第一章第二節

第11話 復讐の少女

その日、は家族総出で母方の祖父母の家に遊びに行っていた。

おばあちゃんの誕生日を祝うのが目的で、私達の家族だけじゃなく、叔父さんや叔母さん、そして遠縁の親戚なんかも集まっていたため、全員が集まったその日は昼夜を問わず、おばあちゃんの住む豪邸とも言える家の中は大騒ぎだった。


そして、そんな私はその中でも最年少にあたる年齢だったので、昔から親戚のみんなからは良くしてもらっていた。だから私もその日は仲の良い人と久々に会えるということで結構楽しみにしていたのだ。



少し先の未来が言葉では言い表せないほどの凄惨な未来になるとも知らずに―――



その日の前日は、親戚たちとよる遅くまでゲームをして遊んでいたこともあり、一度寝たら中々起きない私は、初めて自分のその体質を恨んだ。


朝、目が覚めるといつもとは違う場所にいることが分かった。その時は特にこれと言って違和感みたいなものは感じなかった。理由としては、その場所は廊下の途中にある床下収納でいつもかくれんぼで使う定番のところだったから、という単純なもので、その瞬間は『変』よりも、『懐かしい』という感情がまず先に心の中に生まれた。

高校生になってからかくれんぼなんてやってないし、何より成長した今の身体でこの場所に収まっていることに驚いたくらいだから。


暫く感慨深い想いに浸っていると、じわじわと「なぜ自分が今この場所にいるのか」という当たり前の疑問が今更ながらに浮かんできた。

前日もほぼ寝落ちで眠りに落ちたようなものだし、寝ぼけてここに入ってしまったのだろうか?


そんなことを思ってから、ようやくこの場所を出ようという気持ちになった。

こんな体勢で寝ていたため、少し動こうとしただけで身体に微妙な痛みが走る。そんな現状に顔を顰めながらも、持ちうる力を目一体に出して天井の扉を開いた。


「(あれ?なんか……すごい静か……)」


そこで私は二度目の違和感を感じる。

一度目の、純然たる疑問とはまた違う、なんとも言えない人間の本能から発せられたような、まとわりつくような気持ちの悪さを持つ……。


「パパ?…………ママ?」


思わず、声を出す。

だが、それでも微塵も反応は返ってこない。


その瞬間、私の中の形のない違和感が、ハッキリとした輪郭を持った『不安』へと変変容していく。


「叔父さん……叔母さん!」


その不安を伴った焦燥感は、次第に『恐怖』へ。

その恐怖を形あるものとして自分の中で認識した頃には、既に私は家の中を駆け出していた。


だが、廊下の曲がり角に到達したところで、唐突としては私の視界の中に飛び込できた。


床を流れる、赤いナニカ。

それが血だということを理解するのに時間はかからなかったが、本当にそれが目の前にあって良いものなのか、自分の中の常識が足元の赫を否定する。


「あ…………あ……」


だというのに、現実から目を背けたいのに、私の足は血の発生源へと歩みを止めない。


「や、やめてっ……!」


最早操られているのでは、と思い、反射的に否定の声を出すが、その声を聞いているたった一人の人物である私には本当の意味では聞こえていない。だって、私の足は決して止まることはないのだから。


自分の意思では止まることのできない私の足は、両手を使って膝を抑えてその場に座り込むことでようやく停止することに成功した。


血は、進んでいくごとに量が増している。

そのため、気付いた頃には床一面が血で満たされており、どこを踏んでも血を踏んでしまう。そのことが否応にも事実を押し付けてくる。



私の心が壊れてしまたのはその瞬間だろう。



壊れたように目尻からは涙が流れて、だがまるでその涙を代償にしたかのように身体の震えは嘘みたいに無くなっていた。

ぴちゃぴちゃと音を鳴らしながら立ち上がった私は、血が流れ出てくる部屋に一歩ずつ、確実に向かってゆく。


そして私はその場所に到達した。


「…………」


その異様な光景を見ても、私の口からは言葉は出なかった。それどころか何も感情も抱かなかった。

恐怖や衝撃に押しつぶされたからではないのは、今の私自身も把握していた。それが異常だってのも分かっている。


……でも。

ただ一つ、私にその光景を見て変化が起きたとするならば……


血のキツイ匂いで顔を顰めたことくらいだろうか?





















心が完全に壊れてしまったのは実感しているが―――人としての理性を保つために起きたことだとは思うけど……不便なことと言えば味を感じないことかな―――それでも家族への敬愛の気持ちを失ったわけではない。


血まみれになった家族の死体も、コツコツとスコップ一つで掘った土の中にちゃんと埋めて墓も建てたし、家の中や家族のスマホを漁って写真を見つけ出し、それを写真入れに収めて簡易的な仏壇だって作った。


そんなことをしながらいたずらに時間が経過していく中、私の壊れた心の中にはある感情が生まれようとしていた。


多分これは……『復讐心』だ。


改めて冷静になった心で家族の死体を見つめると、胸や身体のどこかに、大きな風穴が空いてそこから血が漏れ出ていたのだ。

こんな現象、まずありえないことだ。


死ぬ直前の表情で固定された叔父の顔は、いたたまれないほどに恐怖で支配されていた。すなわち、。銃口を向けられただけではあんな風穴は空かないし、古代の技術や、宇宙人の未知の武器でもなく、人が当たり前に恐怖できる姿を持った生物……。


私はその未知の対象に、溢れんばかりの怒りを今更になって感じてきた。

その瞬間には完全に壊れた心が仮初めの修復を果たしたら、まず最初に駆られる衝動は、『怒り』なのだと、その時私は初めて知った。


そんな中、私にとって非常に朗報とも言える情報がテレビから舞い込んでくる。



『自衛隊は今日未明に突然現れた未確認生物を「ステータス」の情報を元に“魔物”と命名。現在特別注意報が発令された地域に関しては逃げ遅れた住民に関しては自宅待機を要請しているとのこと』



「(これだ……)」


私の中の煮えたぎるドロドロの復讐心が粘度を増す。


「……ステータス」


ボソリと呟いた私の目の前には、今まで見たことのない……希望が現れた。

……果たして、その時の私はどんな顔をしていたのか。


きっと、誰にも見せられないものに違いない。





















そこから数ヶ月が過ぎた。

近くにいた魔物を命を削りながら殺していった私は、更に力をつけるべくこの場を去ることにした。

どうやら、ニュースの情報からするに、人口の密集している場所に魔物という存在は集まっていくらしい。つまりこの国の中枢都市―――東京。


「……行ってくるね、パパ、ママ……叔父さん叔母さん……おばあちゃん。……必ず貴方達を殺した魔物を見つけて……ちゃんと苦しませて殺すから」


家族のお墓の前で、ニコリと微笑みながら私は皆に背を向ける。


連日の狩りのお陰でレベルも30近くまで上がった。

ただ、それでも私の家族を殺した魔物の足元にも遠く及ばないだろう。

力を身につけていくにつれて、私は例の魔物が家族に付けた傷がどれだけレベルの高い魔物のものかも不思議と理解していった。


―――だから、まだ足りない。


―――だから私は旅に出る。


そうして、私は呆気なく思い出の地を後にした。


ただ、その数分後……。


「(誰……この人)」


いきなり目の前に現れた、道路の真ん中に転がる青年によって私の旅はあっさりと出鼻を挫かれた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あと書き。


切りが良いからという理由で一章二節の始まりだよ〜。

果たして、この復讐に駆られた少女は物語のヒロインなり得るのか……!

乞うご期待。


あとついでに。

二つに分けずとも、全然一つに纏めて良かったわ。

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