第51話 青年よ、理解せよ【後】
正直言って俺はコイツが嫌いである。いや普通に考えてもみろ。獲得するはずの経験値がこのゲージに殆ど吸われるんだぞ。それに一定の値まで到達しないとなにも恩恵は得られないし、なにより一番の欠点は同一個体でないと蓄積値が初期化されることだ。
つまり、だ。この理解度ゲージが溜まり切る前に相手を殺してしまったらまた初めから。うーん、クソ仕様。
だがこんなクソ仕様だからこそ効果は馬鹿にできないほど強力だ。
なんせ半強制的にだが相手の弱点なんかを知れるわけだしな。無論、それはどこを攻撃すれば良いのかみたいなレベルではなく、「どうすれば勝てるのか」の手段を知れるほどまでの代物である。
言い換えれば、戦闘を長引かせられれば必ず勝てるというワケ。
キンッ!!と刀と相手の硬化した部分がぶつかり合う。
現在の理解度ゲージは93%。なんだかんだ言いつつも結構いいところまで来ている。この理解度ゲージの唯一の―――経験値がこのゲージに吸われる以外の―――欠点と俺が思っているのは戦闘継続能力が優れていなければこのゲージも宝の持ち腐れ。
「(日課のランニングを欠かさなくてよかったな!)」
心の中で過去の自分に感謝。
一体こんな未来になるなんて想像できなかったのによくもまぁあんなに俺は身体を鍛えていたものだ。
チラリと、相手に悟られぬよう横目で澪の様子を伺う。
どうやら人質を取って脅すような知能は持ち合わせていないらしく、一応澪が寝ている場所から段々と離れていったがもうそんな心配はしなくて良さそうだ。もしかしたら俺が油断した隙に澪を……なんてこともあるかもしれないので油断はしない。油断してやられて余計な展開作るのはアホか主人公だけで十分だ。
―――決して、油断はしない。
そうしてそこから三十分ほどが経過しただろうか。何度行ったか分からないパリィを成功させ、追撃する暇はなかったので一度大きく後退したその時。
「……お」
突如相手の膨大な情報が脳内に入り込んでくる。以前彼の時は彼の歴史も同時に入り込んできたが、今度はそういったことはなく、ただ淡々と、感情を持たない機会のようなロボットの中にあるデータを見ているような感覚だ。
……なるほどな。
「……ルナリア、ようやく分かったぞ。サポートお疲れ様」
「ほ、本当かい?」
聞こえてきたルナリアの声は疲労に満ちていた。それはそうだろう。戦っているうちに段々と魔力による身体能力の強化に意識が向かなくなってきていたため、ルナリアにそこのところを任せていたのだ。しかも俺の魔力(MP)だけじゃ足りないからと言ってルナリアの魔力まで貸してくれた。ほんとルナリア様々である。
多分だが、この繋がりこそが『紫苑の調停者』の真価なのではなかろうか。あくまでふと思いついた憶測でしかないのだが。
「じゃ、じゃあボクは少し休むよ。あとは頑張って……」
それだけを言い残し、フラフラと飛びながらズボンのポケットへと頭から入り込んでいった。
「あ、同期は繋げておいてくれよ」
「りょーかーい」
……さて、もう勝負も大詰めだ。
「#%※**※*#&!!!!!」
少し遠くでこちらの様子を伺っていた化け物―――いや、『セルドリウス』はこちらの雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、今までにないほどのスピードでこちらを仕留めようと接近してくる。
「本能的な部分で感じ取ったのかね。…………でも……もう遅い」
流石に、もう疲れた。さっさと終わりにしよう。
ルナリアから借りている魔力を右手に圧縮させる。集めて、集めて……こんなもんか。それをセルドリウスに向ける。
…………対象との距離、残り3……2……1……
……………………
その瞬間、紫色の煙が俺の右の手のひらから勢いよく放出された。それがセルドリウスの身体に干渉し、その刹那―――
魔力の煙が水に絵の具を垂したかのような勢いでセルドリウスを飲み込んだ。
「―――!」
声にならない、モスキート音に似たような甲高い音が辺りに響き渡る。
「ここで少しカッコつけるか。……喰らい尽くせ……ってね」
心に余裕が生まれたのでそんなセリフを吐いてみる。
呆気ない、とは露ほども言えないが、終わってみれば単純なものだった。
だが、得た情報によればこいつの正体については単純とは言い難い。
この黒いモヤで身体を構成していた化け物の正体はなんとびっくり、個体名『セルドリウス』、
「確かに、倒し方を知らなかったらコイツもかなり強力だったな」
ただ、これで倒しきったとは言えないだろう。ルナリアの言った通りなら……出てきた。
