第20話 意味のあることは果たして

古代聖エルフ種族。

その種族とは数あるエルフ種の中でも比較的歴史のある種族で、エルフにも関わらず高い生殖能力を持ちながらも、長い寿命という異質な特性を活かし、太古の昔の自然の支配者は紛れもなく彼らだった。

ただし、彼らはそれほどの特性を持ちながらも、他の種族には持っていたあるものがその種族にはなかった。


それが魔力だった。


その魔力は種族の発展には絶対と言っていいほど関わっており―――


「ちょ!ちょ、ちょっと待って!!」

「……?どうしたんですか」

「俺の聞き間違えじゃなかったら……エルリア今魔力っつった?」

「えぇ。自然の法則の支配権を握ることのできる不可視の物質……と言われてますけど、実際のところ使うことのできない我々からしたら羨ましいことこの上ないですよ」

「はぁあ……。あぁ、いや、悪かった話を続けて」


わ、分かりました。

その魔力という存在は私たちの世界の大半の知的生命体が持ち合わせてあり、勿論その種族の中でも個人差というものもあります。

そしてその中でも多くの魔力を保有できる者を『魔術師』と呼び、魔物の排除や戦争の強力な手駒として使われているのです。

ただ、人間という種族は力持たない存在を激しく蔑む傾向にあり、魔力を持たないのにも関わらず長らく存在し、尚且つ人間そのものに危害を加えることのできる私達の種族を激しく差別している傾向があります。


私たちも魔力を感じることは出来るのですがいかんせんそれをどう扱うのか検討すらつきません。いえ、魔力を感じ取る能力があるだけでもあの世界では僥倖だったのかもしれません。そのお陰で大規模な魔法が発動される直前だったり、誰が、どこから魔法が発動されるのかを察知することができますから。

この世界にも前の世界よりかは少ないですが、確実に魔力の存在を感じます。

それに魔力はこの不思議な力の『ステータス』と呼ばれている己の能力値を映し出すことのできる現象にも関係しているそうです。あなたたちは以前までこの世界ではステータスの発現はできず、それどころか魔法の存在すらなかったと聞きます。


「これは私の推測ですが……私たちの世界とこの世界が段々と混ざりあっているのではないでしょうか?」

「混ざり合っている、か。そういえば以前世界の君臨者ワールズ・キングとか言われている魔物が倒された時、なんだか世界の融合率が―――とか言われてたって聞いたな」

「ん、確かにそんなことも言ってたね。個体名はたしか……えと……」


澪が頭を悩ませている間、俺も櫂から聞いた名前を思い出すために必死に頭を巡らせる。……なんだか最近物忘れが酷いな。櫂が倒した名前とかいうものだから思い出しても良いはずなのだが……。まぁそれはそれとして。

しかし、だ。

何気なくそっちの世界について、異世界(仮)からの来訪者に聞いてみたらとんでもないもんが飛んできたもんだ。

世界の真理を突くような推測と謎の『魔力』の存在が判明したりと。

というかそもそもとして目の前のこのエルリアの存在自体がこっちの、この我々人間が食物連鎖の頂点に位置しているこの世界からしたら異質でしかないのにこれ以上情報抱えてどうすんだって話よ。こんなん一個人が抱えていい量じゃないぞ。


なんて思っていると、澪が突然にこんなことを言い出した。



「そういえば……世界の君臨者ワールズ・キングって?」

「……………………んん??」



なに言ってんだ?お前さっき「確かにそんなこと言ってたね」とか言ってたじゃないか。と、思ったことそのまま口に出そうとしたその時、



世界は揺れ動く。



【第21番目の世界の君臨者ワールズ・キング、個体名『狼王』、固有名:《イルミナス》が討伐されました。世界の融合率が5%増加します】



「……はっ?」


前触れもなく、唐突に、無機質な印象のない声が脳内を巡った。





















既視感、という言葉はまさにこんな場面で使うのだろう。

いや、正確に言うとの俺は寝ていたからこのアナウンスを聞くのは初めてだ。

だが、櫂から聞いたあの言葉……あれだけは嘘ではない。

当たり前だが櫂がその時嘘をついた可能性だって存在する。イルミナスなんて個体は元より討伐されておらず、櫂もそれによって得たスキルもまるっきりない。全部嘘。


だがそんな可能性は百パーない。

それは理屈だとか証拠だとか、そんな確実なものではなく親友だから言える、櫂という人間を完璧に知り尽くしているからこその言葉だ。


だからこそ、このアナウンスには疑問しか残らない。


なぜ同じアナウンスが流れた?

