第21話 女の涙
不定期投稿者の世にも珍しい連日投稿だよ。
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「ふぅ、なんだかんだで結構な長電話だったな」
耳に当てているスマホを持つ腕を脱力させ、小さく息を吐く。
時刻はもう正午に差し掛かろうとしており、ジリジリと日射も強まってきている頃合いで、セミの活動もピークに差し掛かっていた。
「悪いな、澪。待たせた」
「うん、待った。でもエルリアとの話も結構面白かったしそんなに気にしてないよ」
澪はそう言うと、身の回りの整理を始めた。
もうそろそろお昼ご飯の時間だが、何分食べるものがない。だから実は昨日のうちにここから少し先にある小さな街によってそこで色々貰おうと計画していたのだが、あまりの暑さ故の寄り道と、それによって起きたエルフとの出会いで昨夜は魔物の肉を食べることになっていたのだ。
というかそもそも魔物の肉なんかあまり食べない。というか当たり外れが酷い。
「昨日は結構運が良かったな。前食べたイモムシみたいなヤツは味はそんなに悪くなかったけど如何せん見た目が……」
「うっ……、思い出させないで。あの時はかなり切羽詰まってたから口にしただけ。普段ならあんなの死んでも食べない」
「全面的に同意。てかいつの間にかいなくなってるけど……エスカさんはどこ行ったの?」
俺が櫂と電話しているうちに視界の端っこでここから離脱しているのが見えたけど。
とか思っていると、まるで、その質問がとうとう来たかとでも言うような、強張った表情になる。
「(ふむ、なにか面倒事の予感?)」
実は俺はさっきから、というか昨日からエルリアと会話する上で一つだけ、決して話題に出さないように気をつけていることがあった。
「(『なぜ、お前たちはこの世界に来たのか』。ずっと聞いて欲しそうな顔してたけどなぁ。《予測補助》でエルリアを注視したらその傾向がまぁよく見えるんだなこれが)」
澪の方も、特に俺が耳打ちしたわけでもないのにその話題を出さないということは俺と同じ様な考えなのだろう。
「あのっ……!」
「その前に!……一つだけ割り込ませてもらう」
我ながら悪い人間だなぁとは思う。もしもここにいるのが俺ではなく櫂だったら、エルリアから様々なことを訪ねた上で、自分の目的とは微塵も相容れなくたって、迷いなくその行動をとるだろう。
ただ俺は悪い人間で、他人の事情よりも自分たちの意見を優先する人種なんだ。
……悪く思うなよ。
「俺はこれからある場所に向かっている最中なんだ。そしてその場所では俺の友がそこで待っている。そして俺らにはあんまり時間はないんだ。だからすぐに出発させてもらうぞ。……それでも言いたいことはあるか?」
「……っ!!」
エルリアの顔が途端に悲壮に満ちた表情を浮かべる。それは一本の希望の糸が目の前で無常にも切り落とされたような。
そんな顔されたら罪悪感が半端ないが、ここは無情な判断を下す場面。
「…………ない……です」
「そうか」
必死に絞り出したその言葉をちゃんと聞き入れた俺は、俯いて今にも泣き出してしまいそうなエルリアに背中を向けた。
正直そんな辛そうにされたら「はい」と何度も言いたくなるが、やはり優先すべきは出会って一日にも満たないエルフよりも、あの苦痛に満ちた俺を支えてくれた友の方だ。
そうして俺は決意をする……と、どこからともなく現れた澪に袖を引っ張られる。
「……?どうした」
疑問の声を提示した俺に、澪は人差し指を俺の後ろ方面に向けることで反応してみせた。
何事かと思って半分無意識にその指先の方向に顔を向ける。
そしてその途中で気づく。
「(あ、そっちの方向さっきまでエルリアがいたところ……)」
ただ一度そうと決めて行動したことは頭の中では線路を分岐させていても、実際変更されるのには少々遅延があるのと同じように、その方向へ向くことは止められなかった。
そして視界に入るは、涙をポロポロと流したエルリアの姿。
その瞬間、俺の罪悪感は最骨頂に達した。
「…………一応聞くが、澪はどうしたいんだよ」
「勿論助けたい」
「いやお前もこの件に関わる気はなかっただろうが」
「まぁそうなんだけど……あんな様子見せられたら助けないわけにはいかないじゃん?というか罪悪感が凄い」
「だよなぁ……はぁ……。女の涙は怖いねぇ」
ため息とともに思わず空を仰ぐと、ふと遠くの木の枝の上にエスカが待機しているのが目に入った。
……まさかの弓を引いている状態で。
俺は恐らく今後数十年生きる人生の中でこのとき以上に空を仰いで良かったと思う瞬間は訪れないだろう。
「はっ……!?……はは、過激派すぎんだろ。やっぱ主を守る護衛には少しぶっ飛んだやつが丁度良いのかなぁ」
「……なにか言った?」
「言ったけど独り言。というか俺はたった今用事ができたからお前が説明してきて」
「……?まぁ良いけど」
そうして俺は少し横の草木に入って遠回りするようにして、そして万が一にもあの場所から不意打ちで射抜かれないように木を使って接近していく。
ただし、残りの数十メートルは相手の視界に入るようにする。
この行為に俺の抵抗の気持ちがないことを含んでいると気づいてくれればいいが……。
