第22話 いざ出発

そうして、一通り話し終えたエスカはふぅと小さく息を吐き、木の隙間から見える澪たちの様子に目を向けた。それに釣られるようにしてこちらも視線をそちらに移す。

エスカの視線を辿って見た先は―――無表情のまま何かを話している澪だ。


「彼女、優しそうですよね」

「まぁ……実際優しいんだろうな」

「……?」


俺のその変な言葉の使い方に、視界の端でエスカが少しだけ違和感を覚えたような表情をするのが見える。


「俺もこっちのことを少しだけ話すとするなら……実は案外俺たち知り合ってから数ヶ月しか経ってないんだぜ」

「その割には彼女のこと、よく知っているようですが」

「キモイ言い方になるけど、結構見てきたからな」


俺の性格上、付き合う人間を反射的に見定めるようにしている。基準としては根本的に俺は一度信じた仲間からは絶対に裏切られたくないし、何度か漫画とかでそういう展開を見るが、その度に俺はその原因にあるのが主人公だと思っている。

俺が思うに、「見る目がない」……これに限る。

本当に見る目があったら裏切るような人間を友にしないし、裏切るに至った原因というのも物語上ではあり、その大抵が心の弱さによるものだ。

物語の展開上、こういったほうが盛り上がりがあり、『ウケ』を狙うための後の伏線に繋がることもしばしば。


だが俺は主人公じゃないし物語の展開の都合なんてどうでもいいので相手のことをよく見定めて関わっている。


「俺自身、人を見る目はかなりある方だと自負してる。だから俺は関わって数ヶ月の澪に唯一の親友の次に信頼を寄せてるし、それに最終的には俺はエルリアの提案を飲む気になったんだ。理由に関しては……身近に居続けたお前ならよく分かるだろ」

「そうですね」

「……ハッ、そこでハッキリと淀みなく言えるあたりエルリアへの敬愛っぷりが見て取れるよ」


これには思わず俺も苦笑い。

もしもこの言葉を吐いた人物が、よくありがちの変態レベルの護衛とかだったら「引く」のレベルまでいっていたかもしれないが、俺が見る限りこの人は普通に主人のことが好きな常識人。実はこの要素も俺がついていこうと決めた原因だったりする。

ただご主人害する可能性がある存在が近づいてきたら即刻死を選択できるあたり、そのへんは賛否が分かれそうだが。


「……さて、そろそろ行くか。見た感じ説明も終わってエルリアに笑顔も戻ってきたことだし」

「そうしましょうか。私としてもお嬢様を守れるのなら近くにいたほうが良いですし」


エスカはそう言うと、一足先にと言わんばかりに躊躇なしに高さ十メートルはあるであろう木の枝から飛び降りて、音もなく着地する。

このままご主人さまを守りに行くためにこちらを振り向きもせずに澪たちの方へ向かうのかと思っていたら、なんとご丁寧にこっちを見上げて待ってくれていた。


なんだかそのことを少し意外に思いながらも俺も地面へと降りると、エスカから不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「なんでそんな意外そうな顔してるんですか……。流石に後を待たずに一人で行くほど失礼でもないですよ」

「うわバレてた」

「貴方ほどじゃないにしても私も人の顔色をうかがうのは癖のように身に染み付いていましてね」

「……そんなことまでバレてんのかよ……」

「ふふ、貴方がお嬢様をその目で信じてくださったように、私も貴方を信じることにしましたから」

「だったら人の顔見て心を読むんじゃないよ」

「それは貴方も、ですよ」

「は…………はぁ、なんだかしてやられたような気がする」

「それはお互い様ですよ」


確かに実際、俺もエルリアのことを信じたと言いつつも、常にエルリアの心象をできる限り表情から読み取り続けたし、エスカに関しても同様に。

エスカも、そこまでハッキリと言うあたり。そして恐らくエスカの方も俺のことをこの数分間で俺と同じレベルに俺のことを完全に理解したはずだ。


おんなじような性格のやつが同じような能力で相手を理解しようとするとこうなるんだなと初めて知った瞬間である。


だが最終的に笑顔を浮かべていたのはエスカの方で、恐らく俺は今後もエスカを謀る真似はできそうにない。こればっかりは付き合ってきた人の差か。ただし、その理屈でいくと俺は一生エスカを出し抜くことはできなさそうだ。





















