第12話 未来予想図

一瞬にして意識が途切れてしまった俺が次に見た光景は、なんとも酷い一場面だった。

地は抉れコンクリートとその下の土との境目もなくなり、雲は裂かれ淀みのない青が顔を覗かせ、建物の残骸が当たり前のようにそこらに転がっている。

そんな中に、俺は立っていた。


ただし、身体は動かせない。


「(……夢かこれ?)」


だとしたら、これは巷で言うところの明晰夢というやつか。え、じゃあ手からビームも出せるんじゃね?

なんてふざけたことを思いながらも、その愚行を実行しようとしたところで、俺の足は前に動き出した。勿論、身体を動かすことが出来ないのだから俺の意思ではない。


「(うぉぉ……。なんか凄い変な感覚。まるで地と足が接着しているような安定感……)」


明らかにこの身体は自分のはずなのに、所々の感覚がいつものものとは微妙に違ってくる。視線もピクリとも動かせないので、今の自分がどんな状態かは知ることができないが、肉体そのものに大きな変化が起きたわけではなさそうだ。


今の自分のできることは、そうやって暇つぶしにこの夢の中の現状の把握に努めていると……突如、轟音が辺りに木霊した。


「(うぉあっ!……なんだ今のは)」


「……派手にやってんなぁ」


その音の原因に驚いていた俺は、最初の方は次に聞いた声が自分のものだと錯覚してしまった。正確に言えばその声も俺自身によるものだが、それほどまでに、俺らは殆ど変わりはなかった。


ただ、それ以上に驚いたのが、『俺』の見つめている先に、この世のものとは絶対に形容できないほどの理解を超えた怪物が暴れ回っていたからだ。そしてそれとじゃれ合うように周りに纏わりつく、小さな人影。


恐らく、その怪物はあの人影の主と戦っているのだろう。

その二つの物体がぶつかり合う度に凄まじいほどの衝撃波が発生し、辺りを震わせている。

そんな様子をジッと眺めていた『俺』は、ポツリとある言葉を口にした。


「さて、俺も混ざりにいくか」


もう一人の俺はその言葉を聞いた瞬間、自身の耳を疑った。


「(はぁ!?あんな神々の戦いみたいなやつに混ざりにいくって……正気か俺!?)」


ただそんな悲痛な叫びも口に出なきゃ意味はないわけで、そして指の一本ですらピクリとも動かせない俺は黙ってこれから起きることを見ていることしかできなかった。


先程からずっとあの怪物に合わせていた視線を一度手元に移した『俺』は、腰辺りから刃が十センチほどしかないナイフを取り出した。

そしてそのナイフの切っ先を怪物の中心辺りに重ね合わせ……不意に、俺の頭にある言葉がよぎる。


「(《閃刃の受諾サウザンド・アクセプト》……?ってその指輪……)」


意味の分からない言葉の羅列が聞こえてきたと思ったら、この世界に来て初めて見たことのあるものに出会った。

それがつい最近貰った、鈍色の指輪。指し示したナイフを持つ右手にはめられたそれは見たことのない模様が付いているものの、あの鈍い輝きはその指輪で間違いない。


「《形態変化モード:スナイパー・装填イグニッション》」


なんてことを思っていると、『俺』の口から何かの言葉が紡がれる。

すると、今度は『俺』の周りで摩訶不思議なことが起き始めた。


「(ナイフが動いて……)」


膨大な量のナイフが、『俺』の半径三メートル辺りの距離で浮遊して、そして……



たった一個の巨大な銃弾へと姿を変えた。



見た目は単なるナイフの集まりのため、よく見たらナイフの集合体だということは分かるが、確かにそれは狙撃銃スナイパーの名を冠しているとも言えよう。

その数多ものナイフが集まったそれは、俺の頭上で怪物を標的に定めていた。


『俺』がスッと息を吸って、放つ。


放刃スパーク


その瞬間、空気が激しく振動して―――



眩耀ルーミア



息をつく間もなく、『俺』はそう心の中で呟いていた。

そんな『俺』はいつの間にかあの化け物の首筋にいて……



そうして、視界は暗転する。



……恐らく、一個前に呟いた《閃刃の受諾サウザンド・アクセプト》も、今の《眩耀ルーミア》も、この世界の俺が手に入れたスキルなのだろう。

もしもこれが俺の未来予想図なら、一体どんな経験を経てそんな力を抱くに至ったのか。それとも特に気苦労もせずこんだけの力を俺なんかが手に入れられるのなら……


この世界は一体どんな方向へと向かっていくのだろうか?