ただ、その行為が功を奏したのかは分からないが、俺はエスカのいる木の真下まで接近することができた。
そして俺は一気に跳躍して木の太い枝を掴み、両の足をしっかりと枝につける。
相変わらずの超人行為だが、最近はこの身体能力にも慣れてきた節がある。
そう思うとエルフのいた世界の人間は生まれたときからステータスという力を得ていたのだから、超人率ヤバいのではと思う。
っと、今はそんなことより。
「あの〜、取り敢えずその弓下ろしてもらえませんかね。正直言って全く生きた心地がしない」
「フッ、よく言いますよ。……貴方、恐らくこの距離からでも避けられるのでしょう?」
それだけを言って、ようやく弓矢を下ろしてくれた。
「いやいや、流石の俺でもこの距離で避けるは物理的に不可能でしょうよ」
「それでは避ける以外の選択だったら私の矢をどうこうすることができたということでしょうか?」
「まぁ」
同意。
その意を言葉にしてエスカへと伝えたその瞬間、エスカが動く。
下ろしたはずの弓矢をまた再度こちらに向けて、あろうことか矢を射出したのだ。
本来ならばその飛ばされた矢は俺の頭を貫いて、そして何をされたのかも知ることもなくこの世を後にしていたことだろう。
ただし、そんなことが起きるよりも前に、俺の《予測補助》が起動された。
迫りくる矢を、予め少しだけ気持ち上げておいた手で、矢の木の胴体部分を瞬時に握って脳天への貫通を防ぐ。
「あぁ恐ろしい。少しでも反応が遅れていたら死んでいたと思うと物凄く恐ろしい」
「……私はこの距離の不意打ちを防いだ貴方に恐ろしく感じますよ」
俺の冗談みたいな物言いに苦笑いで反応しながら、エスカは今度は弓をちゃんと背中にかける。正真正銘そちらにも戦う気がないと判断した俺は、《予測補助》を解除した。
「いや実際一コンマでも俺の動作が遅かったりもう少しエスカさんが矢を引く力が強かったら俺は今この世にいなかったよ」
「……お嬢様から貴方達のオークとの戦いと聞いた時は冗談かと思いましたよ。でも、ようやく今本当に納得できました」
「納得の仕方が怖すぎるって」
その言葉に、思わずこちらも苦笑い。
「……エルリアの提案。受けることにしたよ」
「良いんですか?貴方達にも目的があったのでしょう?」
「……………………聞こえてた?」
「えぇ」
えぇ……、マジか。ここから俺たちがいた場所まで百メートル以上はあるぞ。そんな距離でも正確に言葉を聞き取れるって……古代聖エルフ種とんでもないな?
「あ、勘違いしないでくださいよ。これは私のスキルの力ですので。お嬢様もこんなとんでもない聴力してると思わないでください」
「まぁそうだよな」
そんな力が種族全体にあったら明らかに今でも人間を押しのけて生態系の頂点に立ててただろうし。
そうして、エスカは小さく息を吐くと枝の上に腰を下ろした。
そのまま自分の横の枝をポンポンと叩くので、俺はその指示に従って素直に横に落ち着く。
そして間髪入れず、エスカは俺に向けてポツリポツリとその心情を話し始めた。
「……実は、本当は私、お嬢様の意思に関わらず貴方達を殺そうとしていたんですよ」
「マジか」
「今日の朝、ミオという人物がこの世界にはエルフという種族は存在せずに、人間種だけがこの世界を支配しているのだと聞いたときです」
「あ……」
俺もそこである可能性に行き着いた。
「私はその話を聞いた時、まず最初にこの世界の人間に私たちの存在が行き渡ってしまうことを危惧しました。勿論そのことは私たちがこの世界で生きている限り、いつしか起きることだとは理解しています。ただ、今じゃない。まだ早い。……まだ私たちの存在を迫害するにはまだ早すぎる」
以前、エルリアは「人間という種族は力持たない存在を激しく蔑む傾向にある」と言った。ただこのことには俺は少しだけ語弊があると思っている。
正確には、「人間という種族は自らと違う存在を激しく否定する傾向にある」だと俺は思っている。人間とエルフ然り、強者と弱者然り、『違う』ということを人間は否定する。
このオタク文化溢れる日本に於いて、エルリアのような存在が否定されるかどうかは怪しいが、少なくとも人間とエルフが違うというのは確かなこと。少なからずエルフたちを否定する輩はいつしか世に台頭し、無視できない言葉をエルフたちに投げかける。
「だから私はその可能性を潰すために私たちを消そうとしました。もちろん、お嬢様が悲しまないような言い訳を使ってお嬢様には伝えますが」
「まぁ……言っていることは分からんでもない。というかそこまでの気概がないと護衛って務まらんのな」
「そうですよ。古代聖エルフの王族の護衛たちがそもそもぶっ飛んでますから、光見えても私が一番まともなんですよ」
「アンタが一番まともって、他の奴らはどんだけヤバいんだよ」
「そうですね……。例えば第一王子の護衛。彼には元々婚約者がいます。だから第一王子に近づく女性はみんな脅して二度と近づかないようにさせる……とか」
「怖っ!」
どこぞの過激派ヤクザの護衛だよ。倫理観もクソもないな。
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