第23話 隙間の憩い

『なぁ、お前そんなことしてホントに良いと思ってんのかよ!ただでさえ家族を魔物に皆殺しにされて精神がボロボロなのにそんなやつにお前のエゴを押し付けるんじゃねぇ!!』

『いや、エゴを押し付けて何が悪りィんだ。お前も性に深く関心を持っているオトシゴロ。そんなことしたって誰もお前を非難しねェよ。それにあっちが教えてくれって言ってたんだ。それに応えるってのが優しさなんじゃねェのか?』

『悪魔の声に騙されるな!それにここにはお前以外にも折角信頼を寄せてくれたエスカやエルリアもいるんだぞ。後で後悔するのはお前なんだよ!』

『いや、そんなのバレなきゃ良いんだよ。知られないようにするのに方法なんていくらでもある。それに別に今じゃなくたって良い。アイツらと離れた後二人きりの旅に戻った時にそういうコトを身体に教えてやればいいんだよ……!』

『んっ!ぐぬぬ……』


現在時点では悪魔の意見がやや優勢と見た。


『で、でもお前は後になって後悔しないのかよ!いや絶対に後悔するぞ。「なんであの時あんなことをしてしまったんだ……!」って』

『いやしないね』


―――いや……後悔はするな。


と、今度は天使の方に傾いていく。

だがそこに思わぬ第三者の意見がっ……!


「……どうしたの?浩哉。なんか難しいこと考えてる顔してるけど」

「んあ?……どんな顔してた?」

「こんな顔」


いきなり声をかけられて変な声が出てしまった俺の、その少し前の様子を澪が眉間に深くシワを入れることで再現してみせた。


「(うわっ……!……うわぁ……俺こんな真面目な顔してあんなくだらねぇこと考えてたの?えっ……!?あー……あぁ。なんかアホらしく感じてきたわ)」


「……ありがとな、澪」

「どう、いたしまして?」


キョトンとした表情で感謝を述べる。

やっぱりふざけるのも大概にしたほうがいい。それで他人が巻き込むのは尚更。害を与えるのならそれはもう論外。

やっぱり一年近く人と接していなかっただけで人間というのはこうもバカになるもんだなと再認識したよ。


「そういえば……エルリア」

「どうかいたしましたか?」


俺の呼びかけに首だけを後ろに向けて反応する。

因みにエスカはエルリアの前にいて集団を先導している。


「いや、そういえばついて行ったはいいもののどれくらい時間がかかるのか聞いてなくてな。そろそろ腹も減ってきたから後少しじゃなかったらこの辺で適当なものを食べたいんだけど……」

「そう……ですね。エスカ、あとどれくらいか分かりますか?」

「あと……このペースで歩くとすると三十分くらいですね」

「三十分かぁ……。澪、いけるか?」

「微妙。というか既にお腹すきつつあるかも」

「マジ?…………時間もお昼回ってるしなぁ」


肩にかけるタイプの、このちっちゃな旅で中々に活躍してきた薄い茶色のバックのポケットのうちの一つから自分のスマホを取り出して時間を確認してみた。

時刻は12時42分。

やっぱり季節は夏なので暑い。

……ので正直俺はあんまり食欲がないと言ってもいい。

だが澪が食べたいというのなら俺はそれに従わざるを得ない。


先程澪に対して無礼な妄想を展開していた今の俺には澪への反抗は許されない。


「ほんじゃこのへんでさっさと食べるか。……許可取るの遅くなったが、いいか?エルリア」

「えぇ、私も少しお腹が空いてきたところでしたので」


と、いうことで昼食のお時間。

そうは言っても、少し前に手に入れた栄養調整食品なるものを食すだけなのだが。

ただ、澪がそれを一口二口腹の中に入れてペットボトルに入った水で口の中を潤すと、いきなりこんなことを言い出した。


「……そろそろ水飽きた。カフェオレ飲みたい」

「贅沢言うなや。まだインフラも回復してないし……というかまだ完全な安全圏すら人類は確保できていないんだから」

「ゲームみたいに魔物倒したらジュースとかドロップしたりしないかな……」

「そんな世の中ゲームみたいになったらそれこそこの世は世紀末だろ。レベルの高いやつが頑張ってくれたら近いうちに快適な生活も遅れるようになる……てかそういえば澪のレベルは幾つになったんだっけ?前聞いてから結構経つけど……」


確か前聞いた時はきりよく35だったっけ。

……え?俺?上がってるわけねーだろこの野郎。初期必要経験値量の多さに加えて未だにこの職業使い続けているんだから。とか言いつつもつい前まではレベルアップしたかこんな職さっさと辞めてやろうか、なんて考えてたけど案外これ便利なんだよね。というか内容から考えたらかなりのメリットもあるだろ。ただ、それ相応のデメリット必要経験値量の増加もついてくるというだけであって。


なんて考えていると、


「あのー、一つよろしいでしょうか?」


という声が聞こえてきた。


「どうした?エルリア」

「あ、いえ……!少し疑問に思ったんですけど……この世界の人たちはそんな簡単に自分のステータスの情報を他人に話すものなんですか?」

「話すって…………あぁ、そういうこと?」


恐らくエルリアが言いたいのはこういうことだ。


『個人情報の塊とも言えるステータスを他人に見せていいのか』


それに対しての俺の返答はこうだ。


「まぁ……普通はこんなふうに見せ合うもんじゃないんだろうな。それこそゲームじゃあるまいし」


その淡々とした物言いに、呆気に取られるエルリア。


「なんだよ。別に俺だって誰にだってステータス聞いたり自分の見せびらかしてるわけじゃねぇよ。ただ俺は心の底から信じた人としか関係を持たないだけであって、だったら必然とそういった感じにもなるだろ」