それとも、イルミナスは二体いた?


なんとも言えない不気味な、正体の見えない不安が瞬時に俺を襲う。


そうして反射的にスマホを取り出し、櫂へと通話を繋げる。


「浩哉?」


澪から疑問の声が投げかけられるが、今はそんなことを気にしていられないほどまでに俺は不安に苛まれていた。

通話をかける前の、あの特有の軽い音が耳に入るが、その少しの時間すらも今の俺には疎ましく感じられた。

ただ幸いにもその時間は至極短く、繋がった時のプツリという音が聞こえた。


『なんだ浩哉!今忙しいから悪いがまた後でかけ直してくれねぇか!』


そして瞬く間に聞こえてきた懐かしの友の声。その声を聞いて、ようやく俺は落ち着きを取り戻した。


「悪い。ただ一個だけ確認させてほしいことがあったんだ」

『おう!なんだ!?』

「……さっきのアナウンスはなんだったんだ?」


その言葉を放った瞬間、先程から聞こえていた櫂の急かすような声がまるで電源の切れたテレビのようにピタリと聞こえなくなった。途中電話が切れてしまったのかと思って一度画面を見てみるが、やはり繋がっていることに間違いはない。

暫くスマホの画面を耳に押し付けて、次の櫂の言葉を待つ。その間は電話の向こうの喧騒がやけに大きく聞こえてきて、その反面俺の周りは不思議と静かなもんだから一瞬変な感覚に見舞われた。


待ったのは十秒くらいだろうか。

電話の向こうから聞こえてきた声は、さっきの櫂とは全く違った毛色だった。


『お前……覚えてるのか?俺が数ヶ月前にイルミナスを倒したこと』

「覚えてるって……そりゃあな。というか世界の君臨者ワールズ・キングなんて大層な名前のついた存在を倒したとなれば忘れようにも忘れらんないだろうよ」

『覚えてる……そうか……』


櫂はそれだけ言った後、ゆっくりと、衝撃的なことを言い始めた。


『どうやら俺とお前以外、俺がイルミナスを倒したことを覚えてないらしいぞ』

「そりゃあ……どうして?」

『どうしてって……俺が知るかそんなこと。奏音にも聞いて見たがあのアナウンスを聞いたのが今回で初めてだって言ってた』

「なんだよ。それじゃあお前がこの前倒したやつは偽物だったとかいうオチなんじゃないだろうな」

『いや、それはありえないと思うぜ。だって今の俺の手にはあの時手に入れたスキルがあるんだ。効果も未だ続いている。ステータス上にも、それに称号としても俺がその魔物を倒したんだっていう証拠は山程ある』


それじゃあ一体なんなんだ。

そんなことを言おうとしたが、櫂に言っても無駄でしかないと感じたので、寸前で飲み込む。


不気味、としか言いようがない。


櫂にとっても、特に実害があるわけでもない。

元より櫂はイルミナスに対してソロで挑んだ身。一回目に誰が倒したのかなんてそもそもとして知りようがない。ただし、奏音には告げているはずだ。それか彼に近しい人物。


ただ、それ以上に俺はさっきの澪の豹変ぶりに一番に実感を感じた。


少し電話を外す、とだけ櫂に断りを入れてから通話状態を維持したまま俺はスマホを耳から外して澪に向き直る。


「なぁ、一個だけ聞いてもいいか?特に変に考えなくていい。ただ受け取った言葉通りに答えろ」

「……分かった」


俺の言葉一つに、口元にキュッと力が入るのが視界に入った。特段、いつもは澪の顔なんてこんな小さな変化がわかるくらいに見ることはない。ただ、そのときは何故か澪の表情、または一挙手一投足に注視していた。


なぜだろう?


