006

 校内三大美女と接点を持てたことは、僕としてはとても嬉しい。

 けれど、自分から話しかける勇気もないし、学校で、向こうから話しかけてくれることも絶対にない。そう、思っていた。


 人生って不思議だ。


 始業式から二日経った、四月八日の昼休みのこと。


 校舎横の駐輪場脇でお弁当を食べていたら、三人の女子生徒が僕のもとにやって来た。


「あれ、京坂がいる。なにしてるの? こんなとこで」


 最初に声をかけてきてくれたのは烏丸さん。相も変わらず黒マスク姿で、ブラウスとネクタイに合わせた肩落としのブレザーが、クールな印象を醸し出している。


 その後ろには、自転車を押す小野さんと文庫本を片手に持った醍醐さんの姿。


「あ、えと。お昼ご飯を食べてます」


「京坂、ひとり?」


「そうだけど」


「ぷはっ、ウケる。おけいはんそれボッチ飯じゃん!」


 何が面白いのか、小野さんがゲラゲラ笑い出した。


「うん。僕、友達いないから」


「マ? それはその、マジでゴメンゴ……これ切腹案件じゃね?」


 江戸時代ですか。それは石田君のアイデンティティだから奪わないであげて欲しい。


「いいよ、慣れてるから」


「司はデリカシーがない。わたしは先日、京坂くんと友達になった。だから京坂君はボッチじゃない」


 醍醐さんはそう口にしながら、パタンと文庫本を閉じる。


「え? 桜子とおけいはん、いつのまに同盟結んだン?」


 小野さんは歴史が好きなのかな。


「一昨日の夜」


「なんそれ密会?」


 赤色のママチャリを駐輪場に入れながら、小野さんは首を傾げた。

 カゴの中のコンビニ袋から包装されたサンドイッチがはみ出している。うちの学校は昼休みの外出が認められてはいるけれど、コンビニに行く生徒は稀だ。

 

 昨今のコンビニはステルス値上げが横行しているし、高校生としてはちょっとした贅沢になる。


 だから校外でお昼ご飯を調達する生徒はお金に余裕のある生徒か、学食が売り切れてしまった生徒に限られてくる。


 小野さんはどっちなんだろ? 

 という、疑問はさておき。


「密会じゃないよ。たまたまお寺で会って、少しお話をしただけ」


「ほえー。めっさ、エモいシチュ」


「へぇ。お寺かぁ、京坂ってそういうの好きなんだ。シブいね? 私も京坂とお友達になりたいんだけど、いいかな?」


 烏丸さんがサラサラの長い黒髪を指で耳にかけながら、僕に尋ねてくる。


 どきり、と心臓が高鳴った。

 右心房にアッパーカット喰らったかと思っちゃったよ。


「もしかして照れてる? 京坂かわいい」


「え、あ……」


「ヤバ勘違いさせにいくじゃん? やめときなよおけいはん、千景は魔性だから」


「そういう情報操作しない。私だって、分別くらい弁えてるんだから」


「司も千景も性格が尖ってるから、どっちもどっち」


「桜子がそれいっちゃいますー?」


「桜子だけには言われたくなーい」


「あはは……三人とも仲が良いんだね」


 三者三様の受け答えを見て、僕は思わず笑ってしまった。


 微笑ましいというか見てて気持ちいいというか、不思議な感じだ。これが同世代の友情というものなんだろうか。


 僕には、縁のないものだったから新鮮だ。


 海産コーナーの残り物を搔き集めたお刺身のツマくらいの存在感しかない僕にとって、三人はどこか別世界の住人にも見えた。


 そんな、和やかな雰囲気の中。


 出し抜けに……いや、狙い済ましたかのようなタイミングで、校舎の陰からぞろぞろとイケてる風の上級生たちが姿を現した。


「ふぅ、やっと見つけた。探したよ司ちゃん。この前の約束忘れてないよね?」


 第一声を発したのは先陣をきって歩く黒髪マッシュの男子だ。烏丸さんや醍醐さんはちらりとそちらを一瞥しただけで、興味なさそうに顔を背ける。


「ホントしつこいっすね先輩。探してたじゃなくて張ってたの間違いじゃないですか?」


 小野さんが呆れたようにため息を吐いた。


 知り合い……なのかな? 

 にしてはやけにツンケンしてるような。


 小野さんの口ぶりから察するにつきまとわれていると推測するのが妥当か。


 朝はともかく、普段は閑散としている昼休みの駐車場にこれほどのギャラリーが詰め掛けるなんて、ただごとじゃない。


「日を改めると前置きはしたはずだよ? 俺は女の子との約束を反故にする男じゃないからさ、こうして答えを聞きに来たんだ」


「ライブ配信の件でしたら、お断りでーす」


「だよね、あれは俺もないなと思った。じゃあ写真はどうかな? 本音を言うとさ、司ちゃんクラスの女の子と一緒に写ってる写真なんかがあったら、俺もマイスタグラマーとして拍が付くから助かるんだよね。一回だけ、試しにさ」


「客寄せパンダになる気はないんで」


「ちゃんと報酬も払うよ? そうだ、スタジオをレンタルして、校内三大美女の撮影という触れ込みで、写真をアップするのはどうだろうか。マイスタ映え間違いなしだ。それを俺がインフルエンサーとして拡散すれば、絶対バズる。いくらならいい?」


「いくらもなにも答えはノーですし。うちらもヒマじゃないんで」


 とりつく島もないとは、このことだ。

 しかし、マッシュ先輩もなかなかのツワモノ。


 このままでは埒が明かないと踏んだのか、意外にも次の矛先を僕へと向けてきた。


 小野さんの拒否は想定の範囲内というわけか。


「キミは? えーっと、初めて見る顔だね。一年生? 名前は?」


 目を細くして、まじまじと僕の顔を覗き込んでくるマッシュ先輩。


 僕は、蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。というより、あぐらをかいて座っていたのでそもそも動けなかった。



あとがき

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お読みいただきありがとうございます。

下記は本書のページの告知となります。

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2024062002

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