晴れた紫色の煙の中から出てきたのは、虹色に光る球型の水晶のようなもの。
「あんな黒って感じの見た目の心臓がこんな虹色のものだとはね。ま、それも案外テンプレか。……じゃあな」
下半身を魔力で全力で強化し、思いっきり水晶ごと地面を踏み抜く。
その衝撃で、ズンッ!!と重い音が鳴りこの一帯に軽く地震が起きる。どこかで鳥が一斉に飛び立った音が聞こえた。
「…………まさかここまで力が出るとは。あの鳥には悪いことしたな。ま、でも案外過剰ではなかったもんだから。結構硬かったぞ」
眼前にあるのはバラバラに砕け散った虹色の破片。
「……終わったかな」
そんな言葉を呟くと、とうとう自分の中でこの戦いが終わったのだという実感がふつふつと湧いてきて、だがそれは水が沸騰するような激しさはなく、なんな沸騰した水が火を止めたことで段々と冷めていくような感じがする。
「あ、そうだ澪は……」
戦闘中常に発動させていた《予測補助》を解除させたことで、思考することすらもままならず、それでいて慢性的に続いていた頭痛からも開放されたことで一気に眠気が襲ってきた。
「(これ……冗談抜きで意識が飛ぶやつだ)」
あゝ懐かしきかな、何度か訪れたシステム上の強制睡眠を思い出させる。だがあのときと違うのは自分の意思でこの睡眠に抗えること。
ならば俺のすることは……
「(どうせ寝るならこんな土の上に一人ではなく澪の側で寝たい。そしてあわよくば目が覚めた澪に膝枕してもらいたい!その時の俺の意識がなくてもいい……!ただ贅沢言うなら目覚めた時の景色は二つのおっきな双丘があって、『空が半分しか見えなかった』とか言ってみたい……ッ!!澪のサイズならイケル!!)」
そんな下らない、キモい下心の一心で重たい体を引きずりながら澪のいる場所へと向かうことだ。
ノロノロと、転ばないように気をつけながら前に進む。
なんだかさっきの戦いよりも、澪との耐久よりも長い時があるように感じる。
「あ、まずっ」
だがもう限界なのか、足がもう上がらず、その状態で無理矢理体を前に進ませようとすると地面に足を引っ掛けてしまい思いっきり転んで―――
「……大丈夫?」
耳に聞こえるのは、優しい女の人の声。そして遅れてその声が澪のものだと気がつく。そして更に遅れて、自分を包んでいる人の肌があることが分かり、ちょっとばかり眠気が吹っ飛んでいった。
「……澪か」
「うん」
そこで会話は途切れてしまう。
ただ、眠気は飛んだと言っても正直今の状態では相手の真意を図るどころか自分の考えを誤魔化すことすらも難しい。なので今何か聞かれてしまえばなんでも答えてしまうだろう。
―――構わないか。
「澪」
「……なに?」
「俺は今見ての通り非常に疲労で疲れ切ってる。だから何か聞かれても誤魔化すなんてことは一切できそうにないな。もちろん、普段から嘘ついてるわけでもないが……どうだ?今ならなんでも答えちゃうぞ」
なぜだか、今この瞬間この言葉が必要な気がした。
「……ほんとに?」
その澪の声は震えているように聞こえた。でもそれは俺が勝手にそう思っているだけかもしれない。だって、俺の知る澪はこんなことで声を……心を震わせたりしないから。
「ほんと」
そう答えると、俺を支えていた澪はゆっくりと手を離し、肩を優しく掴んで俺の体の向きを反対にする。
そのちょっとした合間に、わずかに澪の表情が垣間見えたが……
「(あぁ……)」
綺麗だな。
俺のために泣いてくれたその涙が、赤く泣きはらしたその目元が、自分のために向けられているのだと思うとそれらすべてが愛おしく感じる。
久しぶりに向けられたその気持ちに思わずこちらも涙が出そうになった。
「っと」
そう思っていると、唐突に身体の支えがなくなり重力に引っ張られ尻餅をつく。
自分から崩れ落ちたにも関わらず何事かと思っていたら、背中に体温が。
それが背中合わせになっていると気付いた時には、既に澪の口は開かれていた。
「……ねぇ、私のこと……どう思ってる?」
「どう、とは。感情的な話?それとも関係とか」
「じゃあ今の私。今の私を見て、どう思う?」
どう思う、って聞かれたらそりゃあ―――
「かわいい」
「かわ……………………へっ!?」
「なんか普段のクールな感じもイイカンジだけどやっぱデレっていう愛嬌も大事だよな。それにやっぱいつもあんな感じだからこそこういう時のデレってのが心にクルって言うかなんというか―――」
「ちょ!ちょっとストップ!」
「なんだよ。そっちがどう思うって聞いてきたんだから答えたんだろうが」
「そ、それはっ……そうだけど……!」
んー澪の求めてる言葉が分からん。かわいいって言ってほしかったんじゃないのか?
