第一章SS 召使の日々【前】
まえがき。
一日連続投稿ぅ。
ごごななに【後】は投稿されるます。
―――――――――――――――――――――――――
時は数か月前……つまり俺と澪が出会った頃まで遡る。
俺が、まだ彼女の名前すら知らなかったときまで。
「―――邪魔なんだけど」
「まぁまぁそんなこと言わずに。使い勝手の良い召使ができたと思えば」
「…………」
もうそろそろ春も終わり、段々と夏が重い腰を上げてやってこようというこの季節。どこかのコンクリートで山沿いに造られた道路の上で、そんな俺の軽口に彼女は大きなため息を吐く。隠そうともしない姿勢である。いや、むしろ見せつけてくるといった感じに近い。
それでも俺が離れないのはやはり澪に多大な恩を感じていることが大きい。もしも澪にあのとき拾われてなかったらザコの代名詞のゴブリンに拾われてもれなくこの世からサヨナラバイバイしていただろう。そして櫂は俺を失ったことで闇落ちルートへと―――
「ま、召使の文字通りなんでもするからさ。気兼ねなく俺に要求してってよ」
なかなかに洒落にならない可能性を頭に思い浮かべてしまったので、ふりはらうべく再度声をかける。
彼女は依然として背中を向けたままだが、俺はニコリと表情を浮かべ、好感を持たせるような態度を取る。あまり人と接していなかったため、少しは俺の処世術も劣っているかもしれないが……まぁ仏頂面よりかは全然いいでしょうよ。
なんて俺の心情をよそに、まさに予想通りと言うべきか、なにも反応をせずにシカトをする。
ここでおいと声を出したくなる気持ちもあるが、ここは我慢だ。
もっとゆっくりじっくり、関係を築いていこうじゃないか。
それからは彼女は俺の前を歩き、時々振り返っては俺に対して罵倒の如き文句をぶつけるという日々が続いた。
その間、やはり言葉にしたからには貫き通さねばならないと思うので、周りの雑用は喜んでやらせてもらった。
途中で俺が何度か彼女から離れる瞬間が生まれたが、なぜだが彼女は一人でどこかへ行くという真似はしなかった。そこに言葉と行動に矛盾が生まれるが、そこを指摘することはせずに、
「(雑用をこなした甲斐があったというものよ)」
というポジティブシンキングで自己完結した。
そうしてしばらく開けた場所を歩いていると、ポツリポツリと一軒家が見え始めた。
「(なんとなくだけど、段々と栄えている街に近づいているということだけは分かるな。でもやっぱこういうところの家って高そうだよなぁ。別荘?別荘か。そりゃ高ぇわ)」
とかなんとか。
なんて思っていたら、ふと彼女はある家の前で立ち止まり、初めてこちらを振り向いた。
「なんで……何も聞いてこないの?」
そして、その一切の感情も含まれていなさそうな機械みたいな声で紡がれた一つの疑問。
だが、あまりに急且つ全然構えていなかったので、驚いた顔のまま固まってしまった。
「……なに」
「いや……いや、そうだな」
思わず言ってしまいそうになった「見返り美人だな」という余計な言葉を飲み込んで、その返答を口にする。
「別に……何も聞く必要がないから」
「…………そう」
その言葉に満足したのか―――ただ少なくともその声色からは何も感情は読み取れない―――また進行方向へと向き直り、家の前を通り過ぎる。
だが、
「(気は悪くしてなさそうだったな)」
鉄仮面の奥に見える彼女の本心。そこに俺の答えに対しての負の感情は見られなかった。
一軒家が見えてきたからと言って、徐々に景色が変わっていくとか、どうやらそういうものではないらしい。この一帯は小さな村、集落……とにかくそんな感じの雰囲気だった。街、と言えるほどではない。
「お、服屋」
個人営業の服屋を見つける。機会があればここで服でも頂戴しよう。
「…………」
俺のつぶやきにも、彼女は終始無反応である。
「(会ってもうそろそろ一週間は経ってるんだし、そろそろ会話のキャッチボールくらいは成立してほしいものだな―――なんだあれは?)」