もしかしたらエルリアの生きていた場所ではステータスを他人に開示することはタブーとされている行為なのかもしれない。そして俺は感覚がで生きていた他の人ともズレているのは否定はしない。だがそれがから己に定めたこの信条だけは曲げる理由にはならない。


方向性は少し違うが、澪にだったら俺の全財産を預けても良い。それほどだ。


だが、エルリアからしたらその感覚が理解できないのか、はたまた理解はしようとはしているのか、なんとも言えない表情で考えこんでしまった。


次のエルリアの言葉を待っていると、今度はエスカの方から話が展開される。


「すみません。お嬢様は一度考えこんでしまうと自分が納得するまで黙り込んでしまう性格でして」

「一国の姫様なのに殊勝な性格してるな」

「それもお嬢様の魅力の一つです」


でたなエルリア好き。

ある胸張って自慢げな表情している護衛はさぞ誇らしいだろう―――


……ゴクリ。


「(やばいな。やばい。何がやばいと言ったら男1に女3の完全ハーレム状態が完成されてしまっていることがやばいし、その恩恵を全面的に享受してる今の俺もやばい)」


もしこの場に櫂がいたとしてもそのご立派な双峰に櫂と一緒に目を奪われていただろう。いや、最近アイツ奏音ちゃん一筋だから目が行くことはあっても自制しようと必死になるか。


「(でもまぁ俺にはそんな存在は一切いないので遠慮なくバレないように見させてもらおう)」


そんな一切の欲を否定せず、覗き見るが如く横目でチラチラしていると、脇腹になんとも言い難い激烈な痛みが走る。


「いっ!!え、ちょ澪痛いって。そんな刀の柄で背中グリグリしないで」

「…………」

「ちょっ……!な、なんで!?というかなんか言って!」

「なんかムカついた」

「理由がすげぇ理不尽」


意味のない唐突な暴力に対抗するために、さっさと刀を奪ってバックの隣に置くと、今度は視界をバッ!と何かが埋め尽くした。


「ステータス、ね」


最早何がどうしてこうなったのか微塵も把握できていない俺は呆れるしかできない。

だが櫂から聞いたがこういう時は流れに逆らわず、過ぎたことは過ぎたこととして処理するのが最善の術らしいので俺もそれを実行することに。

今でいうそれは目の前に提示されたステータスを眺めることだ。


「レベルが……53。結構上がってら」


これも櫂から聞いた話だが、レベルの経験値の上がり方については、魔物を倒した云々関係なく、どれだけ自分の経験になったかが大切になってくるそうだ。

つまりゲームのように相手の強さによって得られる経験値が変化するわけではないということだ。


「澪のスキル……『一閃断波いっせんだんは』だっけ?それによる一刀両断って結構経験値効率的には悪いんじゃねぇかって思ってたけど」

「む、このスキル思ったよりも使い勝手悪いんだよ。このスキルで絶対に相手を殺さないとMPがゼロになるんだから」

「何度も思うけどやっぱピーキーすぎんだろ」

「でもその間で色々考えてスキル発動してるからそれが『経験』とみなされたんじゃないかな?」


俺がいなかったらまさにデッドオアアライブのスキルだが、いままで一体どうやってきたものか。昔それが気になったので訪ねてみたら、澪曰く、


『当たっても当たんなくてもスキル発動して切ったら即行逃げる』


……らしい。

その時話を聞いていた俺はその姿を想像したら思わず笑ってしまい、カンカンに怒られてしまったのはご愛嬌だと思ってくれ。


「それで……浩哉の方はどうなの?レベル上がった?」

「上がってると思うか?ああ、でもとうとう80パーは越えたぞ」

「なんか一人だけ違うゲームやってない?」


マジでそれな。俺だけレベル十が最強の世界線にいる気がする。もしかして生まれる世界間違えた?いやまぁレベルアップ時の能力値の上昇幅がえげつないんだから特に理不尽さを感じてるわけでもないんだけど。ただまぁ……


「……はぁ……でもやっぱレベルが低いとこの世の中差別されるらしいしなぁ。あ、そういやレベルと言ったら、この前櫂から聞いたんだけどアイツとうとうレベル100越えたらしいぜ。何倒したら数ヶ月でいける―――」

「「えっ?」」

「……ん?」


不意に聞こえてきた驚きの一声。

偶然であろうが、ソプラノの重なった声は俺の文句を止めるほどの力は持っているらしく、思わず言葉を切ってそちらの方に視線を向けた。


「そんな変か?レベル100」

「変……ってことはないけど…………貴方の友達、人間?」

「れっきとした霊長類人科に属する立派な人間……ってこんなこと言っても知らねぇよな。んで、それがどうしたと」

「いえ……いえ、やはりここは私たちの住んでいた世界とは違うのだと再認識しただけです」

「へぇ」


その言葉に、思わず俺の口角は釣り上がる。

考察野郎の血が騒ぐ。


そもそも、だ。

まず向こうの世界とはなんなんだ?

エルリアから聞くには、全ての生き物―――正確に言うなら、魔物や人間種、エルフ種の知能ある存在の全てに『ステータス』という己の能力値を可視化できる能力を持ち、またそこから限られた存在が、『スキル』というものをに保持しているらしい。


この時点でもう違う。


向こうの世界は『スキル』は

対してこちらはレベルアップ時に貰える。これは明らかにに他ならない。


「向こうの世界の人間は、少なくともこっちの世界ほどアグレッシブではないわけだ」

「と、いうよりですね」


そこでエルリアは思わぬことを口にする。



「人間そのものは地位的にはかなり下の部類の種族なんですよ」





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