それにかわいいって言われて嫌な気持ちになる女の子おらんやろ。(偏見)
「それに今の動揺してる状態の澪もハッキリ言ってアリだよなぁ。かわいい」
「ほ、他に!何か他になにかないの!?」
日本語が若干おかしくなってしまっている澪をよそに、他にと言われてしまったので他を想像する。
他にと言われてしまったらなー、これ言うしかなくなるよなー。
「…………好き……かなぁ」
「そうでじゃなくて―――」
「あ、もちろん恋愛的な『好き』の方」
「…………」
あ、照れた。かわいっ。
ただこんなこと話してても状況は進展しそうにないので、そろそろ真面目をすることにした。
「ま、フザけた話はこれまでにするか。真面目な話すると、一番最初の質問―――『どう思ってるか?』についてだっけ。なんか大きく変わったなぁとは思ったね。それも良い方向悪い方向どちらを見ても」
そこで一度言葉を切るが、向こうからの返答もないので言葉を続ける。
「少し話はズレるけどな、俺は人そのものを形作る要因ってのは大体が『環境』だと思ってるんだよ」
人が優しく育つのはそれ以上に優しくされて育ったから。
人が悪くなってしまうのは、誰かに悪いことをされたから。
―――もしくはそう成らざるを得ない環境に身を置いてしまっていたか。
「ちょっと前に最近できたエルフの友人に聞いたんだけどさ、以前まではこの村は排他的が故に他種族に対して酷い嫌悪感を抱いてきたらしい。ただつい最近この村にきたとある人間種がこの村を救ったことによって多少は緩和されたんだとさ」
聖エルフ種族のこの村の長い歴史の中で、何度か他種族がこの村を訪れたことがあるらしいが、それら全て、例外なく……殺していったそうだ。一切のためらいもなく、まるで親の敵かのように容赦無く。
「そんな環境に身を置いてたらそりゃあどんな人間も変わるよなとは思うがな。ただここで言いたいのはな……その変化は何も悪いことではないってこと」
一体彼女は何を思って俺に勝負を挑み、そしてステータスの能力値の差という圧倒的な力でねじ伏せ―――そして姿をくらましたのか。寝不足によって真っ当に思考が働かない俺にそんな澪の気持ちの予測すらもつかないが。ただ一つ俺が言えることは……
「つまり?まぁなんだ。澪がどんだけ変わろうが、もしくは化け物みたいな強さを手に入れて世界中の誰もが恐れるような存在になったって、俺が澪の側から離れるなんて真似はしないというわけだ」
気は早いかもしれんがこちとら澪と一緒に骨を埋めるつもりではある。
この先恐らく澪以外に完全に心を許せる人は現れないだろうし、それでいて結婚願望がないわけではない。恋愛漫画とか見て「俺もこんな心がキュンキュンするような恋してぇなぁー!!」とか思うし。
「…………―――」
『なんで』……か。
ふと聞こえてきた、注意深く耳を傾けていないと聞こえないような小さな声量でつぶやいたその澪の言葉に、俺は迷うことなく言葉を紡ぐ。
「だって俺は澪のことが好きなんだから。どうしようもなく」
そこで俺の言葉は締めくくる。
言いたいことも言えたし普段は言えない心の奥底に秘めていたこともハッキリと言えた。澪の聞きたいことが言えたかどうかは今の俺には分からんが、とにかく、俺はスッキリした。
あーなんだか急に眠くなってきた。……もういいや。言いたいこと言ったし。
そこで俺は再び迫ってきた睡魔に抗うこともせず、瞼をゆっくりと閉じ意識を手放すのだった。
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