第4話 成長の実感
森の中の少しだけ開けた天然の休憩所。
時間帯によってはちょうどいい具合に木漏れ日が入り、日陰に至っては夏の時期でも涼しいくらいに快適な環境がある。
そこは俺の散歩コースの途中にある場所で、雨が降るとき以外のほとんどの日は散歩でそこに訪れている。
今日もどうせならモンスターなんて闇雲に探し回っても見つかるとは思えないし、それに闇雲にでもこの森の中を彷徨きまくった暁には迷子確定だ。一年近くここに住み続けている俺でもまだこの森の中は完全には把握しきれておらず、GPS機能を持ち合わせている端末機器を持っていないと普通に迷い、最初の頃はそれで家に帰れないなんてことも起きていた。
ので今回も散歩コースをもしものことが起きてもいいようにGPS機器を持って、鉈を専用のホルダーにかけて背に斜めに背負って歩いていていた。
鉈のすぐとなりに置いてあったこのホルダーもとい鉈入れだが、これを背負っていると段々と鉈の本来の用途を忘れそうになってしまうが、近くにあったのだから存分に使わせて貰っている。
「う〜ん、この歩き慣れた散歩コースともお別れか。この自然がモンスターによって荒らされないことを願うばかり……ん?」
なんて想いを馳せながらいつも通り歩いていると、何かが動いたのを目の端で捉えた。
「野生動物?にしてはなんかサイズが小さいな。なんかの動物の赤ちゃんか?」
赤ちゃんだったら赤ちゃんだったで迷子は見過ごせないし、それに俺はクマからでも逃げ切れる自信はあるので咄嗟の親登場でもなんとかなるはず。
「……取り敢えず行ってみるか」
すり足で、なるべく足音をたてないようにゆっくりと近づいていく。その間、中腰になりながら肩に掛けた鉈の柄に手をかける。
いつでも対応できるように近づいていき、その対象とあと少しとなったところで、空いた方の手を使い、その姿を遮っていた草に手をかけて、バッ!と横に薙ぐ。
「んぁ??」
あまりにも変なものが目の前に姿を現したので何か変な声が出てしまった。
だが、改めてその怪物質をよく見つめる。
「なんか……これ、は……?……スライ、ム?……いやなんか……こういう感じもあるっていう想像はしてたけど……なんか想像以上だわ……」
見た感じはグチャグチャのベチョベチョ。
色は澄んだ青……とはお世辞にも言い難く、表現の仕方はアレだが、汚い池に使い古した雑巾を池の土ごとグチャグチャにして引き上げたような色をしている。そんな表現をしている辺り、もう青ですらない。茶だ。
「……なんかさっきテレビで見たスライムとは全く違うんだけど」
それこそ、テレビにゲスト出演していたスライム君はこれよりも何百倍も青々しく、形もなんかもっとしっかりしていた。
「もしかしなくともこれが環境の違いというやつなのか……」
まさに想像の斜め上を行く結果である。
しかし……ここから一体どうしようか。と、取り敢えず攻撃してみるか?テンプレだとスライムは物理攻撃に耐性があるモンスターだが……。
そう思いながらも、ホルダーから鉈を取り出して……そんでちゃんと両手で持って頭の上に構えて……いざ、一刀両断!!
「よいしょっ」
ベチョ!
「うわあぶな!」
思わずデカい声が出る。
それもそのはず、掲げた鉈が直撃したスライムは直撃した瞬間、派手に爆発四散したのだ。
なんとも微妙な表情になりながらもその飛び散った謎の物質を半眼で見つめる。
「……特に溶けたりとか危ないやつ持ってる訳じゃないのな。…………だけど流石に口に含む勇気はないな」
そんな感じの主人公がいたのは覚えているが、そんなものは主人公だから為せる技、もとい奇行であり、特に切羽詰まってない現状そんなリスクを負う真似なんかするわけない。
さて、それでは第一モンスターも倒した(?)ことですし、ここでやることと行ったら……!
「お待ちかねの経験値確認タイム……!」
次の一瞬で俺のこれからのモチベーションが決まると言っても過言ではない。ゲームしてる時も経験値蓄積のパラメータが半分まで溜まってたら「よし!次でレベルアップだ!」みたいな楽しみに繋がるし、そこそこな方でも「あと何匹倒せばレベルアップ。よし!頑張ろう!」的な感じにもなる。
いざ……ステータス!!