半分呆れるように心の中で不満を漏らしながら正面に向き直ると、遠くで何か動いているものが見えた。
眉をひそめ、その正体を判断しようとしたその時、突然彼女が駆け出した。
その瞬間、なんとなくアレの正体は分かってしまった。
「―――死にかけの、人間か」
自分の口から放たれたその言葉は自分でも驚くほどに、無関心で、酷く冷めていた。
「……ま、でも考えてみれば不思議ではないよな」
一人その場に取り残された俺は独り言を続ける。
「そもそもとして、こんな世界になったのにそういった存在を今まで見なかったのが奇跡に等しいのか。いや、もしかしたら魔物が回収してる可能性もあるが―――」
そこで独り言を中断し、澪の下へとゆっくりと歩いてゆく。
近づくにつれ、話し声が段々と鮮明になっていく。
「お―――だ。どうか……わ―――娘を……つ―――助けて―――」
「うん。分かっ――……分かったから……。もう大丈夫」
「……あり、がとう……。君みたいな優しい娘に最後を看取ってもらえて、娘も助けてくれて……あぁ、どうやら、幸運の女神は……私を見捨ててはいなかったようだ」
近づいていくと、その死にかけの人間が男性だということがわかる。
だから、もうその人の命の灯火は数秒後に消えてなくなるんだということも、分かってしまう。
だって、そうだろう―――
いったいどんな人間が下半身を無くして生きていられるというのか。
「(グロいなぁ)」
それでも、俺の心は風の吹かない水面だ。
一切揺らぐことはない。
「……ここまでなのか」
そんな冷たい声は吹き付ける風の音でかき消されてしまえ、と思う。
俺は結構こう見えてロマンチストなんだ。この場面には、俺なんかの人間はただのノイズでしかない。
「……ありがとう」
その言葉を最後に、男性はピクリとも動かなくなってしまった。
彼女は地面に正座で座り込んだまま、しばらく動かないでいた。
はたして彼女はどんな行動を取るのだろうか。
聞いていた感じ、この男性から娘や妻の情報については彼女は何も伝わっていない。ただ、「助けてくれ」と頼まれただけ。こんな少ない情報だけでどうやって探し出せというのか。それに、もう既にその二人はこの世にはいないかもしれない。実は彼ら一家はもう天国で再開を果たしているのかも。
あまりにも意味を見いだせない頼み事。利益も達成感もクソもない。ここで頑張ったって得られるのは、恐らく虚無感しかないだろう。
だが、俺の思う鉄仮面で俺に対して酷い態度の彼女ならば―――
「ねぇ―――」
「俺はただついていくだけさ」
無理矢理遮るようにして、言われる前に自身の考えを口にする。
「ただ、判断するのはお前だ。この先なにが待ち受けていようとも、ここで見捨てたほうが後悔の少ない選択だとしても、選ぶのはお前だ。……言ったろ?俺はただの召使だ。許可はいらん。助言がいるんなら、いつでも答えるがな」
「…………そう」
それ以上、彼女は何も言わなかった。そうさせたのは俺だが、何度も言うが最終的に選んだのは彼女だ。
目を伏せ、少しの間何かを考えるような素振りを見せた後、その男性に背中を向けて歩き出した。もちろん、俺も何も言わずに後を追う。いや、追おうとしたが、気づいてしまった。
「こういうところは、ちゃんとしないとなぁ」
そう呟いて、名前も知らない男性の元に近づいて膝を曲げると、俺は静かにその見開かれた瞳をサッと閉ざす。
そこから、特に俺は手のひらを合わせることもなく、それだけをして彼女を追うように駆け足になってその場を離れる。
ただ最後。ふと思って振り返り、男性を見る。
見た時間は五秒にも満たないだろう。
……ただ。
その時に見た彼の左手の薬指にはめられた、ピンクゴールドの結婚指輪が……強く、印象に残った。
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