不意に、そして一瞬だけ、疑問のベクトルが先程起きた怪奇現象ではなく、そんな行動をとっていた己に向く。その疑問につられ、同時にもう一度俺は澪の表情に焦点を合わせた。そしてまたその行動に、俺の頭の上には容易にクエスチョンマークが浮かぶ。

疑問が疑問を呼んでいるような状態の自分に、また俺は疑問を覚える。


疑問が解消されるまで終わらない無限ループのような泥沼にハマったことに、俺は自分の言葉を発することで脱しようとしても、その言葉が口から絞り出せない。


「……っ!」


今までとは違う、変な焦りが生まれた。

例えばそれは学校の授業中に、答えは分かっているのに周りの目を気にするせいで名指しされても答えられず、その答えられない空白の時間が当事者にとっては永遠に続く地獄のように。


例えがくだらないと思うか?

でもそれは当事者になったことがないからそんなことが言えるんだよ。


「(……はっ!俺は誰に諭してんだよ。…………て)」


自分の言葉に鼻で笑った直後、いきなり澪が俺との距離を詰める。その時、俺は初めて澪の表情を見た。

初めて……そう、初めて。恐らくその瞬間が逡巡していた俺の目に映った本当の意味でのだろう。


「(いや、なんでまたそんな真面目そうな。というかなんでそんな神妙そうな表情ができるんだよ)」


しばしその表情を見つめていた自分の顔に、いつの間にか頬がつり上がっているのを俺は感じた。

まるで全ての事情を知った上で、改めて事実確認のために聞いてる的な雰囲気が、緊張した俺の心を弛緩させてくれた。


多分……いや絶対何一つ分かってないだろうけど……。


「さっきのアナウンスあったじゃん?」

「……うん」

「あれ初めて聞いたよね」

「……初めて」

「よし」


正直、緊張がほぐれた俺からしたら今さっきの問いもほぼ意味はない。

そんな俺は優しい動作で再度スマホを耳に当てる。


「櫂」

『どうだっ!?何か分かった……か……』

「あぁ、特に焦ることもないということが分かった」


そうだ。

全くもってこんな心を抱く必要なんてなかったんだ。

俺らはあまりに異常なことが目の前で起きたせいで、冷静に物事を捉えられなかった。だから冷静に考えたらそれはとても単純で、あまりにもそんなことで焦っていた自分が阿呆に思える。


……だろ?」

『あ』


ようやく、彼も俺らの愚かさに気がついたようだ。


「お前もイルミナスを倒した称号も、スキルも持っている。それでいてその存在は世界によって討伐されたと報告された。それで良かったんだよ」

『…………確かに、か。そうか……』


もう、声に焦りはない。

どちらかと言えば、安堵の声。


『そうだよな。はぁ……ったく、何してたんだろうな、俺ら』

「ほんとそれ。てかついさっき送った写真見た?こんな暑い真夏にかき氷の写真送ってきた仕返し」

『ん?なんだそれ………………はぁ!!??』


そこからは全くもって緊張の「き」の字もない時間が流れた。

そこにあったのは、一人の友と友が仲良くふざけ合ったりしている光景だけだった。





















都内某所。

崩れ落ちたガラス張りのビルの地下のまた更に地下。

ある一人の女と、となりに大型犬サイズの犬が大量の紙の周りに座していた。


「ふむ、やはりこうしたら復活するのか。流石は世界の君臨者と言われる魔物だ。まさか肉体だけを魔力に変換して別の存在へと変化させることも可能だとは」

「―――、―――」

「ふふ、褒めるな褒めるな。まぁ、天才だと言う点は間違ってない……ん?何?あぁ、なんだそっちの方か。失敬な、私は別にキミ以外の他の生物には一ミリたりとも手は出していないぞ。などと呼ばれるにはまだ足りない」

「―――」

「狂ってる、か。まぁ確かに私は狂ったのだろう。ただ、勘違いしないでほしいのは私も狂いたくて狂ったわけじゃない。この狂った世界が狂わしたのだ。だから間接的にキミ達のせいということにもなる」

「――――――――、―――」

「それは言い訳に過ぎない。神の名代であるキミ達は責務があった。己の世界を守るという責務が。だから私も勝手ながら私のいる世界を守らせてもらうよ。それが私の責務だから」


果たして、その女はこの世界の主人公になるのか。

それともかつてないほどの強大な悪となりうるのか。


その結末は、まだ今を生きる人間には誰にも分からない。





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