第47話 策略

その後、俺は今自分の置かれている状況だったり、そして向こうも俺の知らない一年間のことについて話した。

それはお互いにとって驚くべきことの連続であり、俺に関してはこの世界に来て体感二週間ほどだが、澪は一年近くをこの世界で生きている。経験の量で言えば、それは比べ物にならないほどであり、俺にはきっと想像しきれないものだろう。

きっと、その経験が澪を変えたのだ。

ただ俺の主観から察するに、芯の部分はやはり変わってないように思える。以前に比べ、他人のことをよく見るようにはなったが、それによって得た情報をまだうまく扱えていない。それに見ている視点も俺からしたらまだその人の上っ面しか見えてない。上々な信頼関係を構築する分にはまだそれでも問題ないが、そのままだと結構精神的にも苦痛になってくるはずだ。今はまだ良くても、後々、少しだけ。そしてそれが蓄積していって、いつか爆発して、そして折角築いた人間関係をもう二度と戻せなくなってしまうことも起きてしまう。

人間関係を良好に保つことはそれほど難しくない。

。それが問題なのだ。


「少しばかり話はずれるが、澪はどんな学生生活を送ってたんだ?」

「え?いや、そんな……普通だったとは思う」

「この前友達いないって言ってなかったか?」

「い、いや……いない訳ではなかったし……」


そう言いながら、苦虫を噛み潰したような表情をする。

自分もあの時の思い出を振り返り、己の友好関係について改めて確認してみるが、


「やっぱいないのは……普通じゃねぇな」

「で、でも結構成績は優秀だったんだよ?でもなぜか私から話しかけようとしても会話がうまく続かないの。どうしてだろうね?」


その疑問に、俺には一つ思い当たる節がある。


まぁ……その見た目だろう。


美人ではあるのだが、やはりどこか人を敬遠させるようなそんな雰囲気を漂わせていた。今は少し丸くなっているが、初めて会った時なんか酷かった。俺も澪への恩がなければ積極的に関わろうとはしなかったくらいだ。それほどまでに、他人を見る目が容赦なかった。ただあの時は復讐云々で心に余裕がなかったのもあって、それ以前の澪は何一つ知らないが……素で恐れられてたのなら不憫でならない。


「ま、その話はいいか。俺も友達一人しかいねぇし」


そうして話題は再びお互いが別れたあとについてのこととなる。


夜もふけてきたころ、リトナが目覚めた。目を開けるやいなやいきなりこちらに向けて誠心誠意の謝罪をなんどもし、そのお詫びとして俺からこちらに夕食を運んでもらうように頼んだ。二人きりでもっと話すためだ。だがその数秒後、ヴィオラが夕食を持ってきた時は俺と澪も驚いたが、俺はからしたら「流石」という思いの方が強かった。


ただ俺らが夕食を食べ終わる頃に、ちょっとした問題が起きた。


「ん……なんか……眠くない?」

「そう言えば……言われてみれば」


澪からの指摘で、さっきまでは全くなかった謎の睡眠欲が尋常じゃないくらいに湧き出てくる。

その瞬間、俺は察した。


「(ヴィオラ……アイツ盛ったな?)」


恐らく俺と澪がずっと話し込んで何か不都合になる未来でも見たのだろう。

澪の方を見ていると、特に迫りくる眠気に抗おうともせず、既にベッドに横になって目を瞑っていた。


「まぁ、でも……ちょうどよかった……か……」


そんなことを呟きながら、俺も眠気に抗うことを止め身体中から力を抜く。

あ、でもこのまま倒れ込んだら澪の胸元に頭が……あっ、なんか柔らかい……。


そんな思考を最後に、俺の意識はブラックアウトしていった。





















突然だが、男の夢について考えたことがあるだろうか?

