第13話 冷たい彼女
あの熊モドキの太い首を一太刀で切り捨てるまでに、一体どれほどの過酷なレベリングをこなしたのだろう。
そう思わずにはいられないほどの、綺麗で、そして淀みのない洗練された動きだった。
反射的に口笛を吹いて、その一撃を褒め称える意を示す。
「スゲェな」
一言だけ、そう言い放つ。
その声に反応してなのかは分からないが、彼女は一度こちらを振り返ったのち、こう告げた。
「あまり危ない真似はしないで。あなた弱いんだから」
「お、おう……」
開口一番弱いとか言われてしまった。
どう反応して良いのか分からず困惑していると、「それと……」と言って言葉を続ける。
「元気そうだったら早くどこかに行って。私の手を煩わせないでちょうだい」
半ば吐き捨てるような物言いの彼女は、そう言うと早々とこの場を去っていった。
そして俺はその後姿を呆然と見つめて……取り敢えず視線を熊モドキの方に移す。
「……死体も残ってるし、取り敢えず解体するか。どっかに川とかあったっけ……」
名前も知らないクールビューティー(?)な彼女のことについて今のところは保留にしておこう。そして保留にしたらしたで暇になるので、空いた時間で熊モドキの死体を解体することにした。
幸い、何年か山暮らしをしたお陰で、独学だが解体の知識もそこそこついているので、なんとかなるはず……。本物の熊の解体はしたことないけど。
軽い気持ちで決断すると、俺は体長三メートルはあるであろう横倒しになった頭無し熊モドキの腹と土の間に手を突っ込み……
なるべく引きずらないようにして、片手でグイッと持ち上げた。
「(う〜ん。なんかできそうだなとは思っていたけど……これはまた)」
これも恐らくレベルアップによるものと、称号なんかによるストレングス値の上昇が理由だろう。
「どうせなら運んでる間にステータス確認しとくか」
川への方向を確認し、歩きながらいつも通り心の中で念じてステータス画面のウィンドウを目の前に展開させる。
――――――――――――――――――――
職業 《
HP:50 MP:105/105
STR:105(+50)
VIT :50(+550)
DEX:72(+50)
AGI :417(+50)
INT :34(+50)
ステータスポイント:100
《スキル》
・予測補助
《称号》
・絶級ダンジョンの完全攻略者
・『鋼鉄の英雄』と絆を結びし者
――――――――――――――――――――
「……なんだぁ?このスキル」
観測して予測するってか。
まぁこういう時こそのシステムによる説明、カモン!
適当にそうやって念じても応じるのがこのステータス。
フォン、という軽快な音を鳴らしながら現れたウィンドウにはこう書かれていた。
―――――――――――――――――――――――――
思考による予測の最大限の補助。
一秒使用ごとにMPが1消費される
効果:スキル使用時、INTが10000プラスされる。
―――――――――――――――――――――――――
そんなこんなで、いろんな説明を読んでいたら遠くで水の流れる音が聞こえてくる。川が目視で確認できる証であるその音に意識を引き戻された俺は、一度ステータスを閉じてボソリと呟く。
「…………説明見てもよく分かんなかったな」
なんだ予測の最大限の補助て。
しかもその下の追加効果であるINTの上がりの幅が馬鹿過ぎる。
なんだ?一万?櫂の貰ったあのパッシブスキルの数十倍だぞ。
「ま、見てても分かんないもんは分かんない。……だったら試すが吉だろ」
未知との遭遇という軽い興奮に引きずられるように頬を上げながら、俺は熊モドキを川の近くの近くまで持っていくが、大事な作業である血抜きを後回しにする。そうしてもう一度ステータスを開き、四字の漢字で構成された単純な文字の羅列を目で追う。
「予測の補助……ねぇ。果たしてどんなものなのか」
スキルの発動の仕方はさっきの睡眠学習で覚えた。だから一応は問題ない。
《予測補助》起動。
「…………おぉ。……おぉっ!?」
最初、特に何も起きることもなかったが、予測と文字が書いてあるのだから何かしらの予測をすれば何か分かるんじゃなかろうか、と思ったが、どうやらそれが正解だったらしく、俺の脳の中には膨大な量の情報が常に叩き込まれていく。
「てかよくこんなおびただしい数の思考を並列しててキャパオーバー起きないな。あ、そっか。これがあの馬鹿みたいなINTの恩恵か」
だとしたらこのスキルとんでもなくないか?
