きそこね、恐らく未来の俺もそれどころではなくて詳しいことも聞けていなかったのだろう。
いつ何時殺されるかについて、だ。
ただし、未来から澪の死を聞かされている今の俺はその事実を知った。何がどう変化して未来が変わったのかは定かでもないし、知るすべもないが、まぁ……知る必要もない。
「今現在進行形で……澪が魔物に襲われている、と」
「アタシが占星術で視たアンタの未来ではそう見えた。実際には襲われているという事実を生き残ったエルフから聞いているアンタを視ただけだがね」
「それで十分」
ならば今すぐ行動に移さなければならないということだ。
俺は刀を手に持ち、窓を開けてから靴も履かずに颯爽と外に出る。
「ちょっと待て、……どうする気だい?」
「どうする気、って……これからお姉様が視た未来を変えるんだよ。……まさか視た未来は変えることができないとでも言うんじゃないだろうな」
「いや、いくら占星術といえども確定した未来を占うことはできん。アタシが言いたいのはここからアンタの言う澪の居る距離の話をしてるんだ。どれほどあると思ってるんだ?」
確かに、その場の勢いで外に出たけど俺何も知らないな。知ってるのは澪がこれから死にそうになるってことくらいなのもよくよく考えたら変な話だな。
そんなことを考えながら、俺はあっけらかんとした口調でヴィオラの真っ当な質問に答えた。
「しらね。だからその占星術で澪の場所知れない?」
「いやだから知ってどうする気なんだと………………いやなんでもない。澪の居る場所はあの『ジオクルス』の麓―――あのデカい木の足元だ」
「……占星術で何を視たのかは分からないけど……俺が知りたいのはもっと細かな場所。今いるこの場所からどの方角でどのくらいの距離があるかを知りたいんだ」
もはや清々しいくらいに図々しく、明らかに頼む側の態度でない俺のその心持ちを察したのか、「しょうがないね」と苦笑いしながら窓からゆっくりと外に出て、その辺にあった木の枝でガリガリと地面に二本の線を書く。
「こっから……ここまでの間の距離を一ダルだとすると、こっから今澪のいる場所は一〇四九七八ダルくらいかね」
ヴィオラの書いてみせた二本の線の間の距離は、一メートルよりもほんの少し短いかなくらいの間隔で、それで言うと一〇四九七八五ダル……10万4978メートル……直線距離104キロメートル!?
「ハッ……!遠すぎだろ」
「だから言ったろ?どうする気なんだって」
ただまぁ……不可能ではない。
おもむろにステータスを展開する。
見る場所は能力値……ではなくその下のステータスポイントの欄だ。
「(112か。ステータスポイントは貰ったらすぐに割り振るのではなく、俺は暫く溜めて必要になった時に使う派。……まさかその性格がこんなところで身を結ぶとはな)」
正直、少し前までこのステータスポイントは全てアジリティーに追加させようかと思っていた。そりゃそうだろう。不意の出来事があったとき、信じられるのは己のアジリティーだけ、だから俺も不意の出来事がいつ起きても良いように入れようとしていた。ただ不思議と、後で後でとやっているうちにこの時まで来てしまった。
「あの謎の逡巡も、もしかしたらこの時のためかもしれんな」
ボソリと、誰にも聞こえないように、それこそここにはヴィオラしかいないにも関わらず、だ。この言葉は誰にも聞かれたくなかった。それは今この瞬間、誰からも話しかけられたくなかったからだろう。
集中の意味を込めて、フッ、と目を瞑って息を吐く。
「…………やるか」
そんな声とともに、俺は目を閉じたまま《予測補助》を起動させた。
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