その瞬間、少し前に見た半透明の個人情報が書かれた窓が展開される。櫂の話では本人が提示の意思を持たない限り他の人に見られることは絶対にないらしいが、実際に目で見えてしまう分、不思議と周りへの警戒心も上昇する。
っとそんなことはどうでもよくて、今は経験値を……
「恐らくレベルの横にあったパーセント表示が経験値蓄積率…………」
そこで言葉が途切れる。
見間違いかな。そう思って一度ステータスを視界から消して、そしてもう一度改めて目の前に表示されるが、そこに書いてある数字は依然としてそこに存在している。
「……0.23%……ね……」
……お、おち落ち着け。単純な算数だ。今現在時点で俺はスライム一匹を倒して全体の100%のうちの0.23%を手に入れた。
―――スライム一匹で0.23%だ。
……言い方を変えよう。100分の0.23……つまり100割る0.23。
……ダメだ、動揺しすぎて脳がうまく回らん。そう思った俺はその辺の木の棒を使って地面で計算を行うことに。
「100書いて0.23。この点を右にズラして100の後ろに0二つ付けて……4……3……4……7…………435匹……435匹??」
あまりに現実味のない数字に自分で導いた答えを再度脳内で反芻する。
つまり……一つレベル上げるのにスライム換算で435匹倒す必要がある、と。
ここで重要なのはレベル上げるだけで……しかも1から2に上げるだけでこんなに必要ということ。勿論レベルアップが一回なわけない。そしてその度に必要になる経験値の量も同じなわけがない。
「これは……なんだ?ただ単にコイツの経験値量が少ないだけなら早めにここを出て都心に行くだけで解決するが……どうするか」
これは予定を大幅に変更する必要が出てきたな?本来ならレベル一つ上げて出た『スキル』によって方針を決めてから出ていこうかと思っていた。勿論根本的に存在しているのは「素早さ極振り」の信条だが、スキルによっても扱える戦法が大きく変わってくるのでなるべく早めにレベルを……上げたかった。
「……取り敢えずあと4匹狩ってから考えよう」
そうして俺は地面に置いてあった鉈を拾い上げ、ホルダーにしまう。
それと同時に、かなりの大きさのため息が漏れた。
先がなげぇー。
そんな文句を心の中で愚痴りながらも、こういった小さな弱音も決して声には出さない。もしかしたらそんな弱音を聞いた神様が、俺に慈悲を恵んでくれるかもしれないが、それよりも俺は弱音を聞いた神が余計に俺に試練と言う名の苦行を課すかもしれないという考えに至ってしまうのだ。
そう考えている辺り、自分の性格も中々にひん曲がってるとは思うが、どんな物語を覗いても、その呟きは決してフラグにしかならない。
……いや……フラグ…………フラグ、か。
「いやぁこんだけ経験値効率悪いと何年もかかるなー。あぁどこかにモンスターが無限に湧き出てくるダンジョン的なやつないかなー。いやーでもやっぱそんな都合よく出てくるわけないよなー(棒読み)」
…………こんなんでそんなん出てきたら世の中誰も苦労しないよな。
心の中で自分の一瞬でも思ってしまったその考え方を笑い飛ばす。
しかも安全第一の俺からしたらそんな危ない存在あってほしくないし、いくら急いでいると言えどそんな方法でのモンスター狩りなんて苦労しかしない気がするし。
……という安直な考えと自分の完璧な棒読みのセリフと……あとそれを見ていた想像以上に意地の悪い神が、その3つ全てが悪いのだろう。どれが悪いとかじゃない。どれも悪いし、どれも良いものなんてない。
場面は冒頭の、浩哉がスライムから無事逃げ切った場面に戻る。
「はぁ……!はぁ……!……っはぁー……逃げ切ったな」
チラリと横目で後ろを確認するが、1個体も俺を追いかけてくるようなやつはいない。
「あいつらがあそこから離れない性質で良かったぁー!」
自分の不運と豪運に感謝を。
結果的にだが、大量の経験値も獲得できたしなにより良き経験値スポットも見つけることができた。だがそれと同時に1番の厄介にも出会ってしまった。
「なんだよあの球スライム。叩いた瞬間変な金属音が聞こえたけど触感としては完全な鋼鉄ってわけでもなさそうだし……それよりかは絶対に破れない金属の膜を纏ったゴムの塊?みたいなやつか」
色々とゲーマーの考察は進むが、それよりもまず先に確認することがある。
―――経験値だ。
「体感200匹超。それに従っていればパーセンテージは50を切っているはず……!」
そんな期待を胸によせ、待望のステータス画面を開く。
「……っ!!」
そこに書いてあったのは、54.28%という数字。
死ぬほどの頑張りでこの数字というものは些か少ないのではと他の人は感じるだろうが、先程の軽い絶望に比べたらこの数字は俺を救うだけに十分に値する。
「よっしっ!!」
遂には嬉しさが込み上げ、レベルアップしていないにも関わらず小さくガッツポーズをしてしまう。やはり目に見えて何かが増えているというのはどんなものでも見てて楽しい。それが自分にことに関してだったら尚更だ。
改めて感じ始めてきた成長の可能性に、俺は満足しながら家へと帰るために森の中を歩いていった。
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