男、という性別が持つ夢。そりゃあ当たり前だが好き嫌いや育った環境によって個人差はある。例えばとんでもなく裕福な家庭に生まれ、望めばどんな女ともベッドに入ってあーだこーだできる男なら、今俺のこの状況についてはなんの羨む感情も湧かないだろうが。

ただ!まぁそんなのは少数派なわけで。


朝起きたら美少女二人が両隣で気持ちの良いくらい穏やかな寝息を立てている、なんてことは夢そのものだと俺は思う。


「…………………………これがハーレムか」


溜めて溜めて、ほぼ空気みたいな声量で呟いたのがこれである。

しかもリトナからは俺の腕を抱きまくらにしてるし。

……いやなんでリトナもいるんだ??


「(……いやそうか。これも全てヴィオラの策略か?)」


それもそうか。ただの善意で睡眠薬なんてもんを使うほどヴィオラは恐らく馬鹿ではないだろうし、てかそもそもこんな即効性のある睡眠薬を作れるヴィオラの多様さに驚きだわ。占星術だけじゃないということを考えたら、あの婆さんの性格上他にも色々なことできそうだな。


「……とりあえず起きるか」


もうそろそろこの状況を楽しんでいたいのもまた事実だが、昨日の利尿作用のある紅茶が効いてるせいか、そこそこ膀胱が限界。


屈強な澪ならまだしも、非力なリトナの拘束を解くのは簡単で、少しモゾモゾと動いて緩んだところをスッと引き抜くとすぐに外せた。

身体を起こし、このまま足元のところまで身体の屈伸運動で移動しようかと考えていると、不意に左隣に寝ている澪の寝顔が視界に入る。

リトナと違い、澪はその長い髪を下敷きにして仰向けで綺麗に寝ていた。


「(あぁ、やっぱ好きだなぁ)」


この瞬間、改めて己の抱くこの気持ちが「恋」という名前を持つということに初めて気がついた。

そう思ったら、俺は行動せずにはいられなかった。

普段の俺なら、澪が寝ていても……いや、寝ているからこその、絶対にやらないであろうことである。

魔が差した、と言うつもりはない。

ただその時は、その己の欲望に従っただけ。

あとのことなんて、今は知らない。


俺は特に迷うことなく、

身体を支えるため、

左手を澪の頭の斜め辺りに置き、

顔を澪の寝顔に近づけ、



ゆっくりと、唇を重ね合わせた。



「…………」


反応は、ない。

時間にしてみたら一秒にも満たないであろう。俺はゆっくりと離して、ベッドから降り、振り返ることなくこの部屋を後にした。





















「ヒッヒッヒ、なかなか愉快なものを見させてもらったよ。この年になって久々にキュンキュンしたぜ」


頭を冷やすために外に出て玄関辺りに座り黄昏れていたところにヴィオラの登場である。今までのことは全て見られてたと言っても良いだろう。もちろん、実際にではなく占星術による未来視的なもので。


俺は視線をヴィオラに向けることなく、会話に応じる。


「……からかうなよ。俺も気が高ぶってたんだよ」

「そう考えると、少し悪いことしちまったね。リトナがいなきゃ行為に及んでいたかもしれんのにな」

「流石にそこまでがっつくことはしねぇよ。というかそもそも俺ら付き合ってすらねぇんだから。この気持ちも恐らくただの一方通行だろうし」

「ほぉーそう言うか。それじゃあ一つ、アタシが愉快だと思う要因の一つを教えてやろう。あのアンタが連れてきた小娘、アンタが起きる前からずっと起きてたぞ」


その言葉を聞いた瞬間、俺の頭に閃光が貫いた。


「あぁーーーーーーーーー。…………やったか、これ」


思わず頭を抱え込む。

そして大きな大きな長いため息が吐き出された。


「……あ、もしかしなくとも終わった?これ」


少しばかり……というか結構調子乗って後先考えずに寝てると思われた澪にキスしてみたが、まさか起きてるとは思いもしなかった。それも額とかじゃなくて唇に直接……。


「やっば……かなりキモいやつじゃん、俺」

「まぁまぁ、過ぎちまったもんはしょうがない」

「何を他人事みたいに……って実際に他人事なんだよクソ!」

「ハッハッハ!」


ただ、その時の浩哉は焦りと恥ずかしさと、あとなんか諸々の感情によって気がついていなかったが、実際に紅茶に睡眠薬を盛り、二人共寝かせ、あの状況を作り出した根本的な原因はこのヴィオラにある。