そんな疑問を持ちながら、俺はレベル2の身体に戻るのだった。





















パチパチ、と、遠くから乾いた音が耳に残る。


なんだか映画の前の他の映画のコマーシャルを見ていたような気分だな。ただそんな原理でいくとこれからが映画の始まり……いや、あながち間違いでもないか。


そんなことを思いながら、瞼によって閉じられた眼に景色を映す。

辺りは薄暗く、空を見上げた感じ日の出の前の暗さという雰囲気だ。


「(真っ昼間に倒れたことを加味すると……結構寝たな)」


と、空から自分の身体に視線を戻したところで、あることに気がついた。


「(あれ?俺コンクリの道路の上でぶっ倒れたはずじゃ……なんで草の上?それにあの焚き火……消えかかってるけど俺が作ったもんじゃ―――)」


そこで俺はもう一つのことに気がつく。

俺の他に、焚き火を挟むようにして誰かが横になって寝ていたのだ。

しかも見た感じ女の子。


「(あ――――……ね)」


こう言う時こそ冷静に物を考えるのが必須。

そしてそんな俺が冷静に物を考えた結果、移動されている俺の身体、俺以外の誰か―――詳しく言えば女の子―――、そして明かりを保つためだけでなく、肉を焼いたり料理をしたりするなどの原始的な手段であるが用法は多岐に渡る焚き火。


あ、これ完全に助けられたヤツだこれ。


えっ、てことはつまり俺女の子に守られたってこと?……えぇ……それはちょっと男としてどうよ。控えめに言ってダサいぞ俺。

いや分かってる。こんな世界になってからはレベルが高い方が強いってこと。つまりもう『強さ』という指標で考えたらもう『男』というアドバンテージはないに等しいこの世界。そんな世界で俺はレベル2という控えめに言ってクソ雑魚な部類の俺は充分守られるべき対象に入ってる。


でも……それでもさぁ。


「……せめて何かしらのお礼でも用意するか。過ぎたもんを考え続けてもしょうがねぇ」


ステータスは……後で確認するか。

少し歩いただけでも身体能力の上昇は実感できるし、アナウンスさんのアナウンスの通りちゃんとステータスとの差異の調整はできたんだろう。


「(スキルは気になるけど……魔物が現れてもこの身体能力だけでなんとかなる気がする。っつってもこんな状況で出るわけねぇだろ。いくらこんだけフラグ建ててると言ってもなぁ?)」



グルルル……



「……あ―――そういう感じね」


突然だけど、俺の耳って結構良いもんだからさ、そこそこ遠くからの野生の動物なんかの鳴き声とか自慢じゃないけど聞き取れるわけよ。しかも大抵その鳴き声が聞こえてきたらまずその対象との位置を確認してから逃げるわけ。だからいつの間にか音のする場所と自分との間の正確な距離が察知できるようになっている。


だからその声の音量からするに、距離は……多分丁度右斜め後方で目視できるあたり!


「うわ〜デカ〜」


ただこんなデカさは想像していなかった。

目の前には赤茶色の毛色の熊らしき生物。らしき、と形容しているのは、そりゃあ見た目がただの熊ではないからだ。

明らかに普段使いをするには不便なくらいの長さの爪に、どんな用途なのか分からないくらいに小さい頭から生えた細い角。

そんで極めつけに、要所要所の動きがビビるくらいに機敏。ほら、今だってスライドするような動作で近づいてきて……


「って危なっ!!」


ジッと見つめていたらいきなり動作が早くなり、一回瞼を閉じた瞬間にかなりの距離まで迫っていた熊モドキのタックルを寸前で避ける。

これで一応躱せたか?なんて思っていると、熊がいきなり不自然な動きをしだして……って!


「二撃目ぇ!?」


突っ込んできた熊が右肩を下にして転んだような動作をしたかと思ったら、その熊は急速な動きで身体を右方向に捻り、そのままの勢いで右手の立派な長い爪を的確に俺の喉元を裂きにきやがった。

その攻撃を、俺はすんでのところで身体を後ろに倒すようにして避けることに成功し、半眼でその熊を見つめる。


「んだよお前。熊みたいな見た目しやがって。正体完全にただの魔物だし、そのくせしてフェイントしたり緩急使ったりの頭脳プレイしたりして。中に人が入ってるって言われても信じるぞ」


そうやって語りかけても、アイツみたいに言葉は通じるわけじゃなかったようで、それよりも多分だが俺への攻撃が一切当たっていないことに相当ご立腹な様子。


深く、腹のそこから吐き出すような唸りが段々と大きくなってゆく。


はてさて、武器もない中一体どうやってコイツを倒そうかな。それとも逃げるか?

そんな感じの、いつもの「逃げる」思考にシフトしかかっていると……ふと、熊の上の空が陰る。


「(あれは……人か)」


熊の攻撃の回避の時の集中力が永続していたため、俺はすぐにその影の正体を知ることができた。


スッと、その人影から一本の長い棒が伸びる。


「(構えたのは刀)」


刹那、その人影は寸分の狂いもなく、静かにその熊の首を一撃で切り落とした。


「…………」


それを見た俺は、目の前で起きたあまりの非現実さに驚くとともに、ただただその動きに魅了されて、ジッと見つめることしか出来なかった。


チンッ、という凛とした音が鳴る。


そこに立っていたのは、先程焚き火の前でぐっすりと寝ていた一人の女の子だった。





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