なんだか予測の補助というよりもこの付属のINT値の上昇の恩恵が今のところヤバい。
なんか……なんとも形容し難いけど……なんか頭良くなった気がする。
「(取り敢えず石を向こうに投げてみて……)」
そう思いながらおもむろに腰を曲げて、足元にあった石を拾って……。
ただ、それだけの動きなのに脳みそに信じられないくらいの、というか要らないんじゃないかと思うほどの情報がインプットされていく。
石を目標地点まで到達させるまでの石の運動量、流れる風による石の動く距離、石そのものの重量、石を投げるための最高効率の動き…………すなわち石を投げたときに関わる全てのものの予測―――
「……っ」
少しだけ、頭に鈍痛が走る。
インテリジェンスが一万上昇してもこれほどの情報量が限界か……!
眉間にしわが寄るのを感じながら、俺は石を持った状態で俺はスキルを解除した。
途端に消えた情報の波の余波で、思考を放棄させそうになるが、そうなる前に即座にステータスのMP量を確認する。
「72……てことはつまり33秒が限界と。……いや、少し頭痛くなっただけだから我慢すれば40秒くらいは保つか?……そもそもとしてもっと情報の取得を抑制すれば……っとそう言えば解体の途中だったな」
思わず考察の海に潜りそうになったが、それを寸前で回避して今している作業を続行させる。
「取り敢えず……ナイフが要るな」
そこで完全に思考を切り替えて、目の前の熊モドキに向けることにした。
ナイフがなかったため一度サバイバルナイフを取りに戻ったが、案外そこにはまだ彼女がいて、そして二度寝でぐっすりと眠っていた。
起きたら怖いなーと思いつつも、あまりに整った顔立ちだったので、そこそこの時間見入ってしまった。
肩までギリギリ届かないであろうミディアムヘアの髪型に、小さな顔立ちにモデルのようなシュッとしたスタイル。先程顔を見たときは切れ目で、その明るい茶色の目がとても印象的だったが、よく見てみると髪色にも少しばかりその色が混じっている。
「(果たして、彼女は一体どんな信条をもってここまでレベルを上げたのか)」
年頃の女の子が一人で外泊してるなんて。そんな明らかに訳ありな個人的な事情なんて人に深く立ち入るだけなので俺的には知りたくもないが、それでも俺を拉致される危険性から守ってくれたのは事実。
とにかくこの状態で起きてしまったが俺があの熊モドキの二の舞いになりかねんので、さっさと立ち上がってここを離れることにする。
「(まっ、その最初の一歩として美味しい朝ごはんでも用意してやるとしますかね。どっか行ってくれと言われたがお礼をしなきゃ俺が納得いかん。てか我ながら面倒な性格してるな〜)」
自分のあまりにも身勝手な思想に、思わず鼻で笑ってしまう。
……だが悪い気分ではない。
自然と上がった口角をそのままにしなが、俺は熊モドキ(死体)の待つ川のほとりへと向かっていった。
さて、そこから数日くらいの時が過ぎ去った。
そんな俺が今は何をしているか。
……えっ?一人でまだ櫂の場所まで行ってるんじゃないかって?
違うんだなそれが。
よく考えてみ。未だ名前も知らない彼女は俺の命を助けてくれたんだよ。それがたった一度の朝食だけのお礼で俺の気が済むはずがない。
数日前、あの瞬間で何も言わずに別れていたら俺の気持ちは彼女への悔恨の念で絶えず後ろを振り返っていただろう。
……こんな時に起こすとかなりふざけたようだけど、実際こうなってた確率が高そうなんだよな。
こんなふざけた親切心、生まれる前に母さんのお腹に置いてきてたのかと思ってたけど……そうやら俺はかなりのお人好しらしいな。
ま、そんな俺が一体どんな選択をとったのか。
「……ねぇ、あなた……いつまでついてくる気なの?」
「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔せず。こっちも色々と食事の準備とか寝床の確保とか、それで結構貢献してるじゃん?そんでアンタは俺のことを守ってくれる。途中までで良いからそのウィン・ウィンな関係続けてこうぜ」
「…………私は頼んでない」
彼女は忌々しげにそう言うが、それ以上何かを言うことはなかった。
「(中々いい感じじゃない?)」
俺がとった選択とは、どんなに忌み嫌われようとも彼女についていくことだ。そして数多なる雑用をこなして、俺自身に価値観を見出してもらう。
さっきも言った通り、ウィン・ウィンの関係を作り出す。それがたとえ無理矢理になろうとも、自分にとってはそれがマイナスにならず、プラスになることでしかなかったら、どうしても俺を突き放すことなんてできなくなる。
だがこの方法のデメリットとして、これがうまくいけたらその人には無事詐欺師の才能の芽が例外なく植わっていることになる。
「(……あんまり多用するのは……やめようか)」
若干罪悪感を持ちつつも、そうした経緯で俺らは一緒に行くことになった。
好感度は……まぁゲームらしく少しずつ上げていこう。
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