もちろんヴィオラは確信犯。あのタイミングで寝かしたらこういう状況になるということを分かっててやっている。


ただ、今の浩哉には残念ながらそんな真実にたどり着く余裕もなく、


「(あー……ええっとぉ……終わり?終わった?……どうしよこの後、澪に合わす顔がねぇんだけど)」


「……『先に地球に戻っています。探さないでください』ってのを書いた紙を澪に渡しといてくんね?俺もう家出るから」

「まぁまぁ落ち着け」


すぐさま立ち上がろうとしたが、ヴィオラに上から肩を押されこの場所から逃げ出すことに失敗する。


「ここではあの子のプライバシーなんかもあるから正確なことは言えんが……少なくとも、アンタにちゅーされて嫌がっている様子ではなかったぞ」

「ぅえっ?」


やべ、驚きすぎてなんか変な声出た。


「…………本当マジ?」

「ああ、マジさマジ。ホントのホント。このアタシの占星術にかけてさっきの発言が嘘じゃないということを誓おう」

「……自惚れていいか?」

「まぁ、リトナを応援してるアタシからしたらちょいと不本意だがな」

「おいプライバシーどこ行った」


ヴィオラのその一言で自惚れが一気に冷めたが、それでも澪に嫌われていないということだけを知れたら今の俺にとっては十分すぎる。


「……というかその件に関しては俺から何を言えば良いわけ?」

「そりゃ、アンタから一言言ってくれればいいさ」

「とは言っても……なぁ」


言うのは簡単である。

俺の恋愛観については、向こうからの完全な片思いでも付き合うことに対してはなんら一切の抵抗もない。付き合っていくうちに段々と相手の好きな部分が見つかり、段々と惹かれていく。初めは恋人としては好きでなくとも、時間が過ぎていくうちに、「もっと一緒に居たいな」なんて感情が生まれるかもしれない。

お互いに好きじゃないと付き合ってはいけない。これに関しては断固反対派ではある。両思いじゃないと付き合ってはいけない、なんてやってたら多分人類滅んでる。

俺の言ってることは、妥協というわけではない。

勿論、付き合っていっても相性やらなんやらの問題でどうしても相手のことを好きになれない、なんてことも珍しくないだろうよ。そしたら別れれば良い。疎遠になるもよし。恋人的に好きになれない、というのなら友達として付き合っていけば良い。


こんな長々と俺の恋愛観を語っていたが、ここでは全く違う問題が浮上してくる。


「俺もこの世界に腰を下ろす気もないしなぁ」


これである。

リトナも俺が好きだからと言って、これまで自分を育ててくれたヴィオラと天秤にかけたらそりゃあヴィオラの方に傾くだろうし、一応エルリアエスカの両名の前例があるにしても、俺というイレギュラーな前例もまたあるのだ。

つまり、俺と共にいるとリトナの確実な安全が保証できない。当たり前だがここだって百パーセントとは言えない。だが俺といるよりかは安全であるのは確か。


「そうだねぇ。はてさて、どうするか」

「…………」

「リトナの意見も尊重したいが、アタシだってリトナは娘みたいに可愛がっている。どうしようかねぇ」

「…………なぁヴィオラ」

「……なんだ?」

「……ハッ、アタシのことをよく分かってきたじゃないか」

「思ったよりも臆病だもんな」


そこで俺は初めて後ろを向き、ヴィオラを視界に捉える。

その深い、夜空みたいな目は一体どこを見ているのか。

今の俺には、それは見えない。









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