第一章SS 召使の日々【後】

こんな世界になって、初めて、やっぱりこの世界は残酷なんだと実感した。


この世界ではステータスが発現するか否かで、持つもの持たざる者の区別がつく。どの程度の割合でステータスが出るのかは判断できないが、目の前の惨状を見ればそう多くはないんだということは分かる。


「…………」


流石に澪も鉄仮面を持っていると言えど、その心の奥底はちゃんとした血の通った人間なわけで、その惨状を前に何も言えずにいた。


「逃げ遅れた。そうなんだろうな」


だが、あくまでも俺は当事者から一歩離れた視点の感想を述べる。


経緯を説明しよう。


俺たちは、つい先ほどあの男性のもとを離れた後、ある魔物を見つけた。

それは異世界における代表的な存在と言える―――そう、ゴブリンだ。緑色の皮膚に、淀んだ青色の血液が流れているその身体に黄金の眼球。その瞳に浮かんだヤギのような縦の瞳孔。何も身に着けていないその身体には例外なく股間の部分から男性特有の生殖器が垂れ下がっていた。汚い布すらも巻き付けていない。どうやら現実の魔物はそんなことは気にしないらしい。


その魔物を見た瞬間、ある種の予測が生まれた。《予測補助》なんて使わずとも想像できてしまう最悪の結果。


澪も同じような想像をしたのだろう。傍から見ても分かるくらいに落ち着きがなくなり、ゴブリンを殺すその手も一切の容赦が生まれなくなった。


そうして、ゴブリンが現れる方向へゆくと、一つの洞窟を見つけた。

それが俺の知っている洞窟と同じような存在だということはその時の俺は思いもよらなかったが。


「…………言ってくる」

「いてら。俺は穴掘ってくるわ」


果たして、魔物への執念を抱える彼女はこの惨状を見て何を思ったのだろうか。後悔、憎悪……まぁそんな感じの感情ではなかろうか。


「底なしに、優しいんだろうな」


誰もいなくなったこの場に、俺の言葉が洞窟の中で反響する。

……いや、誰もいないは少し違うか。


「ごめんな。もっと早く来れたら」


眼前の、の命が宿った人形に向けて。


「本当に、ごめんな」


俺はその手を伸ばし。


熱を感じる首元に当てて。

そうして―――


「恨むなら、この世界を」


音は、鳴らなかった。























流石に一つにごちゃまぜにするのは倫理的にヤバいかと思い、時間と苦労を費やして俺は三つの穴を掘った。

ちなみに澪は手伝ってくれなかった。というか穴を掘っている間は一度も姿を見せなかった。どこにいたのかは分からないが、終わった直後に来たということは……そういうことなのだろう。


その晩。

彼女はなんの前触れもなく、これから寝ようという直前に質問をぶつけてきた。


「ねぇ……あなたの名前を聞かせてくれないかな」

「…………真部浩哉」


それに対して思考することもなく、子供の時から体に染みついているような、そんなありきたりな問いに、少し反応が遅れつつも噓なく答える。

本当なら、そこで言葉を切ってこれ以上会話を続ける努力なんてかけることもなかったが……なぜだかその時だけは俺も彼女に聞きたくなった。


「そっちは?」

「小暮澪」


こぐれ……小暮ね。澪は澪か。

んー、一旦名前呼びはまずいか。


「小暮さん」

「澪」

「…………澪さん」

「澪」

「いやなんで?」


あまりの距離の詰め方に思わず素の態度になってしまう。

しかもムッとするとかでもなく真顔でそんなことをいうもんだから何考えてんのか分かりずれぇ。


「あんたこの前まで俺に散々文句垂れてたでしょ。え?俺なんかした?そんな態度が軟化するようなこと」

「ううん。なにも。強いて言うなら浩哉がずっと私に根気よくついてきてくれたこと」

「ほ」

「……?」

「あいや何でもない。ほんとなんでもない」


あぶねぇ。急に名前呼びしてくるもんだから内なる陰キャ出ちまったぜ。俺学校では結構陽キャしてたと思うんだけどなぁ。

……根は陰キャということか。(自己完結)


「そんで……澪さん」

「澪」

「うっ…………澪」

「よし」


いやグッ、じゃないんよ。よくやったみたいな顔しないで……ちゃんと真顔でした。なんで真顔でそんな愉快なことできるんですかねぇ。萌えるじゃないですかやだ~。

……おっと、男なら誰もが秘めている内なるオネエが。


「もうこういうのは気にするだけ無駄か」


それに、俺も悪い気はしないし。なんなら嬉しい。


「それで、この前までのあのツンツンしたやつはどうなったんで?」

「…………そんなに変わってないでしょ」


お、なんかちょっと戻ってきた。


「それに、俺もそっちの方が気が楽だわ。急に距離近づいたら俺コミュ障だから緊張しちゃうしなぁ」

「―――」

「え、なんて?」

「そうなの、って言ったの」


そう言って背中を向けた。

そうそう、急に好感度メーター急上昇しても変に疑っちゃうし。俺かてそんな変なことで疑いたくはないんだが。


「それじゃ、私はもう寝るから」

「おう、おやすみ」


さっき明らかに別のこと言ってたような……。いやでもそこを追求するのはやはり野暮ってもんか。


「(いや、それにしても俺も結構肉体的にも精神的にも疲れたなぁ。ここまで自己暗示でなんとかやってこれたけど、やっぱ人を殺すのは倫理的に、というか遺伝子的になんか抵抗あるな。やはり俺にも人の心はまだ残っていた。てかさっきみたいな下らないこと考えてるんなら俺も人間か)」


それに性欲だってある。

三大欲求は親を亡くしてもやはり健在。子孫は残せという神からの思し召しである。

流石に見ず知らずの人に欲情はしないが、それも今までの話。


「(俺の性事情はこの先どうしましょうかね)」


至極、人間らしい下らないことに憂慮しならがら、俺も眠りに入るのだった。






















「(……いえない)」


彼の前で寝たふりをしている私は明日からの彼への態度について悶々と頭を悩ませていた。


「(実は要所要所の文句はただの照れ隠しみたいなもので、特に態度が軟化したのはただ単純に私が彼に慣れてきたからなんて理由言えるはずがない)」


道のど真ん中で人が倒れていたので何も考えずに助けたけたは良いものの、男性の人と話したのが久しぶりなのでまともに話せなくてコミュ障みたいになってしまっていた。

澪は以前から、というか学校も女子高だったので男と話したことがない。

まぁこうなるよねの当たり前の展開だったのだが、澪自身、思ったよりもうまく話せずに緊張で突き放すような口調になってしまっていた。

やはり、二人とも似たもの同士である。


それに……。


「(一生懸命頑張って穴掘ってる浩哉に見とれていたことも一緒に墓まで持っていこう……)」


物事というのは至って単純なこともある。

これが非常に良い例である。






「(『それはあなたの方でしょ』って言葉、聞こえちゃったかな?)」



―――――――――――――――――――――――――

あとがき。


これにてSS終了でございます。

かわいいでしょ、澪。結構クールに見えて無表情なだけで結構かわいいんですよ。ちなみに澪の性格のロールモデルは某透き通る世界の二次創作の「ん」の子です。、ここ重要ね。


それに詳しいキャラの性格等はいつか投稿する登場人物一覧にのせるので、そこは乞うご期待ってことで。かなりの長文になるのできになるところだけ見てくれたら感謝感謝雨あられ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る