第49話 眠らない日々を乗り越えて
澪を見つけるのは正直言って簡単だ。
ヴィオラの
「…………」
「…………」
目の前に膝を抱えて俯いている澪がいた。
気づいているにも関わらず、こちらを見る素振りは一切ない。
……俺ではない、他の誰かならこの場面でどんな言葉をかけるだろう。
生憎、俺は他人の様子を伺うことはできるものの、それに対して正解を選ぶことはできない人間の類だ。
櫂の彼女の……奏音ちゃんだってそうだった。あの時も結果だけ見ればよかったと言える範疇に収まった。だが決してあの選択は最良ではなかった。もっと良い選択肢を選べたはずだ。でも、俺は不器用だった。
「(今も、あの時と同じ選択を取れないことはない)」
ただその場合は澪だけでなく、俺にも大きな傷を残す。
でも幸いにも、俺はあの時よりも少しだけ成長したのだ。相変わらず不器用には変わりないが……多分、誰も傷つかない方法。
澪を見つけた浩哉は、一歩一歩しっかりと前に進み……澪の隣へと座る。
「…………」
それでも澪は特に反応を示すこともない。
音も気配も視界も光も。空気以外の全てを遮断する見えない檻に閉じこもった澪の隣で、何も言うことなく、ただ寄り添う。
エルリアは何かを察してか、ヴィオラの家に待機すると言っていたので正真正銘二人きりだ。
二人きりで、触れ合うなんてことも、話すなんてこともせずただ澪は俯き、浩哉は茂った木の葉の間から見える空を見上げる。
暫くの時が経つ。
座った時はまだ昇っていた恒星が頂点に達し、真逆の方角へと歩んでいく。
また時間が経つ。
この星の一日の時間はそう変わらないらしく、だったら茜色に染まっている今の時間は少なく見積もってもここに座ってから七時間は優に超えている。
時間が過ぎる。
該当なんて地球なら尚更、こんな異世界の森の奥にあるわけがないので勿論暗い。でもこの星の周りに浮かぶ衛生が二つあるもんだから真っ暗というわけでもない。その月明かりでちらりと澪の様子を伺うが、やはり微動だにしていない。
時間は止まらない。
いつの間にか周りが薄く明るくなり始めた。どうやら恒星が活動を始めるらしい。朝六時くらいに働き始め夕方五時くらいには帰宅準備を始める。労働時間十一時間。今日も今日とてブラック労働頑張ってくれ。
………………………………。
……………………。
…………。
その後、二回ほど恒星の労働を見届けたくらいだろうか。
流石に何もしていないことに精神がイカれそうになってきたのでもうそろそろ帰れるであろう地球についてに暇つぶしがてら考え、ふと思いついた未来の俺が見た滅びた世界線についての考察がついさっきまとまった。
恐らく、あの地球もとい日本が滅びた原因というのがこの世界の、澪たちの言っていたオークではなかろうか。
過去の俺が見た未来の俺と今の俺とのターニングポイントはあの夢を見た時だ。あの夢……というか未来から過去への時空の干渉?どんな方法を使って過去の俺にアクセスしたかは想像もつかないが、あの時あの瞬間、俺が刀を豪快に澪の元に放ったことで確実に未来は変わった。それは澪の生死だけでなく、エルフの村すらの存続もあの瞬間に変わったのではないか。
そこから派生して起こる出来事は、「オークの領域の拡大」。つまり澪がこの世界に来る際に利用した洞窟がオークの手に渡るというもの。実際問題オークという生き物を俺は一度しか見たことがないせいでどれほどの知能レベルを有しているのか把握してないが、少なくとも澪から聞いたオークの量をまとめ上げるにはそれなりの知能と化け物みたいな実力が必要になってくると思っている。恐らく、そこのオークが現実世界になだれ込み、日本を壊滅するに至ったのではないのか。
「(しっかしなぁ、なんで未来の俺はこのスキルを俺に授けたんだか)」
そうして改めて確認するステータス。
そこの《アクティブスキル》の欄に紛れ込んだ場違いなスキル。
そしてその詳細を再度確認しようと頭の中で念じると、以前と同じような説明文が表示された。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
光の如き力をその身に宿す。
消費MP500で継続時間は三秒。
効果:使用者に『赫灼』を付与する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
初めて見た時、この『赫灼』とは何ぞ?と思ったね。しかもまず読み方が分からないんだな。とりあえず己の中で
やはりステータスの表記もアップデート必須かと思ったが、その数秒後にこのスキルの致命的な欠陥と未来の俺のポンコツさに慄いたよ。
……MP足らん。
今の俺の最大MP370。対してこっち500。
ゲーム始めた頃に友達からレベル制限付きの強力装備をもらったような気分だったよ。
「(……さらなる未来の先行投資。だから今そのピンチは自力で乗り越えてくれのサインかと一瞬疑ったがこれはこれで深読みすぎかと思ってその時は考えるのを止めたが……改めて考えるとやっぱおかしいよなぁ)」
《予測補助》でこの考察をさらに展開させてみた結果だが……。
「(うん、俺の考えすぎか)」
そこで一度俺の思考を切る。
三日間ぶっ通しで寝ずに考え続けていたら俺と言えど少し疲れてくる。しかも今は何も音もない、光もない静寂が満ちたこの空間。
普通の人間ならこんな状態だったら気でも張ってない限り即気絶だろう。ただし、俺にとって三日間の睡眠無しはまだいける。俺は特殊な訓練(ゲーム)を受けているからね!