「お〜い。戻ったぞ……っていつ手に入れたんだよそのクッキーは」

「ん。実はこっそりと浩哉のカバンの中に入れてあったやつ。女子会のいいお供になったよ」

「それはなにより。ただもうそろ昼飯近いからそんな食うなよ」

「おけ」


そう言った後、手に持っていた余りのクッキーをゴソゴソと包みに戻して再度俺のカバンに突っ込む。……カバンの中がクッキーの欠片まみれになりそうだなぁ。


「あれ?エスカも一緒だったのですか?というか二人ともどこに行っていたんですか」


なんてことを思っていると、すぐ近くの木の地面から露出した根に腰掛けていたエルリアから声がかかったのでこう答えた。


「ん?交友を深めてた。お陰でエルリアについての面白い話聞けたよ」


勿論、実際にはそんなこと全く話してない。本来の話の内容を隠すためのカムフラージュとして挙げただけだから。ただし、これだけではエルリアから完全に話題を逸らすには至れない。

ただし、ここでもう一人の証言が増えることでカムフラージュとして出した話が確実性を持ち始める。


そこで、俺はいつの間にかエルリアの隣まで移動していたエスカにアイコンタクト。


「……な?」

「えぇそうですね。お嬢様のスリーサイズとか……お嬢様のストレスが溜まった晩には夜な夜な隠れて官能小説を書いてたり?」

「えっ!?……ええっ!!??な、なんでそのことを……っ!!」


唐突な身内からの暴露に跳ねるようにして立ち上がって驚きを露わにする。

ただここで残念なことに、マジで顔を赤くしてエルリアがエスカに詰め寄っていることからホントのことだと推測できてしまうんだなこれが。エルフの書いた官能小説……私、気になります!


なんて心の中でふざけていると、隣からちょんちょんと脇腹が突っつかれる感覚が……


「どした?澪」

「ねぇ、官能小説って何?」

「…………」


この突然な純情発言に、先程まで騒いでいた二人の喧騒もピタリと止んでしまった。


そりゃあそうだろう。こんなの子供の「子供ってどうやったらできるのー?」の言葉と同じくらいの威力を持ち合わせている。

いきなり静まった二人の様子が気になったので、澪から疑問を提示されているにも関わらず二人の方に視線を移してみると、ほんのり顔を赤くしているエスカと、もう夕日が直撃してるんじゃないかってくらい顔を赤くしているエルリアがそこにいた。


「う〜ん、そうだなぁ」


小さくそんなことを呟きながら、あくまでも表情は変えずに再度澪の方を見る。

表情は……至って真面目。多分だけど本人からしたら昆虫博士に「あの虫なんていうのー?」くらいの感じでしかないんだろうね。


…………正直に言うよ?

今ものすっごい俺の中のSっ気の心が刺激されてる。


ちょっとこれからかなりキモい妄想するよ。

さっきの言葉からも察せられる通り澪にはその手の知識が全くない。多分エロ漫画も見たことない。男の局部なんかもってのほかだろう。

そんな澪に、「官能小説?あぁ、これ?」と言ってスマホで官能小説投稿サイトを見せて隣でボソボソと内容を呟きながら細かく想像させる。始めはバカらしく思っていたものの徐々に顔を赤らめていって……そこで一旦澪をその場に残すような適当な口実を付けて澪以外の三人はその場を離脱。ただ離脱する前に追撃と言わんばかりに俺の貯蔵のエロ漫画を見せて―――


「はっ……!」


やべ、いかんいかん。一線超えるとこだった。友達の自慰行為を妄想するのは流石に気持ち悪すぎる。だめだな、健全な男子高校生の性欲は。まぁ正確に言えば高校生ではもうないんだけど。


「まぁ……話ながら説明するよ。それじゃ、エルリア、道案内よろしく」

「え……え?あ、あぁ……そ、そうですね!」


これからの俺の行動を見守る気でいたエルリアだったが、急に話を振られて少し吃るが瞬時に立て直す。


さて、一体全体どう説明したものか。





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