「(俺の完徹最高記録は三日。それに加えてステータスによる身体の強化も入ってるんだから体感あと三日は寝ずにいけ―――)」
と、意気込んでいるところで、ふと肩に何かが乗っかってきた。
「…………フッ、流石に睡眠欲には勝てなかったか。俺の勝ちだな」
そう呟き、浩哉は小さく笑みを浮かべる。
してやったり、だ。
「さて、と」
澪との密かに行われていた我慢比べに勝利した浩哉はその後、あらかじめ考えていたことをすぐに実行する。
身体を横に向き、澪の背中を膝の裏を持って身体を少しだけ浮かせる。
「あいたたた、腰が。ずっと座ってるのは人体の構造上不可能だな」
そんな情けないことを言いながら澪の頭を俺が座っていた部分になるように澪の身体の位置を調整して―――完成、膝枕。
ただ……
「流石にホントの膝枕は勘弁な。俺、正座無理な人間だから」
その代わりに、浩哉はその場に胡座になって座ってその足の空いた空間に澪の頭を乗せた。
そして空を仰ぎ「ふぅ〜」と一息。
「(やっぱり、心って難しいな)」
神様もどうしてこんな複雑なものを人に与えたんだか。
でも……とりあえずこれで澪の件については全て完了したと言っていいのかね。
上に向いていた視線を下―――つまり澪の方へと向ける。
目尻に泣き腫らした跡は見えるが、その表情にはどこか安らかな感じが伺えた。
それを見て満足した俺はもう一度空を見上げた。
「―――星が綺麗だな」
………………予想はしていた。していた……が、決して起きなければいいな、と強く願ったものではあった。
体感で十時間ほどの時が経ち、すっかり日も昇ってきた頃にそれはやってきた。
「―――!?!?!?!????」
俺の存在を認識したそれは今まで聞いたことのないくらいの甲高い音を放った。
「*#*#*〜。#%*#*〜〜〜〜〜。*%$$???」
「相変わらず耳障りな。ハッ、何かを思考する程度の能力を持ってんなら言語もこちらに合わせてくれよ」
「$%?$&%$????」
どうやら、以前出会ったときよりも幾分も知能は上がっている様子。
それとも全くの別個体か?
「いや、こんなやつが群れを成していたらそれこそ世紀末だな。いや、ここは異世界だからあながちお前の存在も間違いではないのかね」
今度は、その独り言には何も反応を示さなかった。こころなしかその黒いモヤは以前より人に形が似てきている。
その存在を前にして、思わずため息が漏れてしまった。
「はぁ〜。クソッ、逃げても逃げても追いかけてくんのなんなんだよな。ストーカーかストーカー……って煽ったって何も意味ねぇか。まじでクソだな」
これだから言語の通じない奴は。純粋な戦闘能力だけで戦わないといけないから面倒極まれり、だ。
……あー死にたくねぇなぁ。
「死にたくない。だから全力で抗わないとなぁ。……聞こえるか?ルナリア」
「聞こえてるよ……ってまたこの生き物なのか……」
俺の呼びかけに参上したルナリアは、どのように現れたのか、ひょいと俺の後ろから顔を覗かせ、そしてすぐさま眉をひそめうんざりした表情を見せた。
「んで、とうとう君も戦う気になったのかい?今の今まで戦闘そのものを避けてきたキミが」
「……まぁな。避けられるもんは避けてきた」
「つまり、避けられない戦いであると?」
「そういうこった」
恐怖はない。無論今でも死にたくない気持ちは強いし、勿論死ぬつもりも毛頭ない。
だからだろうな、
「―――悪いな、ルナリア。こんな攻略方法も分からん、相手の強さも、ましてや倒し方すら分からん相手が存在するクソゲーに付き合わせて」
しかも逃げることも許されない。そして負けも許されない。負けたら一発ゲームオーバー。コンティニューなんか一切ない、もう二度とプレーは出来ない。やはり、紛うことなきクソゲーだ。
共に戦うルナリアに申し訳ないの気持ちが今は勝っている。
だが、それを聞いたルナリアはその小さな首をゆっくりと横に振った。
「そんなこと言わないでほしいな。マイマスター。キミがボクを選んでくれたように、ボクがキミを選んだんだ。だから最後までボクを頼ってくれて嬉しい気持ちしかないさ」
その言葉に、心が軽くなる。
だが俺が安心したその直後、ルナリアは「だが……」と言って言葉を繋げる。
「あの時、ボクのキスを拒んだのは未だに許していないけどね」
「……流石にファーストキスはやれねぇよ」
「……ふむ、だったら今だったら良いのかい?」
「……………………あとで、だ」
「ふふっ、そうするとしよう」
どうやら、もう一つ生き残らなければならない理由が出来てしまった。
そして、そこから浩哉にとって意地でも負けられない戦いが、目の前の魔物のつんざくような悲鳴を皮切りに幕を上げた。
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